密輸の経路を探せ

 城外神殿の依頼でジャッキーを探していたユウだったが、当人に会ってみるととんでもない秘密を抱えていたことを知って天を仰いだ。直前に遭遇していたサイモンも関係していることから、トリスタンと共に密輸に関する調査を始めようと決意する。


 ジャッキーと別れた翌朝、ユウはトリスタンと共に冒険者ギルド城外支所本部へと向かった。今回は検問所を通るわけではないのでそのまま下水路に入っても良いのだが、普段南西派出所側で活動している冒険者が本部側にやって来て問題が発生すると面倒なことになる。なので、一応断りを入れておくのだ。


 もちろん本部側の下水路で活動する大義名分はある。城外神殿の依頼だ。そもそも本部で受けた依頼なので止められることはないと見越した上でである。


 城外支所本部の中に入ったユウとトリスタンは列に並んだ。結構な時間が過ぎてから受付カウンターの前に立つ。ユウは見知った顔だった。初日に対応してくれた受付係である。


「あんたは確か前に来たことがあるな」


「あのときはお世話になりました。今は南西派出所の方で活動しています」


「だろうな。下水の臭いがする。だが、染みつくほどじゃないから一人前とは言えんな」


「この臭いが染みつくほど活動したいとは思わないですけどね」


「で、何の用だ?」


「今日はこっちの下水路に入るから断りを入れに来たんですよ。前に城外神殿の依頼をここで引き受けたでしょう? あれが理由です」


「あの捜索依頼か。しかし、他の依頼はここじゃ受けられないぞ。検問所くらいなら通れるだろうが」


「わかっています。この捜索の依頼以外は受けませんから」


「そりゃ好きにすればいいが。何か進展でもあったのか?」


「あっち側は一通り探してみたんで、次はこっち側を探そうかと思ったんですよ。まずは満遍なく見て回らないと全体が把握できないですから」


「なるほどな。まぁ、こっちで出した依頼書があるんだ。行ける範囲は行けばいい」


 何とも言えない表情を浮かべた受付係から許可を得たユウは笑顔のまま踵を返した。


 そのユウに続くトリスタンが声をかける。


「知り合いだったんだ。でもこれで自由に行き来できるわけだ」


「ただし、こっちで調べる間は収入がないから短期間で済ませないとね」


「害獣を駆除していくらか手に入るかもしれないけど、期待しすぎるのも何だしな」


「その通りだよ。早くはっきりとするといいな」


 あまり期待していない様子でユウがトリスタンに返答した。相手は隠れて行動している者たちだ、簡単に見つけられるとは思えない。


 本部の建物から出た2人は廃棄場を通り過ぎて下水路網の出入口から階段を降りる。南西派出所とは正反対にあるだけで造りはまったく同じなので迷うことはない。


 階段を降りた先で篝火かがりびから使い捨ての松明たいまつへ火を移すと、2人は西側に伸びる幹線下水路の歩道を歩く。こちら側は城外の各街から排出される汚水を集める下水路だ。


 通常、幹線下水路は他の冒険者や職人の往来が割とあるものだが、こちらはほとんどない。拡張工事もこちら側ではされていないようで真っ暗だ。


 先頭を歩くトリスタンにユウが話しかける。


「まずはジャッキーがやったっていう補修工事の場所からだね」


「工事した場所だけ新しいからわかりやすいはずなんだがな」


 密輸の経路を調べるに当たって、ユウとトリスタンはまず明確になっている場所を確認したがった。隠れて行動している者たちの形跡を追うのは難しいので、まずは起点になる場所を求めたのだ。調査が難航したときに原点に戻るための対策である。


