下水路網の仕事(前)

 相棒を捜したいというトリスタンの希望に応えたユウは共に下水路網を探索した。普段より害獣に多く襲われながらも探しているとくだんの相棒の遺体を発見する。泣き崩れるトリスタンに対してユウは何もできなかった。


 あまりにも悲しい出来事があった翌朝、ユウは日の出直後に冒険者ギルド城外支所南西派出所に出向いていた。そこで前日同様にトリスタンと待ち合わせる。


「おはよう、トリスタン。あんまり顔色が良くないようだけど」


「正直ちょっときついかな。けど、金に余裕があんまりないんだ。だから働かないと駄目なんだよ」


 心に受けた衝撃を癒やすためにも休んだ方が良いことはトリスタンも承知していた。しかし、生活に余裕がないとそんな休養も許されない。それに、じっとしているよりも体を動かして気を紛らわせた方が良いこともある。

 トリスタンの様子を心配しつつもそれ以上踏み込めないユウは話題を変えた。これからのことについて問いかける。


「一応トリスタンの捜索は昨日目的を果たせたよね。だから、これからは僕の方の捜索を手伝ってもらうことになるんだけど、前にトリスタンも言っていたようにこれだけじゃ生活していけない。だから他の依頼と組み合わせようと思うんだ」


「捜索の依頼を引き受けるときの基本だな。こういうときは下水路の巡回の依頼を引き受けるのが定番だよ」


「しばらくは巡回の仕事を引き受けることにするつもりなんだけど、このやり方は正しいんだね」


「まぁな。依頼の種類はいくつもあるけど、捜索の依頼と相性がいいのは巡回だけでもあるしな。それに、今の俺とユウだとそれくらいしか引き受けられないだろうし」


「え、どういうこと?」


「この王都の冒険者稼業って、思った以上に習慣と利権に縛られているんだ。例えば、王都の北東にある本部の仕事は新入りだと受けられないとか、沈殿池さらいは特定の冒険者パーティやクランしか受けられないとかね」


「本部の話は知っているよ。その習慣のせいでこっちに来ることになったから」


「だろうね。それで、大抵のおいしい仕事はある程度古株の冒険者が独占しているんだ。それ以外の仕事が俺たちに回ってくるんだけど、おいしくないのはまだしも、割に合わないくらい危険なやつも混じっているから厄介なんだよ」


「なるほど」


「2日前、俺が相棒と一緒に引き受けたのが正にそういった依頼の1つなんだ。高額だけど危険なやつ。結果は知っているだろう?」


「あーうんまぁ」


「だから、ユウが安くても捜索と相性のいい巡回の依頼を受けるのは正解なんだ」


 悲しそうな表情をしたトリスタンに忠告されたユウは黙ってうなずいた。確かに魔物に追いかけ回されていては本命の依頼がこなせない。


「下水路の巡回の仕事って決まった経路をたどらなきゃいけないんだよね。あれって少しくらい経路から外れてもいいのかな?」


「本来は駄目なんだけど、慣例として黙認されている。そういうときは捜索の依頼書を検問所に見せておくと、時間を大幅に超過しても納得してもらいやすいかな」


「巡回の依頼書だけだったらどうなるの?」


「普通は理由を追及される。他に余計なことをしているんじゃないかって」


「なるほど、別の依頼を同時にこなしているから融通を利かせてもらえるんだ」


 納得できる返答を聞いたユウがうなずいた。そうでなければ依頼を重ねて受けられない。


 ただそうなると、かつてのサイモンの指示が余計に怪しく思える。巡回の仕事以外に引き受けたという話は聞かなかったのに寄り道したのはなぜなのか。


 考え込み始めたユウに対してトリスタンが声をかける。


「それじゃ、下水路に入ろうか。巡回の依頼は取ってある?」


「まだなんだ」


「だったらまずは手続きからだね。列に並ぼう」


 促されたユウは人数の少ない行列に並んだ。しばらく待って受付カウンターの前に出ると巡回の依頼を申し込む。受付係にどの区域の巡回を希望するのかと問われてまごついたが、隣のトリスタンに助けてもらいながら指定した。そして、経路の記載された羊皮紙を受け取ると受付カウンターを離れる。


