目的の人物を見つけたは良いが(後)

 城外神殿でエリオットからジャッキーの捜索依頼を引き受けたとき、ユウはこの依頼を普通の人捜しだと思っていた。もちろん殺人の容疑者なのでそういう意味では普通でないのだが、裏に何かあるとはまったく考えていなかったのである。何しろ依頼を引き受けたときに捕まえられなくても良いという言質までもらったのだ。エリオットもせいぜい友人同士の争いだと考えていた可能性が高い。


 しかし、偶然とはいえいきなり当人に出会って事情を聞いてみると単なる喧嘩などではなかった。エミルが密輸仲間になれと誘ったのであれば、サイモン共々背中に背負っていた大きな荷物の中身は密輸品で間違いない。


「まさかあの噂が本当だったとはな。ユウ、どうする?」


「どうするって言われても。ジャックの話が正しいなら、ジャッキーは悪くないし、ってややこしいな。ねぇ、確認するけど、ジャックってジャッキーだよね?」


「な、なんでオレの本当の名前を知ってるんだ?」


「城外神殿から信者のエミル殺しの容疑者を捕まえてほしいって依頼を僕が受けているからだよ。結果的にとはいえ、殺したみたいだから殺人犯になるんだけど」


「オ、オレを城外神殿に突き出すのか?」


「仕事なんだから依頼通りするのが正しいんだろうけど、ねぇ?」


「密輸の話絡みってなるとなぁ」


 しかめっ面をしたユウとトリスタンが顔を見合わせた。


 そもそもジャッキーの話が本当なのかユウには判断ができない。当人は気の弱い正直者のように見えるので嘘を言っているようにも思えないが、何かの見間違い、聞き違いという可能性も残る。


 更にこの証言が事実だとしてもやはり問題があった。エミルとサイモンが密輸組織関係者だとしても、殺人犯の証言だけでは証拠としては弱いのだ。何しろエミルの評判は博打の件以外だと悪くなかったらしいので、ジャッキーの証言を虚偽と受け取られる可能性がある。


 余計なことを考えずにジャッキーをささっと城外神殿に突き出してしまえばこの依頼は完了だ。そうすれば金貨を宝石や貴金属と換金して旅を再開できる。ユウとしては何も問題はない。


 ただ、エミル殺しは事実だとしても、そこに至る過程に引っかかるものがユウにはある。たまたま密輸現場を見てしまった挙げ句、友人に仲間になれと詰め寄られても断ったせいで殺してしまった。どちらが悪いかなど一目瞭然であろう。しかし、このままではジャッキーの証言がそのまま受け入れらる可能性は微妙だった。


 他にも、サイモンがジャッキーを追いかけていたことをユウは思い出す。エミルは説得するためだったが、サイモンはどうだろうか。2日間だけとはいえ付き合ったことを思い返すと良い印象はない。密輸犯の一味として考えると可能性は限られてくる。


 表情はそのままにユウはジャッキーへと目を向けた。随分と哀れな姿だ。そして、唐突に冒険者になる前のことが脳裏に浮かぶ。まだ貧民で薬草を採取して生計を立てていた頃、冤罪で冒険者ギルドの代行役人に捕まったことがあった。あのときはたまたま反論できる条件を整えられたが、一歩間違えれば断罪されていたのは自分たちである。


 目の前にいるジャッキーは今1人だ。頼れる者は誰もいない。どう扱っても恐らく誰も何も言わないだろう。しかしそれだけに、ユウとしてはそのまま奈落に突き落とすという行為はためらわれた。


 じっと考えていたユウはトリスタンに向き合う。


「トリスタン、このジャッキーの言うことが本当か調べてみたいんだ」


「え、俺たちで? なんでまた」


「一番の理由は同情したからなんだけど、他にも、僕たちがサイモンに目を付けられる可能性が高いからっていう理由もあるんだ」


「どうしてそんなことがわかるんだ?」


「サイモンはこのままジャッキーを見失うことになるけど、その原因が僕たちにあるって疑うことがわかっているからだよ。サイモンからしたら僕たちは怪しく見えるだろう?」


「実際真っ黒だもんな」


「そうなると、サイモンは僕たちに手荒なことをしてくる可能性が高いと思う。おまけに、2日間一緒にいたけど結構顔が広そうなんだ。あの伝手を使って追い込まれると、今の僕たちだとどうしようもない。だからそうなる前に、まずは密輸の話が本当かどうか確認して、本当だったらその後のことを考える必要があると思うんだ」