 幹線下水路をかなり歩いた後、とある分岐路でトリスタンが北側に曲がった。その奥の下水路はまっすぐ伸びており、いくつもの枝分かれした通路と繋がっている。


 その下水路の歩道をある程度歩いた後、何度か曲がって目的地に着いた。壁の一部分が真新しい石で補修されている。


 松明を掲げたトリスタンが壁を右から左へと眺めた。壁以外に手を加えられた形跡はない。


「ジャッキーの話だと、ここになるな。確かにまだ新しいぞ」


「みたいだね。それで、ここから帰る途中でエミルとサイモンを見つけたらしいから、次はそこに行ってみよう」


 補修された壁を確認したユウとトリスタンはジャッキーの証言した場所に向かった。それはさほど遠くはなく、2度下水路を曲がった先にある。


 往きに通った通路なので見覚えのある場所だが、そこは印象の薄い場所だった。通路は狭く幅1レテム程度で、少し奥で通路1つ分横にずれて更に奥へと続いている。


 最初にトリスタンが通路の奥へと進んだ。それから振り返る。


「これは下水路というより、本当の通路みたいだな」


「珍しいね。大抵は床に溝が掘ってあって汚水が流れているのに」


「つまり、この先は別の用途のための何かがあるってわけだ」


「なんだか魔窟ダンジョンみたいだね。罠がなければ良いんだけど」


「下水路に罠が張ってあるってことは当たりってことだ」


 ユウの軽口にトリスタンがにやりと笑って返した。ジャッキーの話だとこのずれた角の先にエミルとサイモンが隠れていたらしい。


 先に通路を進んでいたトリスタンを先頭に2人は奥へと進んだ。しかし、すぐに行き止まりとなる。周囲に顔を巡らせても何もない。


 首を傾げたトリスタンが独りごちる。


「なんだここ? 単なる行き止まりなのか?」


「のように見えるけど、あ、上見て! あれって穴に蓋がしてあるように見えない?」


「おー、よく見つけたな、ユウ!」


 松明を目一杯頭上に掲げて天井を見上げたトリスタンが感心した。行き止まりの壁の真上に直径1レテム程度の円形の穴があり、天井とほぼ同じ色と材質の物で蓋をされている。


「城内にも点検口っていう出入口があったけど、あのときは梯子があったんだけどな」


「待て、ユウ。これはおかしいぞ」


「おかしい? 何が?」


「城内の点検口は俺も知っているが、城外にそんなものがあるなんて聞いたことがない」


「え? それじゃあれって、一体何のための穴なの?」


「密輸をしていたエミルとサイモンがここに隠れていたということは」


 しゃべっている途中でトリスタンが黙った。2人は顔を見合わせてから再び天井の穴を見る。


 まさかこんなにあっさりと密輸に使われているかもしれない出入口を見つけるとはユウも予想外だった。ここからかなり苦労して探すつもりでいたのだ。


 首が痛くなったユウは一旦下を向いてからトリスタンに目を向ける。


「でも、梯子がないよね。どうやって上り下りしているのかな?」


「穴の上から降ろしているんだろう。それで、使い終わったらまた引き上げているんだ」


「これ、地上だとどの辺りなんだろうね?」


「この辺りの大体の位置はわかるから、とりあえずざっくり調べてみようじゃないか」


「そうだね」


 大きな成果を得たユウとトリスタンは下水路での捜索を一旦切り上げて地上に出た。貧民の道を西へと向かい、冒険者ギルド城外支所本部と冒険者の宿屋街を通り過ぎる。やって来たのは城外の工房街だ。


 まだ土地勘がないユウがトリスタンに尋ねる。


「この辺りだったんだ」


「あの場所はもっと北だけどな。とはいっても、俺もこっち側はあんまり知らないんだ」


 若干難しい顔をしながらトリスタンが城外の工房街に足を踏み入れた。


 この地域は日用品、武具、食品などを作る工房のある地区で、一般的な店とは違って道や路地に向かって店棚を露わにしていない。そのため、外から見てもどんな種類の工房か判別しにくいのが難点だ。


 昼間の工房街にはたくさんの貧民がやって来ている。なかなかの盛況ぶりだが、それだけに今は先を急げないもどかしさをユウは感じた。


 やがて、生臭さや煙臭い地域へと差しかかる。加工食品を扱う地区だ。そのとある一角でトリスタンが立ち止まる。


「この辺りだ。俺の予想だと、あの一軒家が怪しい」


「さすがに塀で囲まれている中は見えないなぁ」


「とりあえずここまで来たが、この後どうする?」


「一旦帰ろう。僕たちがここにいても目立つだけだしね」


「そういえば、たまに俺たちに目を向ける奴らがいるな。ああそうか、臭いか」


 下水路から出てきたばかりのユウとトリスタンは臭うのだ。しかも、この加工食品の地区に冒険者はあまり来ないので余計に目立つ。


 城外支所本部に一旦戻って来た2人は受付係に疑問を1つぶつけてみた。城外にも城内と同じように点検口があるのかと。すると、工事のときに使われていたものはあったらしいが、今はすべて封鎖されているという。


 つまり、2人が見つけたあの穴はあってはいけない出入口だったのだ。それが今も使われているのならば、まともな使われ方をしている可能性は低い。


 危ない橋を渡りつつあることを意識したユウは渋い顔をした。

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