「どこの場所を巡回するか決められるんだ」


「そりゃそうだよ。でなきゃ捜索ができないじゃないか。もっとも、楽な場所ほど人気があるからすぐに取られるけど」


「ということは、僕が取ってきた経路は?」


「まぁ、行ってみたらわかるよ」


 曖昧な笑顔で返答されたユウは微妙な表情を浮かべた。良い返事ではないことを察する。


 下水路網の出入口から階下に降りたユウとトリスタンは松明たいまつに火を点けると幹線下水路内を歩いた。この辺りはまだ人が多い。


 歩道を歩きながらユウはトリスタンに話しかける。


「この羊皮紙の経路の見方だけど、この記号が分岐路で、これは橋で良いのかな?」


「そうだよ。幅の広い溝を渡る場所だね。あと、これは巡回するときの通過点、ここの様子は報告しないといけないんだ」


「なるほど、これを見ながらだとたどり着けそうな気がするかな」


「それじゃユウ、検問所を通り抜けたら俺に指示を出してくれないかい。先頭を歩くから」


「わかったよ」


 これからのことを確認しながら2人は歩き、検問所の列へと並んだ。あまり待つことなく順番が巡ってくる。


「お前、城内に入る理由は?」


「行方不明者の捜索のためです。城外神殿の依頼なんですよ」


「誰を探すんだ?」


「信者を殺した人だそうです。これがその依頼書ですよ」


「オレ、字が読めねぇんだ。ブルーノさん、これちょっと見てもらえます?」


「依頼書か。城外神殿からの捜索依頼だな。殺人の容疑者か。また面倒なヤツを探すんだな。こんなの見つかるかどうかわかんねぇぞ?」


「だからもう1つ依頼を引き受けているんですよ。こっちが巡回の依頼です」


「ふーん、城内の北西部、住宅街の下か。この辺りって目星を付けたのか?」


「まだそこまではわかりません。捜索の方は引き受けたばかりなので。とりあえずは空いている巡回の依頼を取ってきたんですよ」


「これからか。よし、行ってこい」


 冒険者らしい地下門番から職員らしい人物に相手が変わりつつも、ユウは通行の許可を得た。安堵のため息を漏らしつつ検問所を抜ける。


 事前の約束通り、トリスタンを先頭にユウたちは下水路内を進んだ。暗い場所なので歩きにくいというのは相変わらずだが、今回はそれに加えて経路図を読み慣れないユウの指示のまずさもあって歩みが遅い。


「次は、右に曲がる、かな?」


「もっと自信を持って言ってくれよ。右ってこの通路のことか? すぐ行き止まりだぞ?」


「あれ? 1、2、3、あ、1つ数え間違えていた。もう1つ奥の通路だ」


「危ないなぁ。しっかりとしてくれよ」


 苦笑いしたトリスタンに注意されたユウが力なくうなずいた。暗くて見づらいということもあってうまく指示できない。


 そうして時間をかけてユウとトリスタンは巡回経路を巡っていくが、ユウは経路をたどることに精一杯で周りを見る余裕があまりない。捜索しようにも充分にできない状態だ。


 もっとも、これは予想できたことでもある。最初からうまく経路図を読み取れるとは2人とも思っていなかったのだ。なので、当面のユウは経路図に集中し、周囲の捜索はトリスタンと役割を分ける。


 昼休みを経て尚もゆっくりと巡回していた2人だったが、ここで松明の明かりが弱くなってきたことに気付いた。


 その火の揺らめきを目にしながらユウが独りごちる。


「そろそろ新しいのに換えなきゃ」


「ユウ、もしかして新しい松明に換えようとしているのかい?」


「そうだよ。もう火の勢いが弱ってきているからね。トリスタンのも同じでしょ」


「ああ、だから油を足すんだ」


「油を足す? もしかしてこの燃えている所に?」


「その通り。足すのは油だけだから水を被るとすぐに消えるけど、大体鐘の音1回分くらい保つように油を加えるんだ。こうしたら、新しいのを使わずに済むだろう?」


「そっか、油だけなら安いもんね。こっちの方が節約になるんだ」


「これをするとかなり出費を抑えられるんだ。松明は1日1本で済むし」


「なるほど。あ! でも僕、今日は油を持ってきていないんだった!」


「どうして?」


「いやだって、この使い捨ての松明を2本使うつもりだったから。火口箱なら持ってきているんだけどなぁ」


「鉄貨1枚くれたら油を分けてあげるよ」


「ありがとう、頼むよ」


 肩を落としたユウは懐から鉄貨1枚を取り出してトリスタンに手渡した。そして、油が入った瓶を受け取って火勢の弱くなった松明の先端に慎重にかける。すると、再び火が勢い良く燃えた。


 新しい知見を得たユウは明るさを取り戻した松明の炎を見る。当面消えそうにない。


 ユウは帰ったらまた油の大瓶を麻袋に入れようと心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る