財産の形
寝台で横になっていたユウは半ば起きていたが、目を開けずに周囲のざわめきを聞いていた。まぶたの向こうが明るくなっているので夜が明けたことはわかる。
3人用の寝台を2人で共用しているユウだったが、その相手が起きたことに気付いた。同時に腹を手で思い切り押される。
「ぐえ!?」
「わりぃわりぃ」
隣で起きた男は多少驚いた顔をしながら手を引っ込めた。寝台に手を突こうとして間違えたらしい。安宿の大部屋で寝ているとよくあることだ。
強制的に目覚めさせられたユウは腹をさすりながら体を起こした。若干不機嫌そうな表情のまま周囲に頭を巡らせる。
昨晩は夕食後に安宿に泊まった。食事の代金と違って宿代は前の町よりも高かったが、冒険者の宿屋街だけに大半の客層が冒険者である。ただし、宿によっては人足が大半を占めることもあるそうだ。
そんな同業者の姿も今の大部屋ではほとんど見かけない。仕事のために出払ったからだ。
立ち上がったユウは背伸びをした後に体をほぐし始めた。最初はゆっくりと体を動かし、徐々に力を入れていく。体が目覚めていくのを体感した。
足下に置いた荷物を見ながらユウは今後の予定について考える。
これから再び各地を巡る旅をするわけだが、現在財産の問題を抱えていた。前の町で稼いだ多数の金貨をどういう形で持つのかということだ。
この金貨を発行しているマグニファ王国の近隣だけを巡るのならばこのままでも問題はない。しかし、遠く離れると現地の通貨に両替する必要があり、その度に手数料が発生するのだ。しかもいずれはマグニファ通貨そのものが通用しなくなり、地金の価値しかなくなる上に引き取り手数料も高額になる。
以前は旅費と大差ない額しか稼げなかったので気にならなかったが、多数の金貨を手にする今はそうもいかない。1割の手数料がかかるだけでも結構な額を失うのだ。
頭を悩ませたままユウは寝台に座って干し肉を取り出して囓った。ゆっくりと噛みながら続きを考える。
「そうなると宝石か貴金属を持つのが一番なんだろうけど」
財産を通貨以外で持っておくというのは商人にとって珍しいことではない。各地を回る商売人などは少し財を成すと積極的に宝石や貴金属という形で蓄財する者もいる。大抵は商人ギルドで購入するのだ。
ではユウも、とはいかない。商人ギルドに行けばユウも金貨で購入できるのは確かだが、ギルド未加入の者だと割高な手数料を取られる。足下を見られると3割や4割という法外な額にもなりかねない。
かつて南方辺境に入ったときに通貨の両替をし損ねて割高な手数料を取られたことをユウは思い出した。あれはまだ良心的な値段だったが同じことは期待できない。
ちなみに、城内には宝石店や貴金属店が存在するが、そもそも王侯貴族や商人相手の商売だ。同じ城内の都市民でも労働者だと大抵は相手にしてもらえないので、城外の住民など論外である。
「冒険者ギルドだと宝石や貴金属は扱ってないからなぁ」
半ばまで囓った干し肉を再び口に入れたユウがつぶやいた。同一通貨内で、金貨、銀貨、銅貨の交換ならばしてくれるが、普通はそれだけだ。外貨への両替はしてくれない。
「そもそもこんな大金、持ち歩くのが怖いんだけどな。ああ、商人ギルドの手形みたいな仕組みがあればなぁ」
今のユウは生まれてこの方初めて見る大金を手にしていた。そのせいで、いつも不安で仕方ない。
商人ギルドではある町で入金して別の町で出金できる手形という仕組みがある。しかも、出金する町の通貨に両替してくれもするのだ。ただし、出金する町と両替する通貨を指定する必要がある上に手続きが面倒だという難点がある。もちろん利用料もかかり、何よりギルド加入者でないと利用できない。
とりあえずできることから手を付けるべきだが、手段は限られている。1つ思い付いたことがあったユウは干し肉を口に咥えたまま
それを見ながらユウは干し肉を囓って口を動かした。
ミネルゴ市の城外にもパオメラ教の城外神殿という施設がある。王都の西の城門の前、大岩の街道と貧民の道の交差点の南西側にその建物は建っていた。城外で唯一3階建てであることを許されている。
王都の北東部にある冒険者の宿屋街から出発したユウは貧民の道を西に向かって歩いた。宝物の街道との交差点を過ぎると道の北側に貧民街が広がっている。
