2人だけの捜索隊(後)

 魔物に追いかけられた翌朝、ユウは二の刻の鐘と共に起きた。若干体がだるいのは昨日の逃走劇の疲れが癒えていないからだ。しかし、約束があるため休めない。


 出かける準備を済ませたユウは宿を出ると冒険者ギルド城外支所南西派出所へと向かった。昨日に続いて悪臭が鼻を突く。地上に慣れてしまうと悪臭に苦しむことから逃れられないようだ。


 建物の中に入ると冒険者でごった返していた。朝の出発時なので誰もが急いている。


 その中を縫うようにユウは進んだ。同時に周囲へと顔を向ける。すると、打合せ室の近くにそばかすの目立つ顔をした青年が立っていた。硬革鎧ハードレザーを身に付けて短剣ショートソードを佩いた典型的な冒険者だ。まだユウに気付いていない。


「トリスタン、おはよう」


「ユウか! 受付はもう済ませておいたからすぐに出発できるよ」


「早いね。結構待ってたの?」


「行列では結構待ってたかな。朝はみんな一斉にやって来るから」


「大変だなぁ」


「何のんきなことを言っているんだよ。ユウの捜索の依頼の手続きをするときは、そっちが行列に並ばないといけないんだぜ」


「城外神殿の依頼はもう手続きが済んでいるんだ。ほら」


 背負っていた麻袋から城外神殿の依頼書を取り出したユウがそれをトリスタンに見せた。すると、悔しそうな表情を浮かべる。


 つまらないことで盛り上がった2人だったが、すぐに気を引き締め直して南西派出所を出た。そのまま廃棄場を素通りして下水路網の出入口へと入っていく。石造りの階段を降りると広間に出ると、往来する冒険者、職人、人足の間を通り抜けて篝火かがりびの前までやって来た。


 トリスタンが背負っている背嚢はいのうを降ろして松明たいまつを手にしてその先端を突っ込む。


 その隣でユウは巾着袋から虫除けの水薬が入った中瓶を取り出した。蓋を開けると肌を晒している顔や手などに塗ってゆく。


 松明に明かりを灯したトリスタンが戻って来た。ユウの様子を見ながら話しかける。


「何やっているんだ、ユウ?」


「虫除けの水薬を塗っているんだよ。ここって羽虫がいるからね」


「確かにいるけど、糞尿や腐った死骸に近づかなければそんなにいないぞ?」


「トリスタンがそう言うならそうなんだろうけど、そのときになってから水薬を塗るのって遅すぎるじゃない。こうやって最初に塗っておけば気にしなくても良くなるし」


「そういうものか」


「トリスタンは気にならないの?」


「あんまり。鬱陶しいと思うことはたまにあるけどな」


「悪くないと思うんだけど」


「まぁいいじゃないか。だったら羽虫の多い作業はユウに任せるってことで!」


「ひどいじゃない。そんな作業があったら、トリスタンにこの水薬を塗ってやらせるからね」


 虫除けの水薬を塗りおえたユウは中瓶に蓋をして腰の巾着にしまった。次いで麻袋から使い捨ての松明を取り出して篝火の中に先端を突っ込む。すぐに火は点いた。


 準備ができたユウとトリスタンは幹線下水路の歩道を歩き始める。過去2日と同じように北へと延びる下水路を歩き、東側へ枝分かれしている方へと曲がると、しばらくして検問所が見えてきた。


 列に並んでユウたちの番が巡ってくると、トリスタンが地下門番に話しかけられる。


「お前、城内に入る理由は?」


「仲間の捜索です。昨日害獣駆除に失敗して、仲間が行方不明になったからです」


「もしかして、敏捷鼠ラピッドラットが大量発生したって件か?」


「そうです」


「あの辺りはまだ安全が確認されてないぞ」


「生きているんなら早く助けてやりたいんですよ。近づけなかったら一旦戻って来ます。そして、間を置いてまた探しますよ」


 昨日と同じ地下門番たちの1人とトリスタンがやり取りをしていた。ユウはそれをぼんやりと見ている。すると、別の1人がユウに近づいて来た。サイモンと話をしていた冒険者である。


「お前、昨日サイモンといなかったか?」


「いましたよ。昨日別れて今日はこの人と一緒に人を探すんです」


「愛想でも尽かされたのか?」


「そんなところです」


「そうか。まぁ、がんばれ」


 それでユウへの興味を失った地下門番の1人は離れていった。ちょうどトリスタンの方もやり取りが終わったようでユウに振り向く。


「行こう。許可が下りた」


「ここから遠いのかな?」


「ちょっとな。あんまりここに近かったらもっとピリピリしてたと思うよ」


 前方に松明の明かりが点在する幹線下水路の歩道を歩きながらユウは昨日の逃走劇を思い返した。これから向かう先に大量の敏捷鼠ラピッドラットがいたら再び同じことを繰り返しかねない。あれはもう勘弁してほしかった。


