門出を祝ってくれる友人たち

 六の刻の鐘が鳴るのを耳にしたユウは宿を出た。日没後の暗い夜道を冒険者の歓楽街まで道沿いの酒場から漏れる明かりを頼りに歩く。酒場『青銅の料理皿亭』はすぐに見つかった。


 店内はいつものように盛況だ。テーブルもカウンターもほぼ満席である。いつもならカウンターへ向かうユウだが今日は違った。テーブルへと目を向ける。


「来たなユウ! こっちだぜ!」


「ケネス? ジュードも?」


「はは、やっぱり驚いたな! 来た甲斐があったってもんだぜ!」


 呼ばれたユウがそちらへと目を向けると、ハリソン、キャロル、ボビーの他に、ケネスとジュードも同じテーブル席に座っていた。まさかの元メンバーに目を見開く。


 テーブルに近づいたユウは勧められるままに席へ座った。すぐにハリソンへ顔を向ける。


「この2人って元々集まる予定だったの?」


「いや、さっき換金所の辺りで偶然出会ってな、ユウの話をしたら送別会に参加するって言ってくれたんだ」


「町の中にいるとなかなか外の都合に合わせづれぇからな。こういうときは何も考えずに乗っかるのが一番なんだよ」


「こういうのには機会やきっかけがあるのは確かだしな。俺も賛成したんだ」


 既に木製のジョッキを手にしているケネスとジュードが揃ってそれを持ち上げた。2人の態度にユウは嬉しくなる。


「ありがとう。僕も嬉しいよ。キャロルとボビーも久しぶり。ボビーは特にそうだよね」


「俺は前に一緒に飲んだことがあるもんねぇ」


「おれは夏に別れてから会ってないから、会えて嬉しい」


 黒パンを手にしているキャロルと肉を頬張るボビーがユウの言葉にうなずいた。どちらも笑顔である。


 近くにいた給仕女にユウは料理と酒を注文した。それから5人に向き直る。


「今日は送別会を開いてくれてありがとう。まさかこんなことをしてもらえるなんて思っていなかったから嬉しいよ」


「ハリソンからこの話を聞いたときはちょっと驚いたけど、ユウとは仲良くやっていたしねぇ。最後に一緒に飲みたかったってのもあるかな」


「おれもキャロルと同じ」


「最後にこの場をもうけたハリソンはお手柄だな」


「オレもそう思うぜ!」


「待て、今日の主役はユウだぞ。オレじゃない」


 いきなり知り合いから持ち上げられたハリソンが戸惑いながら反論した。しかし、褒められているためにその口調は弱い。


 ユウが注文した料理と酒がテーブルに置かれている最中にケネスが口を開く。


「しっかし世界のいろんな所を見て回るかぁ。そんなの考えたこともなかったなぁ」


「俺もお前もその日を生きるのに精一杯だったからな。故郷を出たのも食うためだったし」


「そうそう! もっと稼げる所はねぇかって色々探してここに流れ着いたんだよな」


「ということは、ケネスやジュードにとってアディの町は稼げる町なわけ?」


「そうだぜ! だからしばらくここを離れる気はねぇんだ。にしても、ユウみたいな考えってのは不思議だぜ。言っちゃ悪いが、見たところでどうなるわけじゃねぇだろ?」


「うん。そうなんだけど、小さい頃におばあちゃんから寝る前にいろんな場所の話を聞いたから、それが本当なのか知りたくなったんだ」


「マジか。それが理由かよ」


 あまりにも純粋な原点にケネスが目を見張った。他の者たちも目を見開いている。理由としてはかなり珍しいらしい。


 そんな中、次いでジュードがユウに話しかける。


「ユウとは少し前に魔窟ダンジョンでも会ってたが、今思い返すと鎧が前と違っていたような気がするな。もしかして、買い換えたのか?」


「うん、硬革鎧ハードレザーに換えたんだ。その他にも、服も上下一式、ブーツ、それに槌矛メイスも新調したんだよ」


「随分と思い切ったな。そうか、服も違うと思っていたが、やっぱり替えたのか。それにしても、槌矛メイスまで換えたのはどうしてなんんだ?」


「前のは木の棒に鉄を巻き付けたやつだったんだけど、今度のは全部金属でできているやつなんだ。この半年間体を鍛えていて体が強くなったから重いのにしたんだよ」


「そういうことか。旅に出る前に強くなれたのは良かったじゃないか」


 色々と新調したことを聞いたジュードは何度もうなずいた。自分の成長に合わせて武具を替えるのは冒険者として当然のことだ。それを実行しているユウに感心した。


 しかし、その話を横で聞いていたボビーが首を横にひねる。


「あれ? ユウは剣と盾を持ってなかった?」


「持っていたよ。でも、短剣ショートソードは工房で売って、丸盾ラウンドシールドは使っていたら魔物の攻撃を受けたときに壊れたんだ」


