密輸の経路を監視せよ

 人捜しから密輸の調査に移ったユウとトリスタンは現在封鎖されているはずの出入口を城外の下水路網で発見した。蓋の位置、穴近辺の壁や床の汚れ具合から今も使われていることを確信する。


 本来ならば冒険者ギルドに報告しないといけないことだが、ユウたちはまだ発見したことを黙っていた。なぜなら、1つ大きな疑念があるからだ。


 噂によると、納税逃れのために下水路網を使って城外から城内に品物を運んでいるという。一般的には地上にある城門をくぐるのだが、密輸の場合は幹線下水路を使っている可能性が高い。


 ところが、幹線下水路を使う方法には1つ問題がある。検問所を通らなければならないのだ。地下門番が1日中見張っているあの場所に大量の荷物を持ち込めばいくら何でも怪しまれる。そうすれば露見するのは確実だ。なのにそんな話は聞いたことがない。


 首を傾げるユウがトリスタンに問いかける。


「たくさんの荷物を持っても検問所で怪しまれない方法ってあるかな?」


「冒険者はまず無理だな。たくさんの荷物を抱える理由がない。でも、職人や人足なら工事のための道具や材料って言えばあるいは。そうなると、補修工事をするって言って通っているのか」


「密輸って何度もするものだよね。1回くらいならともかく、その方法って何度も通用するものなの?」


「無理なように思えるんだけどなぁ。後は地下門番がわざと見逃しているか」


 そこまでトリスタンが返答したとき、ユウが目を見開いた。地下門番を味方に付ければ密輸は可能になる。しかしそうなると、冒険者ギルドがどこまで食い込まれているかわからないので信用できない。


 念のため、ユウはトリスタンに別の質問を投げかける。


「検問所を通らずに城内へ入れる方法って知っている?」


「知るわけないだろう。噂でも聞いたことなんてない。東部の拡張工事現場なら城内の幹線下水路と繋げる計画らしいけど、あの辺りはまだ造りかけで開通したって話は聞かないしな」


「四六時中、職人と人足がいる所だし、そもそもこっそりなんて無理だよね。だったら、秘密の抜け道はないのかな? 忘れ去られた下水路とか」


「どうだろう。疑いだしたらきりがないが、聞いたこともないな」


「念のために1度調べておかない? それまで出入口のことは報告しないでおこう」


「そうだな。ああ、面倒なことになってきた!」


 ため息をついたトリスタンだったが反対はしなかった。


 そうして城外の幹線下水路を中心に城内へ入れる秘密の抜け道を探した2人だったが徒労に終わる。もちろん見つけられなかった可能性もあるが、とりあえず抜け道はないという前提で調査を進めた。


 こうなると次にやるべきことは限られる。例の出入口を見張るのだ。あの辺りの下水路はあちこち枝分かれしているので隠れる場所には困らない。松明たいまつの火を消せば見つかることはないだろう。ただし、良いことばかりではない。


 最大の問題はトリスタンの蓄えだ。ほとんど余裕がないので定期的に稼がないといけない。本来ならば毎日働くべきなのだが、今はユウの依頼を優先しているので収入がない日が発生している。


「弱ったな。蓄えが少ないことが響いてくるなんて」


「トリスタン、下水路の中もやっぱり昼は人が多くて夜は少なくなるのかな?」


「そうだな。そういう傾向は確かにある。下水路の巡回や害獣駆除は昼夜を問わず仕事があるけど、沈殿池さらいや工事は基本昼にやるものだしな」


「ということは、密輸ってこっそりするものだから普通は夜にするんじゃないかな」


「俺もそう思う」


「だったら、昼間は働いて、夜は出入口を見張るってやり方にしない? きついけど、見張るときは片方が起きていたら充分だから、もう片方は寝られるしね」


「悪くないな。下水路で寝るのは最悪だけど、懐には優しい」


 翌日、2人は南西派出所側で下水路網巡回の仕事をこなした。夕方に下水路から出ると夕食を手早く済ませ、七の刻の鐘が鳴る頃まで宿で仮眠を取って本部側の下水路に入る。そうして、発見した秘密の出入口の近くにある枝道に隠れた。


 松明の火を消すと真っ暗になる。自分の手のひらさえ見えない。もちろん隣に座っているお互いもだ。汚水の流れる音、自分たちの出す音、そして生き物がうごめく音がわずかに耳に入る。鼻が馬鹿になっているので臭いに苦しめられないのが救いだ。


