友人殺しの人足

 当面使わない金貨を宝石や貴金属に変えたいユウはその方法に苦労していた。そこで身分保証状を手に城外神殿で助祭官のエリオットに相談をする。しかし、現実は厳しかった。城外神殿はそもそも貨幣で宝石や貴金属などを買えないからだ。


 それでもユウが粘るとエリオットはいくつかの提案をしてくれる。いずれもこれだと思える選択肢ではなかったが、その中でも1つだけ興味を示した。城外神殿からの依頼を引き受け、その報酬として手数料なしで宝石や貴金属を購入させてもらうという方法だ。


 しばらく無言だったユウがエリオットに話しかける。


「今回僕が引き受けるかもしれない仕事ってどういうものなんですか?」


「下水路に逃げたとある殺人の容疑者を捕まえてほしいのです」


「そういうのは官憲の仕事じゃないんですか? でもそれは城内の話か。城外ですと代行役人の仕事になりますよね」


「城内でも平民の住む地域にある下水路は冒険者ギルドの管轄ですので、官憲の管轄外というのは正しいです。しかし、代行役人も徴税が主体ですので下水路は管轄外なんですよ」


「でもそうなると、下水路って無法地帯になりませんか?」


「下水路の出入りは冒険者ギルドによって管理されていますからそこまでひどくはありません。ただ、何事にも完璧ということはないようで」


「何か起きたら冒険者ギルドが対応すると」


「冒険者が頻繁に見回っているので意外にもあまり事件は起きないそうですよ。例え起きたとしても、冒険者ギルドからの依頼を引き受けた冒険者が捜査をしますし」


 前の町の魔窟ダンジョンとは異なり、さすがに下水路網はミネルゴ市の直下にも広がるだけにある程度治安には力を入れているらしい。


 感心していたユウだったがすぐに気を取り直した。肝心なことはまだ何も聞けていないことを思い出す。


「それで、その殺人の容疑者というのはどんな人なんですか?」


「名前はジャッキーという下水路の拡張工事現場で人足をしていた貧民です。先月、ギャンビー神の熱心な信者であるエミルが貧民街の裏手で死んでいるのが見つかったのですが、前の晩に友人であるジャッキーと言い争う声を付近の住民が聞いていたというのです。しかし、そのジャッキーは翌日の仕事で下水路に入るといつの間にか行方知れずとなってしまい、現在に至ります」


「ギャンビー神って確か博打の神様ですよね。そのエミルっていう人もやっぱり?」


「博打好きだとは聞いていますね」


 博打好きだからと言って殺されても良いというわけではないが、何となく問題のありそうな人物だなとユウは思った。なので何となくつぶやく。


「お金の貸し借りで揉めていました?」


「そういうわけではないようです。普段からエミルは気前よく遊んでいたそうですが、周りから金銭を借りるようなことは1度もなかったそうですよ」


「下水路の拡張工事の人足ってそんなに儲かるんですか?」


「この都市の東部の拡張工事現場が始まって景気が良くなったとはよく聞きますが、そこまでは。なのでエミルの周りにも若干怪しむ人はいたようです。ただ、博打で大勝ちしたという噂もありましたから、それのおかげなのかもしれません」


「でしたら、どうして友人のジャッキーと言い争っていたんでしょうね」


「それがわからないんですよ。以前は仲が良かったと聞いていますし、ジャッキーは正直者で気が弱い男です。とても人を殺せるような人物ではないと皆が口を揃えています」


 老助祭官の話を聞くユウは首をかしげた。動機がまったくわからない。殺人の容疑者であるジャッキーという人足を捕まえれば良いだけなので別に知らなくても構わないことだが、心にもやがかかるのは良い気分ではない。


「話はわかりました。この都市の下水路についてはまだよくわかりませんが、もう別の町に逃げた可能性はないですか?」


「可能性はあるかもしれません。ただ、ジャッキーが行方知れずとなった下水路は城内なんです。そこから外に出ようとすると方法は2つですが、今のところ官憲も冒険者ギルドもジャッキーが逃げた形跡を確認できていません」