都市の北西で南へと折れ曲がり、更に進むと城外神殿にたどり着いた。街道に面していることもあって城外神殿の人の出入りは多い。
神殿の中は簡素かつ清潔で、それぞれの神に対する祭壇が設けられた祈祷室が並んでいた。その中からユウは農業を司る神であるアグリム神の祈祷室の前に立つ。
すると、ユウは白髪で穏やかな目つきの老人に背後から声をかけられた。灰色のローブを着ていることから城外神殿の関係者だとわかる。
「何かご用でしょうか?」
「初めまして、僕は冒険者のユウです。あなたは」
「助祭官のエリオットです」
「まずはこれを見てもらえますか」
懐から取り出した羊皮紙をユウはエリオットに手渡した。受け取った相手がそれを読み終わってから言葉を続ける。
「実はちょっと相談したいことがあるんです」
「承知しました。応接室へとご案内いたします」
丁寧に告げられたユウは老助祭官エリオットの後に続いた。神殿内の別の場所へと案内されると狭い一室に招き入れられる。小さなテーブルと簡素な椅子が2つだけの部屋だ。
背嚢を床に置いたユウは勧められた椅子に座る。返してもらった身分保証状は再び懐へとしまった。
対面に座ったエリオットはすぐに話しかける。
「それで、改めてお伺いしますが、どういったご用件でしょうか?」
「僕はこれから長旅をする予定なんですが、それに備えて財産を宝石か貴金属に変えておきたいんです。本来ですと商人ギルドに行くべきなんですけど、冒険者の僕だと法外な手数料を取られるので困っているんです」
「なるほど、確かに城外の人々に中の方々は厳しいところがありますからね。それはお困りでしょう」
「前の町の城外神殿は有志の方々で運営しているため持ち合わせがないと聞いて諦めましたが、こちらでは金貨で宝石や貴金属を買うことは可能ですか?」
「そうですね。あいにくですが、ここは宝石商ではないのでそういうことはやっておりません。ただ、商人ギルドに紹介状を
「う~ん」
老助祭官の提案を聞いたユウは顔をしかめた。城外神殿の紹介状付きならば足下を見られることはない。なので、部外者だからといって法外な手数料を吹っかけられることはないだろう。ただし、商人ギルド加入者と同率の手数料なのかと問われるとそこは怪しい。これが商人の紹介状ならば話は変わってくるのだが。
自分が選べる立場ではないことを承知しつつもユウはエリオットに問いかける。
「他には何か方法はありませんか?」
「そうですねぇ。先程はしていないと申し上げましたが、いくらか喜捨をしていただければ応じられるかもしれません」
「喜捨ですか」
「ある程度まとまった額の喜捨をしていただいた方には、こちらもささやかながらの返礼をすることがあるのです」
「金貨30枚以上で宝石や貴金属を買わせてもらう場合は、どのくらい喜捨すればいいんですか?」
「失礼ですが、それほどの金貨をどうやって手に入れられたのです?」
「アディの町の
金貨の枚数に目を見開いたエリオットに対してユウは落ち着いて説明した。普通の冒険者がこんなに大量の金貨を手に入れる機会などそうないことは理解している。
「そうでしたか。あの町で大金を手に入れる冒険者の話は私も耳にしています。そういうことでしたら問題ないでしょう。しかしそれだけの額になると、喜捨の方も」
「やっぱりそうですよね。商人ギルドで交換するのとあまり大差なさそうですよね」
「でしたら、そうですねぇ。私たちのために働いていただくというのはどうでしょうか。その謝礼として宝石や貴金属をご用意するというのでしたら可能です」
「労働の対価ですか。なるほど」
「これでしたら喜捨も手数料もかかりませんよ」
にこやかに提案してきたエリオットにユウは微妙な表情を向けた。確かにその通りではある。代わりに労働という手間賃をこちらが支払うことになるが、信者でもないのだからある意味当然ではある。ただ、依頼内容によっては出費も考えないといけない。それがどの程度であるか、そして天秤にかけて釣り合うかであろう。
どうしたものかとユウは悩んだ。
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