 やることがなくなったユウがつぶやく。


「これ、思った以上にまずいかもしれない。害獣に襲われたら戦えないよ」


「そのときはすぐに松明に火を点けて応戦するしかないな」


「それじゃ、火口箱を出しておかないと」


「しまった。これじゃ砂時計が見えない。見張りの交代ができないぞ」


「宿で鐘の音1回分だけ寝てきたから今は平気だけど、朝方はつらいよね」


「どうする? 2人でずっと起きているか?」


「こうなったら、感覚でいいから適当に時間を区切って見張りを交代しよう。どうせ密輸をする人たちは火を点けた松明を持っているだろうし、その明かりで気付けると思うよ」


「それじゃ、俺はまだ目が冴えているから先に見張りをする。ユウは先に寝ていてくれ」


 まだ眠れるユウは承知すると目を閉じた。明るさはまったく変わらないが意識は薄れてゆく。


 その後、ユウとトリスタンは何度も交代して秘密の出入口近辺に変化がないか見張った。しかし、害獣さえも襲ってくることなく延々と座り続けることになる。


 何度目かの交代を経て、ユウは更にこの方法には問題があることを知った。朝方まで見張るつもりでいたが、砂時計が使えないのでいつ朝を迎えるのかはっきりとわからないのだ。見張り始めてから色々と問題点を見つけたが、これが最も厄介だった。


 仕方なく、自分の体内時計を信じてユウが時間を計る。


「トリスタン、僕の感覚だともうそろそろ朝だから今日は切り上げない? 昼は昼で働かないといけないし」


「いいかもしれない。ただ、本当に今は朝なのか?」


「わからない。でも、時間を計る方法がないから自分の感覚に頼るしかないんだ。何度かやっていたら慣れてくるんじゃないかな」


「確かにそうだな。よし、だったら引き上げよう」


 トリスタンの賛同を受けたユウは火口箱をつかって松明に火を点けた。使い捨てに油を差したやつなので頼りない火が揺らめくだけだが、それでもないよりはるかにましだ。


 下水路から出たユウとトリスタンは外がまだ真っ暗なことに気付いた。冒険者ギルド城外支所本部に寄って時間を尋ねると一の刻の鐘が先程鳴ったばかりと知る。二の刻くらいだと思っていたユウの感覚は間違っていたのだ。


 それでも戻る気になれなかったユウたちは宿に帰る。二の刻の鐘までぐっすりと眠った。


 以後、2人は数日間同じことを繰り返す。ユウの体内時計の感覚は次第に正確になっていき、当てにできるようになってきた。それ以外はひたすら待ち続ける。昼に働いているので生活に困ることはないものの、夜に下水路で過ごしているので疲労は徐々に蓄積されていった。それでも今はひたすら我慢するしかない。


 虫除けの水薬が残り少なくなってきた11月の終わり頃、ユウは何日もの見張りをこなしていた。真っ暗なので目を開けていても閉じていてもまったく変化がない。


「そろそろ八の刻くらいかな。あれ、明かり?」


 視界の端に変化を捉えたユウがそちらへと目を向けた。明るくなっているのは例の出入口に続く通路の辺りだ。急いで眠っているトリスタンを揺り起こす。


「来たよ」


「やっとか。お、あそこだけ明るいな」


 枝分かれした下水路の陰から2人が見ていると、松明を持った2人の男が左右に分かれて下水道の歩道を少し進んだ。一旦立ち止まって周囲に顔を巡らせるとまた戻っていく。


「こっちは問題なし。そっちはどうだった?」


「誰もいねぇ。おーい、来てもいいぞ」


「それにしても、やっと再開かぁ。長かったよなぁ」


「サイモンの野郎が目撃者を殺し損ねたせいで、今月はまだこの1回だけだ」


「あいつが組んでた人足の話なんて聞かずに、さっさとっときゃよかったんだ」


「説得して仲間に入れるだったか? はっ、結局失敗したんだもんな。無理だったんだ」


「あの野郎、今も城内の方で捜してんだろ?」


「ああ、まだ見つけられねぇらしい。いい加減、さっさっと片付けてくんねぇかな。やりにくくてしょうがねぇ」


「お前ら、静かにしろ。下水路の中は声が響くって知ってるだろう」


 次々と現れる荷物を背負った人足姿の男たちに混じって、態度の大きい冒険者の男が先の男たちをたしなめた。それきり2人は黙り込む。


 ユウとトリスタンはついに密輸をする者たちを目撃した。ジャッキーは正しかったのだ。


 目の前の犯罪に生唾を飲み込んだ2人はじっとその様子を見続けた。

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