胡散臭い冒険者

 気の合う冒険者と楽しい夕食をした翌日、ユウは日の出と共に準備を済ませて冒険者ギルド城外支所南西派出所へと向かった。隣から漂う悪臭は相変わらずだ。


 建物の中に入ると室内は朝から騒々しかった。数多くの冒険者たちでごった返している。これから下水路に入ることが漏れ聞く会話から知れた。


 列に並んでしばらく待ったユウは自分の番になると胡散臭い受付係に声をかける。


「おはようございます。紹介してもらったサイモンという冒険者はもう来ていますか?」


「お前か。サイモンはまだだ。あっちの隅で待ってろ。ヤツが来たらお前の所に行くように言ってやるから」


 相手の顔すら見たことのないユウは受付係の言いつけ通り打合せ室の出入口近辺に立った。そのままぼんやりと南西派出所の中を眺める。暴力的な雰囲気が漂う活気に汗と革と悪臭が混じった臭いが強い。他の冒険者ギルドと似たところもあれば特有の部分もあった。


 たまにちらりと話をした受付係の方をユウが見ていると、そこから近づいてくる男に気付く。中途半端に禿げた頭に若干胡散臭そうな顔をした冒険者だ。短剣ショートソード手斧ハンドアックスという珍しい組み合わせの武器を腰に吊している。


「お前がユウか?」


「そうです。あなたがサイモンさんですか?」


「バカみてぇに丁寧だな。まぁいいや。その通り、オレがサイモンだ。お前、まだ下水路に入ったことがねぇんだってな」


「はい、それに1人でしたから誰かと組まなきゃいけなくて」


「そいつぁ困ったモンだな。しかし、もう心配しなくてもいいぞ。この王都の下水路に詳しいオレと組めるんだからな。お前はツイてるぜ」


 にやりと笑ったサイモンのいかがわしさにユウは曖昧な表情を浮かべた。言葉の端々からも感じの悪さがにじみ出ている。


 これは自分には合わない人物だとユウは判断した。他に誰かいれば断っているところだが今は誰もいない。酒場で出会ったトリスタンが1人だったら誘えたのにと思う。


 とはいえ、今は目の前のサイモンしかいない。ユウはとりあえず話を進める。


「下水路の巡回の仕事を一緒にしてもらえるんですよね」


「そうだ。けどよ、その前に色々と決めておかなきゃなんねぇことがある」


「取り決めや条件交渉なんかですか」


「さすがに冒険者だけあって話がはえぇな。それじゃ早速話し合いといこうか。まず、オレたちゃこれから仮のパーティを組むことになるが、どのくらい一緒に仕事をするかだな。オレは1週間くらいを考えてるが、お前はどうなんだ?」


「3日くらいって考えています」


「3日だぁ? おいおい、いくら何でもそれは短すぎねぇか? 3日でここの下水路のことを全部覚えようなんてよ」


「1週間かけたら全部覚えられるんですか?」


 何気なく返答したユウは目を白黒させるサイモンを眺めた。教わるのに3日が短すぎるのは理解しているが、それは1週間であってもそう変わらないと考えている。それならば、とりあえず下水路を体験だけして改めて計画を立てようという魂胆だ。


 そして、サイモンはなぜ1週間と提案したのかとユウは考える。言葉に詰まった様子からしても1週間ですべてを知ることは無理だとサイモンも知っているのだ。ということは、何かしらの思惑が向こうにもある。


 若干不機嫌になったサイモンが小さくため息をついた。それからユウに返答する。


「1週間あったら大体のことは覚えられるぜ」


「3日間だとどのくらい覚えられるんですか?」


「ほとんど大したことは覚えられねぇだろうな」


「残りの4日間で大体のことが覚えられるんでしたら、3日間でも結構なことを学べると思うんですけど」


「いちいちうるせーヤツだな、てめぇはよ。1人で下水路に入れねぇから助けてくれって言ってきたのはそっちなんだろ」


「そこまでは言っていないですよ。今は1人ですって受付の人に言ったら、ちょうど1人になった冒険者がいるから紹介してやるって言われたんです。仲間が怪我で引退してサイモンさんも今は1人なんですよね。だったら状況は似たようなものでしょう?」