 先頭はトリスタンが歩き、ユウはその後に続く。周りから他人の姿が見えなくなっても下水路内は静かにならなかった。汚水の流れる音がするからというわけではない。何らかの生き物が闇の向こうでうごめく音がかすかにするからだ。下水路全体がざわめいていた。


 そのせいか、今日は害獣とよく遭遇する。敏捷鼠ラピッドラット黒妖犬ブラックドッグ巨大蜘蛛ジャイアントスパイダーというような魔物から、野犬、蛇、鼠という動物まで様々な害獣と戦った。いずれも単体だったのが救いだ。


 切り取った魔物の部位をトリスタンの麻袋に入れたユウが独りごちる。


「昨日まではほとんど害獣に遭わなかったのにな。これも大量発生の影響かな?」


「そうだろうな。縄張りがめちゃくちゃになっているんだと思う」


「だったら、しばらくは荒れたままなんだろうね」


「害獣駆除の仕事が増えて仕方なくなるだろうな」


 力なく笑うトリスタンにユウは曖昧な顔でうなずいた。


 目的地に近づくにつれて、下水路内、特に歩道の様子はひどくなる一方だった。何しろ動物や魔物の死骸が多数転がっているからだ。所構わず食いちぎられているので小遣い稼ぎもできない。


「まずいなこれは。害獣駆除の前に死骸清掃の仕事で溢れそうだ」


「どういうこと?」


「この下水路で活動する冒険者には暗黙の習慣みたいなものがあるんだけど、その中の1つに死骸は早く処分するべしっていうのがあるんだ。この死骸を害獣が喰いまくって大きくなるのを防ぐためなんだ」


「講習で習ったけど、実際に見るとすごいね。2人だけじゃ下水溝に捨てきれそうにないよ」


「そうだな。でも、これをいっぺんに全部捨てたら沈殿池が詰まりそうだ」


 顔をしかめたトリスタンが周囲を見ながら返答した。


 沈殿池とは下水路網に点在する汚水以外を溜め込む場所のことだ。土砂、木材、金属など多様な物がこの場所に沈殿する。下水施設に不純物が入らないようにするためだ。定期的にさらう必要がある。


 下水溝に害獣の死骸を捨てるということは、後で沈殿池さらいをする人々にそれらを処分してもらうということだ。それに気付いたユウが後ろめたそうにつぶやく。


「なんか嫌な役を押しつけているみたいだね」


「そんなことないよ。沈殿池には金目になる物が結構溜まっているから立派な利権なんだ。だから、少しくらい仕事を押しつけても平気なのさ」


 死骸だらけの歩道上でトリスタンが肩をすくめた。2人だけでこれほどの数の死骸すべてを下水溝に捨てることもできない。


 この状況は後で冒険者ギルドに報告するとして、ユウとトリスタンは先に進んだ。そうしてしばらくするとトリスタンが立ち止まる。


「この辺りだ。あの崩れた壁から大量の敏捷鼠ラピッドラットが出てきたんだ。それで対処できないと思った俺たちは逃げようとして」


「ということは、この辺りに遺体があるかどうか調べたらいいんだね?」


「そうだ、頼む」


 言葉尻が弱くなり、動きも鈍くなったトリスタンに確認したユウは歩道の上を見つめ始めた。人間の遺体ならばある程度の大きさはあるだろうし、何より服や防具を身につけているのですぐわかるはずだ。


 ユウの推測は大体正しかった。もう少し進んだ所に原形をほとんど留めていない遺体を発見する。


「うっ。トリスタン、もしかしてこれかな?」


「もう見つけ、ああ、ゴードン!」


 首や四肢が見当たらない無残な遺体を見たトリスタンが膝から崩れ落ちた。そのまま遺体の前ですすり泣く。


 何もできないユウは松明を持ったままその場にたたずんだ。しかし、いつ周囲から害獣が襲ってくるかわからない場所である。いつまでもそのままにはできない。


「トリスタン、悪いけど、ここは安全じゃないから」


「ひっく、そうだな。せめて何か遺品があればいいんだが、この様子じゃなぁ」


「冒険者の証明板くらいはないのかな」


「どうだろう。ああ、あったよ」


 ひどい様子の遺体をまさぐったトリスタンは汚れた冒険者の証明板を手にした。そして、丁寧にその汚れを拭い、大切そうにしまう。


 その様子を見ていたユウはもう1度ゴードンという冒険者の遺体を見た。繁栄を極める大きな都市の真下だというのにここは凄惨を極めている。


 あまりにも情け容赦ない現実にユウはため息をついた。

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