ミネルゴ市の城外周辺

 冒険者ギルド城外支所南西派出所での用を終えたユウは貧民の道に出た。時刻は昼下がりくらいである。秋のこの時間帯は暖かくて気持ちが良い。


 あとやることと言えば身に付ける荷物を最小限にする作業がある。しかしこれは宿を決めてからでないと取りかかれない。


「少し早いけど、宿を決めようかな。荷物を置いておけるようになったら身軽になるし」


 独りごちたユウはうなずくと南西派出所の東隣にある冒険者の宿屋街に入った。荷物を置くとなると個室のある宿屋を探さないといけない。何軒か巡った後、1人部屋のみの宿を見つけて1週間宿泊する契約を結ぶ。


 借りた個室は狭く、1人用の木製寝台が1台、採光用の窓の脇に木製の机と丸椅子が1つずつと簡素だ。寝る場所兼荷物の置き場所と思えば悪くない。


 床に背嚢はいのうを置いたユウは早速道具を選り分ける。城外神殿で目星を付けていたので作業は速い。思ったよりも短時間で荷物はまとまった。薬類と松明たいまつ関係の他は、冒険者の証明板、城外神殿の依頼書、手拭い、麻の紐、財布、水袋、干し肉くらいだ。大きめの巾着袋2つに麻袋1つに収まった。腰にぶら下げる巾着袋は慣れないが、麻袋は背中にくくり付けることで意識しなくても良いように工夫する。


「よし、これで準備できた。やっぱり身軽だなぁ」


 背嚢から解放されたユウは室内で何度か飛び跳ねて荷物の軽さを体感した。やはり身軽なのは嬉しい。


 これで本当に下水路に入る準備は整った。後は明日サイモンという冒険者と会って下水路に入るだけだ。


 機嫌の良いユウは何気なく採光用の窓へと顔を向けた。まだ日は高く、五の刻の鐘さえ鳴っていない。日没まで充分に時間はあった。


 ユウは頭の中にミネルゴ市の外周を思い浮かべてみる。ミネルゴ市城外の北東部から北西部を経て南東部まではその風景が鮮明に現れた。しかし、反対側はまだ行ったことがないことに気付く。


「捜索が始まったら忙しくなるんだし、今のうちに見物でもしておこうかな」


 何となく空いた時間の使い道が決まったユウは宿を出た。路地を歩いて貧民の道に足を踏み入れると東へと向かう。


 冒険者ギルド城外支所南西派出所を背に歩き始めたユウは冒険者の宿屋街に次いで現れた貧民の市場に顔を向けた。貧民の道の南側に広がるこの市場はその名の通り貧民の生活を支えている。また、品物を安く手に入れられる場所として稼ぎの悪い冒険者も重宝していた。


 貧民の道を歩きながらユウはその様子を眺める。貧民の市場の西側は小さくぼろい店が乱立し、東側は荷車を利用した出店や露天商がひしめいていた。店主と客の声で非常に騒々しい。前の町と似た雰囲気なのは同じ国だからだろうかと想像する。


 そのまま東に進むと貧民の市場は途切れて道の南側にも原っぱが広がった。何もない場所ではあるが人が歩いているのを見かける。貧民の道まで行くのを面倒がった人々が貧民の市場と貧民街の間を往来しているらしい。


 やがてミネルゴ市の南門に伸びている大岩の街道と貧民の道の交差点が現れた。街道はこのまま城内に伸び、西側に折れ曲がって西門から外に出る。城外神殿のある場所だ。宝物の街道に比べて交通量はささやかなので、この辺りの雰囲気も落ち着いている。


 更に東へと進んだユウは貧民の道の南側に貧民街が広がっているのを目にした。ミネルゴ市城外の北西部と雰囲気は変わらない。


 周囲を見ながらユウがのんびりと歩いていると、背後から誰かが走ってくる音が聞こえた。足が速いというより音が軽いので体が小さい人物らしい。あと少しというところで横に体を避けながら近づいて来た人物に目を向ける。


「チッ」


 一瞬目を見開いた子供が舌打ちをしてそののまま走り去っていった。腰に巾着袋をぶら下げているのでそれを狙ったことはユウも気付いている。最近はそういうことをされていなかったので珍しく思えた。


 そのまま何事もなくユウは更に歩くとミネルゴ市城外の南東部の端にたどり着く。貧民の道は北に向かって曲がっていた。道なりにたどっていくと貧民街とは別の喧騒が向こう側から聞こえてくる。東門辺りで多数の人々が何かをしていた。