「その2つの方法というのはどんな方法ですか?」


「1つは下水路から城内に通じる管理点検口を使う方法です。しかし、この出入口は官憲の詰め所になっていますので使えばすぐにばれてしまいます。もう1つは幹線下水路という大きな下水路を伝って城内から城外へ向かう方法です。こちらは北東と南西の2箇所が城外に伸びていますが、城壁の真下に検問所があります。ここは地下門番という冒険者ギルドの職員と冒険者が1日中見張っていますから、普通でしたら通り抜けることは不可能なはずです」


「誰も知らない抜け道なんかはないんですか?」


「そういう噂はありますが、どうでしょうね。少なくとも城内ですと例えそんな抜け道を使って地上に出てもすぐにばれるでしょう」


「どうしてです?」


「下水の悪臭は強烈ですから、例え変装していてもすぐに下水路からやって来たというのがわかるからです」


「あの臭いですか」


 昨日、冒険者ギルドの隣にある廃棄場から発せられた悪臭を思い出してユウは顔をしかめた。あの臭いが体に染みついていたとしたら、例え貧民街であっても目立つだろう。ましてや下水施設のおかげで他の町より悪臭がましというミネルゴ市内なら尚更だ。


 そうなると、エリオットの言う通り容疑者のジャッキーは未だ城内の下水路のどこかにいるという可能性が高い。それはつまり、捜索するならばユウも下水路に入らないといけないことを意味していた。


 おとなしく手数料を支払おうかなと徐々に心が傾く中、ユウはとあることに気付いて問いかける。


「エリオットさん、冒険者ギルドに捜索の依頼を出していないんですか? 報酬額にもよるでしょうけど、冒険者なら引き受けてくれるかもしれないですよね」


「もちろん依頼は出しています。しかし、そもそも引き受けてくれる冒険者が現れないんですよ。こう言っては何ですが、貧民の殺人事件は珍しくない上に、下水路内の捜索は厄介だそうですから不人気なんです」


「下水路に慣れている冒険者でさえ避けたがる依頼かぁ」


 渋い顔をしたユウがため息をついた。ミネルゴ市には昨日到着したばかりでまだ下水路網に入ったことのない身で、ジャッキーを見つけ出せるとはとても思えない。遠回しに宝石や貴金属の購入は諦めろと言われているような気さえもする。


「ただ、私たちもこの依頼が簡単に達成できるとは思っていません。類似の捜索の依頼で目的を果たしたという話もほとんど聞きませんし、諦め半分といったところです。ですから、冒険者ギルドに出しているこの捜索の依頼も年内いっぱいで取り下げる予定なんですよ」


「そうなんですか。でしたら、僕がこの依頼を引き受ける意味は」


「この件をお話したのは、無償で購入に応じるわけにはいかなかったので、何かしら働いていただくためにご提示したのです。この捜索の依頼を引き受けていただいて年内いっぱい捜索していただければ、例えジャッキーを見つけられなくても購入に応じても構いません。手抜きをしないという条件が付きますが」


「なるほど」


 要求するなら相応の誠意を見せろと言われていることにユウは気付いた。別の町の祭官が記した身分保証状があるので無碍にはできないが、さすがに無条件で融通を利かせるわけにもいかないというわけだ。


 依頼の達成が必須条件であれば難易度の高い捜索の依頼だが、達成しなくても良いのであれば話は変わってくる。そうなると、気になるのは期間と悪臭だ。


 期間は年末までなので今から2ヵ月半強である。予定では宝石や貴金属を購入してすぐに出発する予定だったので随分足止めされる形になるが、別に急ぐ旅でもないのでそこは大したことではない。


 問題は悪臭の方だ。これから2ヵ月半の間下水路に入り続けるとなると、あの臭いが体に染みつくことは間違いない。他に色々と危険があるのだろうが、ユウにとってはこれが一番恐ろしく思えた。


 どうするべきかユウは迷う。あの悪臭さえなければ引き受けるのだが。


 揺れるユウにエリオットが声をかける。


「下水路の悪臭がやはり気になりますよね」


「まぁ」


「でしたら、こちらで服と靴を用意いたしましょう。どちらも傷んだ物ですので質は悪いですが、これでしたら下水路で臭いが染みついても平気なはずです。後は最低限の装備を整えればどうですか?」


「それなら」


 他にも一般的な対策をユウはエリオットから聞いた。不衛生な場所なので怪我したときのために解毒薬は必須であり、虫除けの水薬も有効であるなどだ。ここまで提案されては断りにくい。


 結局、ユウは提示された捜索の依頼を引き受けることにした。

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