「なるほど。なぁ、ジャッキー、サイモンに見つかったときはどうだったんだ?」


「友達を殺したカタキだって殺されかけた。それで慌てて逃げたんだ」


「どうも容赦はしてもらえなさそうだな」


 すっかり意気消沈しているジャッキーの話を聞いたトリスタンは嫌そうな顔をした。自分たちにすぐ手を出してくることはなくても、埒があかないと判断したら危険に思える。


 2人の話を聞いていたユウは今のところつじつまは合っていると判断した。本当に友達かどうかはともかく、エミルのかたきを討つとよそおってジャッキーを殺そうとした可能性が高い。あのサイモンならば、口封じのために殺してしまおうと考えてもおかしくはない。


 とはいえ、それらの推測もすべては密輸が事実ならば、という但し書きが付く。これからその証拠固めをしないといけない。


 ユウがある程度の方針を固めつつあると、ジャッキーが不安そうな顔を向けてくる。


「結局オレはどうなるんだ?」


「そうだなぁ、当面はこの下水路網で今まで通り潜伏するしかないと思う。今の状態でジャッキーを城外神殿に突き出しても信者殺しの殺人犯として裁かれる可能性が高いから。僕たちが密輸の現場を押さえるまでは隠れていてほしい」


「でもそうなると、次はどうやってジャッキーと会うんだ? ジャッキーの今の住処を教えてくれると話は早いんだが」


「それは困る。実は他の人も一緒に暮らしてるんだ。その人たちの中にもオレのように逃げ回ってる人がいるから、暮らしてる場所を教えるのは勘弁してほしい」


「となると、どうする?」


 若干困惑したトリスタンがユウに顔を向けた。ジャッキーがユウたちの元へ出向けない以上、ユウたちがジャッキーの元へ出向かないと再会できない。


 黙るユウとトリスタンに対してジャッキーが提案する。


「今から教える場所をうろついてくれたら、オレの方から2人に会いに行く。自分たち以外の誰かと会うとき使う方法なんだ」


「それってどうやって俺たちのことを見つけるんだ?」


「へへ、それは内緒なんだ」


 多少怯えの混じった笑みをジャッキーは返した。下水路網に住む者たちは色々と問題を抱えているだろうから、それだけ慎重になるというのはユウも理解できる。


「それじゃ、ジャッキーがエミルとサイモンを見かけたっていう場所を僕たちに教えてくれないかな。密輸が本当だってことを確認できないと何もできないから」


「王都の北東にある下水路網の出入口ってあるだろ? あそこから入って西側の幹線下水路に入るんだ」


 そこからの細かい説明はユウにはいまいちわからなかった。逆にトリスタンはその近くに行ったことがあるようで大きくうなずいている。


「トリスタン、本部側の下水路に入ったことがあるの?」


「ああ、1度だけな。前の相棒の知り合いに呼び集められて拡張工事現場の警備をしたことがあるんだよ」


「そのままあっちで働けば良かったのに」


「駄目だったんだよ」


 面白くなさそうにトリスタンが肩をすくめた。結局、以後本部側の仕事はなかったという。なかなか世知辛い話であった。


 ともかく、これで必要な話は大体聞き終わる。後は聞いたことを整理してこれからどうするべきかを考えないといけない。


 そんなことをユウが考えていると、トリスタンがジャッキーに問いかける。


「ジャッキー、さっきからわからないことが1つあるんだが」


「なんだ?」


「どうしてエミルを殺した後、王都から逃げ出さなかったんだ? 町が変われば犯罪の捜査なんてほとんどできないのに」


「みんな食えないから王都に来るって前に聞いたことがある。だから、王都から逃げても食えずに飢え死にするだけだと思ったんだ。オレは王都の貧民街の生まれだ。他の町に知り合いもいねぇし、伝手もないんだ」


「なるほどな。よくわかったよ」


「オレが冒険者だったら、王都から出ていってたかもしれねぇなぁ」


 ジャッキーの嘆息にユウもトリスタンも返事をしなかった。そのまま黙っている。


 充分話をした3人は一度解散することにした。ユウはジャッキーを途中まで送ると申し出たが断られ、トリスタンと2人で巡回の続きに戻る。


 仕事が終わって検問所に戻ったときに巡回の報告をしたが、そのときにサイモンと出会ったときの経緯も話した。


 こうして長く感じられた2人の1日が終わる。とりあえず疲れ果てた心身を癒やすために酒場へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る