 更に近づいてみたユウはそれが拡張工事現場だということに気付く。よく見れば職人や人足が忙しそうに働いていた。


 貧民街が途切れた辺りで東側に道が分岐しているのを無視したユウはそのまま北へと進んだ。すると、すぐに城門手前にいる門番のような兵士に呼び止められる。


「待て、お前は何者だ?」


「冒険者のユウです」


「ここに何の用がある?」


「別に用って言うのはないんですけど、昨日ここに来たばかりなんで、外周をぐるっと回って見物しているんです」


「見物? ダメだ。ここは今工事中なんだ。少し戻って新しく作られた貧民の道を通って北に向かえ」


「まだ何にもないように見えるんですけど、駄目なんですか?」


「この工事現場は関係者以外立ち入り禁止なんだ」


「それじゃ東門も使えないんですね」


「いや、東門は使える。宝物の街道の往来は許されているからな」


 門番のような兵士の説明に疑問を覚えたユウはその奥に目を向けた。彼方にある東門から東へと伸びている宝物の街道上を往来する人や荷馬車が見える。それは工事現場の中も変わらない。


 不満げな表情を浮かべたユウが門番のような兵士へと反論する。


「宝物の街道がいいんでしたら、こっちの道もいいじゃないですか」


「オレにそんなこと言われても知らん。領主様が決められたことなんだ。文句なら領主様に言うんだな」


「そんなことしたら縛り首になるかもしれないじゃないですか」


「だったら諦めるんだ。ほら、行った行った」


 結局追い払われたユウは口を尖らせながらも来た道を戻った。そして、新しく作られたという道に足を向ける。


 その新設された貧民の道は東へと伸びていた。その道の南側には貧民街が広がっている、というより無理矢理切断されたような面を晒している。工事のために道より北にあった建物は壊されたことは簡単に推測できた。よく見れば、道の北側の地面はむき出しだ。


 やがて貧民街が途切れると新しい貧民の道も北に折れ曲がった。ユウはそのまま道なりに歩き続けると道の東側に建物が立ち並ぶようになり、正面に十字路が現れる。宝物の街道までやって来たのだ。


 そこは旅人の宿屋街のようで宿の前には客引きがいた。しかし、往来する人の数がずっと多いこともあり、かけ声に勢いがある。


「そこのおにーさん、うちに泊まっていかないかい!」


「もう別の宿を取ってるんで間に合っています」


「なんだいそうなのか」


「それより、東門から随分と離れた所に宿屋街があるんですね。西門にあった宿屋街はもっと近い場所だったのに」


「立ち退きさせられたんだ。ほら、すぐそこで職人たちが仕事をしてるだろう。都市を拡張するって領主様が決めてから、オレたちはここに移されたんだ」


「うわ、それは大変ですね」


「まったくだ。幸い、建物の移築費用は負担してもらえたけど、その間は商売ができずに上がったりさ。その間西の宿が大儲けしてるのを見てるしかないってのは悔しかったな。けど、先月からようやくこっちもまた商売できるようになったんで、気合いを入れて励んでるんだよ」


「それで客引きの人はみんなあんなに熱心なんですか」


「そうなんだ。おっと、オレもこうしちゃいられない。じゃぁな」


 雑談に応じてくれた客引きは近くを通りかかった旅人へと小走りに寄っていった。熱心に自分の宿へと連れ込もうとしている。


 客引きから目を離したユウは宝物の街道へと顔を向けた。大岩の街道と違ってこちらは人通りが多い。しかも、街道を東西に行くだけでなく、十字路から北側に伸びている貧民の道も往来が激しかった。東門に向かう人々は全体的に身なりがましで、貧民の道へと曲がる人々はみすぼらしい人が多い。


 都市部を拡張するための工事現場は中央を突っ切る宝物の街道だけがいつも通りといった様子だ。ときおり職人や人足が街道を横断するが、それ以外は工事など存在しないかのようである。


 十字路の隅で立ち止まっていたユウは迷うそぶりを見せていたが、北に向かって歩いた。そのまま人通りの多い貧民の道を進む。旅人や行商人が多い。


 工事現場の北限を過ぎると新しい貧民の街道は西側へと曲がっていた。更に進むと飲食店が道の北側に並び始める。城外の歓楽街だ。そうして従来の貧民の街道にぶつかる。


 ここまで来るとユウも見たことのある光景が広がっていた。これでミネルゴ市の外周をすべて見たことになる。


 そのとき、ユウは五の刻の鐘が鳴るのを耳にした。空はこれから朱くなるだろう。日没までそう長くはない。


 この後何をしようかユウは歩きながら考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る