「あいつ!」


 理由を聞いたサイモンが受付カウンターへと振り向いた。当の胡散臭い受付係は冒険者の対応をしていてこちらには気付いていない。


 大きくため息をついたサイモンがユウに向き直った。苦々しげな表情のまま口を開く。


「けどてめぇ、3日間が終わったらどうすんだよ。あいつの話だとここに来たばかりで知り合いもいねぇんだろ? パーティメンバーの当てなんてあんのか?」


「ここで知り合った冒険者が何人かいるんで当たってみます。駄目だったとしても、酒場なんかで声をかけたら意外に何とかなるってわかったんですよ」


「だったら最初からそいつらと組めばいいじゃねーか」


「仲間探しの前に、あの受付係の人にサイモンさんを紹介してもらう約束をしたんです。さすがに一方的な理由ですっぽかすわけにはいかないでしょう」


「あーくそ、ムカツクくらいしっかりしてやがるぜ」


 より良い条件の話を見るとその場しのぎの理由で断る者もいるだけに、ユウの態度は珍しく律儀だった。しかし、だからといってサイモンの機嫌が良くならない。


「わかった。だったら3日でいい。次はカネの話だ。今回は下水路の巡回の仕事だから1回あたり銅貨2枚をオレに寄越せ。それと巡回中に殺した害獣の報奨金は全部オレのモンだ」


「それはいくら何でもそれは無茶苦茶すぎでしょう。巡回の仕事の報酬って1回銅貨4枚って聞いていますよ? 2枚も渡したら生活できないじゃないですか」


「そんなのはオレの知ったことじゃねぇ。どうせ3日しかやんねぇんだ。そのくらいの蓄えはあるんだろ」


「僕の蓄えなんて今の話に関係ないでしょう。駆除した害獣の報奨金を全部渡すのは構いませんけど、生活するためにも巡回の報酬くらいは全部もらわないと」


「それじゃこっちの割が合わねぇだろ」


「そんなことはないでしょう。僕が初めて下水路に入るのは確かですけど、サイモンさんだって何か思惑があって僕と一緒にすることにしたんでしょう? 普通、ある程度慣れた冒険者が1人になったときって、知り合いを頼ってパーティに入れてもらうかメンバー探しをするものですから」


 顔を歪ませたサイモンの様子を見たユウはやはり何かあるのだと確信した。それが何かまでは不明だが、これだけ腹を立ててもその事情を明かさないあたりかなり怪しい。自分の都合を相手に飲ませるのならば、それを伝えて相談すべきなのだ。


 ただそうは言うものの、ユウもそこまで有利なわけではない。捜索の依頼は急ぎではないが早く下水路に入って捜索したいのだ。ここでサイモンとの交渉が決裂した場合、誰か相手を見つけるまでしばらく下水路に入れない日々が続くことになる。


 このままだと相手の方から断ってくる可能性をユウは考えた。サイモンの態度を見てまったく思惑通りに進んでいないのは明らかだからだ。


 歯を食いしばって睨んでくるサイモンに対して、ユウはあくまでも穏やかに話す。


「それでも僕がサイモンさんに下水路について色々と教えてもらうことは確かですから、仕事の報酬のうち銅貨1枚を支払うというのでどうですか? 駆除した害獣の報奨金は全額サイモンさんに渡します。ただ、換金するための部位は自分で剥ぎ取ってくださいね」


 条件としてはサイモンが提示したものとそれほど変わらなかった。しかし、支払う銅貨は1枚分少なく、倒した動物や魔物の部位剥ぎ取り作業はすべてサイモン任せだ。この様子だと曖昧にしているとその作業をやらされそうなので、自分の利益にならない作業はすべて相手に任せてしまう。


 険しい顔をしたサイモンがユウから視線を外して考え込んでいた。条件としてはぎりぎりの線らしく、かなり迷っている。ただ、ここで断れないということは、サイモンはサイモンで追い詰められているという証左だ。


 長い時間をかけて考え抜いたサイモンがようやくユウに顔を向ける。


「いいだろう、その条件を飲んでやる」


「それじゃ交渉成立ですね。3日間お願いします、サイモンさん」


「ふん、まぁいい。せいぜいしごいてやるからな。覚悟しておけよ」


 不機嫌な態度そのままでサイモンが応じた。


 その様子を見たユウは最低限のことだけすればいいかなと考える。昨日までで下水路についての知識だけならある程度手に入れたので、今必要なのはそれを実際に体験してみることだ。この3日間はそれだけを目的に活動することに決める。


 もちろん不測の事態はあるだろうが、それはもうその場で対処するしかないとユウは割り切った。サイモンにも何らかの目的があるので、3日間の間ならば何とかなると推測する。


 こうして仮のパーティを組んだユウはサイモンと共に下水路へと向かった。

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