「壊れちゃったんだ。それじゃ、また買うの?」


「盾はもう買わないよ。元々使っていなかったし、旅をするときはできるだけ身軽にしたいしね。僕の場合、背嚢はいのうがいっぱいだから」


「そっか。ならしょうがないね」


 回答に納得したボビーが安心したように肉の盛り合わせに手を出した。鶏肉の塊を掴んで頬張る。口が大きいのですべて入った。


 その隣で話を聞いていたキャロルが次いでユウに声をかける。


「明後日出発するってハリソンから聞いたけど、どこに行くつもりなの?」


「とりあえず王都に行く予定なんだ。ここから乗る荷馬車が王都行きだから」


「へぇ、荷馬車の護衛が都合良く見つかったんだ。良かったねぇ」


「実はそうじゃないんだよ。僕の望むような護衛の仕事は見つからなくて、王都に行く荷馬車に乗せてもらうことになったんだ。あのまま選び続けていてもいつ見つかるかわからなかったしね」


「あ~そりゃ残念。王都までだったら結構あるから自腹はしんどいんじゃないかなぁ」


「1週間以内には着くって聞いているから、そのくらいは覚悟しているよ」


「おう、オレたちんときはそのくらいだったぜ」


 横からケネスが口を挟んできた。それでこの日数が大体正確であることを全員が知る。


 木製のジョッキを傾けるキャロルの後を引き継いでハリソンが話しに加わった。唇を舐めてからユウに問いかける。


「それで、王都から先はどこにいくつもりなんだ?」


「まだ決めていないんだ。王都っていうからいろんな方面に行き先は伸びているだろうし、色々と見てから決めようと思っているよ。楽しみは後に取っておくんだ」


「なるほど。今決めても心変わりするかもしれんしな。それがいいかもしれん。ところで、旅の準備はもう終えたのか?」


「大体終わったよ。背嚢に荷物は詰め込んだし、この町を出るための荷馬車は確保してあるし、挨拶回りはもうほとんど終わらせたし、後は買い物を少しかな」


「何を買うんだ?」


「水と干し肉と松明用の油。明日ゆっくりと買って回るつもりだよ」


「水と干し肉なら今日の帰りにここで買えばいいだろうに」


「ハリソン、今晩のユウは前後不覚になるまで飲むんだから無茶を言うな」


 ケネスの隣で木製のジョッキから口を離したジュードが楽しそうに諭した。横からたしなめられたハリソンが肩をすくめる。


「悪かった。すっかり忘れてたよ。そのために今日集まったんだよな」


「待って僕そんなにお酒強くないんだよ。みんな知ってるでしょ」


「聞こえねぇんだよなぁ。おい、ねーちゃん、エールを10杯持ってきてくれ!」


「本当に飲むの!?」


「当たりめーだろ。そのための送別会だぜ? 全員潰れるまで飲むんだ!」


「ケネスが潰れるところなんて想像できないよ!」


「あー、ユウは知らねぇのか。オレよりジュードの方が強いんだぜ。こいつが潰れるところをオレは見たことがねぇ」


「そうなんだ。知らなかった」


「普段は次の日に仕事があるからな。控えてるんだ。でも、こういうときは羽目を外すことにしてる」


「ということは、さっきの10杯って」


「半分はジュードのだぜ」


「うわぁ」


 衝撃の事実を知ったユウは絶句した。最後の最後に知った友人の事実に開いた口がふさがらない。


 その話を楽しそうに聞いていたキャロルが全員に尋ねる。


「それじゃ、一番たくさん食べるのって誰なんだろうねぇ?」


「やっぱボビーなんじゃね?」


「さっきからひたすら食べてるしな」


「ボビー、その肉の盛り合わせは何皿目なんだ?」


 ケネスとジュードが見守る中、ハリソンがボビーに疑問をぶつけた。口の中の物を飲み込んだボビーがそれに答える。


「これで2皿目。次で3皿」


「マジか。そんなに食ってたのか」


「聞いただけで胸焼けしそうだな」


「いつもそんなに食ってたか?」


「前はお金がなくて我慢してたけど、最近やっとキャロルに許可をもらえた」


「ボビーは際限なく食べるもんねぇ」


 同じパーティのハリソンすら知らなかった事実にユウも目を剥いた。そして、キャロルが禁止していたことに納得する。


 この後、ユウたちは七の刻の鐘が鳴り終わっても酒場で送別会を続けた。かつての大きな手ビッグハンズの面々が再び集まったことで盛り上がる。


 こうして、6人は夜遅くまで木製のジョッキを傾けた。

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