冒険者ギルド城外支所南西派出所

 冒険者ギルド城外支所本部での用を済ませたユウは建物から出て立ち止まった。ちょうど四の刻の鐘が鳴るのを耳にする。


 城外神殿の依頼を引き受けたユウは貧民の道を西に向かって歩き始めた。冒険者の宿屋街と城外の工房街を過ぎると北門までは原っぱが続く。貧民街に差しかかるとあの臭いに食べ物の匂いがかすかに混じっていた。昼時なのがよくわかる。


 都市の北西の端で南に曲がると旅人の宿屋街が見えてきた。その辺りにはあまり人はいないが、大岩の街道との交差点を過ぎた城外神殿の辺りは人だかりができている。特に神殿の南側に人が多い。近づくと炊き出しをしていることを知った。


 空腹を感じていたユウは炊き出しの臭いを嗅いだ後、原っぱに寄って背負っている背嚢はいのうを地面に降ろして干し肉を取り出した。そうして貧民に混じって囓る。


「やっぱり人が多いなぁ」


 食事をしながらユウは周囲に目を向けた。特にパオメラ教の信者たちが炊き出しをしている所に注目する。前の町の炊き出しよりも規模はずっと大きい。しかし、寄ってくる貧民の数はそれ以上に多く見えたので、人ごとながら足りるのかと心配する。


 昼食を終えるとユウは再び貧民の道に戻った。城外神殿の南側は原っぱなので一度人通りが寂しくなるが、貧民の歓楽街に差しかかるとまた騒がしくなる。


 職人の宿屋街の宿屋が貧民の道の西側に並ぶ頃には例の悪臭が強くなってきた。その辺りが都市の南西の端で道に沿って東に曲がると悪臭を放つ廃棄場がある。ちょうどそこから幌なしの荷馬車が3台出てきて東へと向かっていった。いずれも強烈な臭いを発している。


 そうしてユウはようやく冒険者ギルド南西派出所にたどり着いた。造りは本部と同じで南北の向きが逆になったかのような姿だ。


 南西派出所の中に入ると何人もの冒険者たちがいた。本部の冒険者同様に悪臭を放っているものがほとんどだ。中には水を浴びたかのように濡れた者もいて、近づけない程の臭いを撒き散らしている。


 ちょっと気持ちがしおれてしまったユウだったが、心を奮い立たせて受付カウンターに向かった。濡れ鼠の冒険者を避けるため、人の多い列の最後尾につく。周りの冒険者たちの何人かは強烈な臭いを放っている者を見て小言を言い合っていた。


 それを聞き流しているとユウは背後から声をかけられる。振り返ると、背が高く彫りの深い顔をした冒険者がユウに顔を向けていた。戸惑いながらも応じる。


「なんであいつはあんなに臭いんだ?」


「さあ、知らないですよ。下水路で一仕事してきたからじゃないですか?」


「そりゃ下水路で仕事をしてると臭っちまうけどよ、あそこまでは臭くならんよ。ありゃ絶対下水に落ちたんだ。間違いない」


「うわっ、そんなことあるんですか?」


「あるさ。害獣を駆除してるときなんて特に気を付けないとな」


「でも、服には泥みたいなのは付いてないですよね」


「きっと出入口か廃棄場で洗ったんだ。カネを出したら水をくれるしな。全身を洗うとなると結構水代がかかるが」


「それで全身雨に濡れたみたいになっているんですね。それでもあんなに臭いんですか?」


「下水の臭いは強烈だからな。洗ったからと言って簡単には落ちないんだ。ありゃ少なくとも今日明日は酒場にも宿にも入れないぞ」


「どうやって生活するんですか、それ?」


「そりゃ野宿だよ。これからどんどん寒くなっていくからきついだろうなぁ」


「ああいう人って割といるんですか?」


「数は少ないが、いるぞ。城外神殿の建物の裏側に何人か野宿してる連中がそうだ。下水に落ちたヤツはしばらくあそこで身を清めるのさ」


 思わぬ嫌な話を聞いたユウは顔を引きつらせた。絶対に落ちないようにしようと固く誓う。武具に臭いが付くなどという以前の話だ。


 新たに決意を固めているユウに対して冒険者の男が更に話しかけてくる。


「あんた、あんまりこの辺のことを知らなさそうだな。最近ここに来たのか?」


「昨日ここに来たばかりなんですよ。それで、下水路に入ることになっちゃって」


「なんだそりゃ。罰にしたってひどい話だな。仕事か?」


「そうです。まさかこんなことになるとは思ってもいませんでしたよ」


「だろうな。とんだ厄引きだ。ところで、まだ名乗ってなかったな。オレはハドリー、この王都の下水路で活動してる冒険者だ」


「僕はユウです。アディの町から来ました」


「あそこか。確か稼げる魔窟ダンジョンがあっただろう。なんでこっちに来たんだ?」


「別にミネルゴ市に稼ぎに来たわけじゃないんですよ。ちょっと色々とあって」


「大変だな。1人なのか? 仲間は別行動か?」


「いえ、1人ですけど」


「もしかして、1人で下水に入るつもりか?」


「できれば誰かと入りたいんですけどね」


「そりゃそうだ。最低2人はいないと色々と面倒だぞ」


「ハドリーさんのパーティはどうなんですか?」


「ハドリーでいいよ。う~ん、オレんところは4人いるぞ」


「講習で聞いた通りですね。終わりなき魔窟エンドレスダンジョンだと最大で6人ですが」


「らしいな。けど、こっちだと2人から4人が限度なんだ。下水路の中は歩ける場所が狭いから、あんまりたくさん人がいても身動きが取れないんだよ」


「なるほど」


 パーティの人数の違いを聞いたユウは感心しながらうなずいた。講習で既に耳にした情報ではあるが、実際に活動していると冒険者パーティから聞くとより身近に感じる。


 そこからユウはハドリーに下水路での冒険者パーティについて色々と尋ねた。地上には冒険する場所がないため、ミネルゴ市の冒険者の大半が下水路で活動していると聞いて改めて驚く。


 長々と話をしているうちにユウの順番が次第に近づいて来た。いよいよ自分の番の1つ手前になってハドリーに礼を述べる。


「ありがとうございます。色々と話を聞けて助かりました。酒場なんかだとエールをごちそうするんですけど」


「はは、今度酒場で会ったときにおごってくれたらいいさ。それに、こっちもあの臭いのことを忘れていられたから助かったよ」


 しゃべりながらハドリーが親指を突き出した先にユウは目を向けた。すると、あのひときわひどい悪臭を放っていた人物の姿がない。途中からまったく意識しなくなっていたことに今更気付いた。


 2人が話をしていると、ユウの前の冒険者が受付カウンターから離れる。それに気付くとハドリーに挨拶をしてから受付係に向き直った。見た目の第一印象は胡散臭い、である。


「はい次、何の用だ?」


「ここの下水路に入りたいんですけど、許可ってここで取ればいいんですよね?」


「お前、もしかしてこの王都は初めてか?」


「昨日来たばかりです」


「新入りか。まぁここはそういう連中が来る場所だ。しょうがねぇ、色々と教えてやるからよく覚えとおけ」


「はい」


「まず、下水路には関係者以外は入れねぇ。冒険者ギルドが管理してるからな。冒険者、職人、人足のように何かしら仕事があって初めて入れるんだ。で、お前の場合は冒険者なわけだが、何か依頼を引き受けなきゃ下水路には入れん」


「どんな依頼でもいいわけですよね」


「ここのギルドで出してる依頼ならな。その種類はいくつもある。例えば、行方不明者捜索、下水路網出入口警備、地下門番補助、下水路網巡回、害獣駆除、沈殿池さらい、補修工事補助、拡張工事補助なんかだ」


 その後も、ユウは城外支所本部で受けた講習で既に聞いた話を延々と聞かされた。何か新しい情報があるのではと期待して耳を傾けるが一向に出てこない。


 いい加減講習を受けたことを話そうとしたユウは胡散臭い受付係の話に変化が現れたのを知る。


「で、この中でお前のような新入りにうってつけなのが下水路網巡回の仕事だ。この仕事なら、中をぐるりと回ってくるだけだから難しくねぇ。おまけに下水路のこともよくわかる。正に一石二鳥ってわけだ。ところでお前、仲間はいるのか?」


「いえ、今1人だけです。これから仲間を探すところですが」


「ほう、本来ならまず仲間を集めてから来いって追い返すモンだが、お前はツイてる。ちょうどオレの知ってるヤツで手が空いてる冒険者がいるんだ。そいつを紹介してやるよ」


「どんな人なんですか?」


「サイモンって言ってな、ここで長く下水路で仕事をしてる熟練の冒険者だ。ちょっと前に仲間が怪我で引退しちまったせいで今は1人なんだ。こいつと一緒なら間違いはねぇ」


 言葉の端々に誘導したいという思惑をユウは感じ取った。ただ、人捜しをしたい身としては下水路網を巡回するという仕事は悪くない。問題はサイモンという冒険者がどれくらい信用できるかだ。紹介者から受ける印象は正直良くないが。


 胡散臭く感じるものの、今のところ人のあてもないユウは明日とりあえずサイモンと会うことにした。

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