灰色のローブの男

 襲ってきたエディーたちを撃退した後、1人だけ生かしたエディーに事情を聞いたユウはまだ売人がいることを知る。幸福薬をねだるエディーに手元の小さく折り畳まれた羊皮紙を渡すと、これからどうするか考えた。


 日はまだ昇っていない。二の刻の鐘も鳴っていない今、冒険者ギルド城外支所は閉まったままだ。前は夜に裏口を叩いて何とかティモシーに会えたが、今回も都合良くいくとは限らない。


 ここでユウは換金所の存在を思い出す。城外支所とは違い、換金所は丸1日ずっと開いていた。少なくとも話しかけられる職員はいる。


 方針が決まったユウはエディーを立たせて換金所まで行こうとした。しかし、エディーが言うことを聞かない。仕方なく、再び幸福薬を目の前にちらつかせながら歩かせる。


 襲撃場所から冒険者ギルド城外支所の南端を通り過ぎて冒険者の道に出たユウは、周囲の注目を浴びながらも門を通り抜けて換金所へと入った。不自然に笑っているエディーを買取カウンターの端に突き出すと職員に声をかける。


「貧民街の南の端でこの人のパーティの襲われました。捕まえてください」


「そいつなんか様子がおかしくないか?」


「幸福薬を飲んでいるみたいなんです。いつもの時間になったら代行役人のティモシーっていう人に修練場へ来るよう伝えてください」


「あの薬か!」


 事態を飲み込めた職員が顔色を変えるとエディーを奥へと連行していった。これでユウもようやく一息つける。


 自分の役目は終わったとばかりにユウは換金所を後にした。




 宿に戻っていつもの身支度を調えたユウは三の刻の鐘が鳴る頃に修練場へと向かった。二度寝どころか大立ち回りを演じたので朝から疲れている。


 冒険者ギルド城外支所に近づいたユウは建物の脇にティモシーが立っているのを目にした。その姿はいつも通りに見える。


「おはようございます、ティモシーさん」


「今朝は随分と派手にやったようだな」


「襲われたんですよ。僕は被害者です。それで、エディーは引き取ったんですよね」


「ああ。幸福薬を飲んだ後らしく、まるで使い物にならんかったがな」


「それじゃ、僕がエディーから聞いた話を報告します」


 うなずくティモシーを前にユウは今朝の出来事とエディーから聞き出した話を説明した。ユウを襲った理由はつまらないものであったが、エディーに幸福薬を売ったという売人の話になるとティモシーが反応を示す。


「まだ売人がいたのか。幸福薬の供給源は断ち切ったから手元には大してないんだろうが」


「放っておくんですか? 捕まえに行くと思ったんですけど」


「早とちりするな。もちろん捕まえに行く。ただ、まだそこにいるのかわからないが」


「いついくんです?」


「今すぐだ。今更待つ必要はないからな。ついて来い」


「ティモシーさん、日当ください」


「しっかりしてる」


 やる気に水を差されたティモシーが舌打ちしながらユウに銀貨を手渡した。それからすぐに歩き始める。


 受け取った日当を懐にしまったユウはティモシーに続いた。今やすっかり代行役人の手下である。改めて気付いて嫌な気分になった。


 2人は冒険者の道を南に向かい、城外神殿と貧民の市場の間を通り抜けて貧民街に入る。今まで薄らとしていた貧民街の臭いが鼻をついた。しかし、しばらくすると気にならなくなる。


「そういえば、エディーの教えてくれた場所はまだ行ったことがなかったですね。どういうところなんですか?」


「この辺りでも特にひどい所だ。貧しさなら南部の東側の方が貧しいんだが、こっちは一部がごみ溜めになっている。そういう場所だ」


 実際のその場所を見たことがないユウはうなずくしかなかった。今のティモシーの言い方から想像するとかなりひどいことを理解する。


 更に奥へと進むとただでさえひどい臭いが一層ひどくなった。死臭さえも混じっているのではと思えるほどの悪臭である。


 やがて着いた場所は本当にごみの山がいくつもあった。半分に割れた建築に使う石や折れた木材などはまだ良い方で、どうやって積み上げたのかわからない生ゴミの山もある。


 そして、そんな場所にも人はいた。不要なごみを捨てに来る人以外にも、特別不潔な人がたまに辺りを徘徊している。


「ティモシーさん、あの特に汚れた人たちってどんな人なんですか?」


「貧民街の漁り屋スカベンジャーだ。冒険者にも漁り屋スカベンジャーがいるが、こっちの方が本来の連中だな」


 しばらくユウが眺めていると、外からやって来た人が捨てたごみを何人かが漁っているのが見えた。臭いだけでなく、その風景にも顔をしかめる。


 不快な気分になったユウはちらりとティモシーを見たが眉1つ動かしていない。妙な感心をしていると突然立ち止まられた。2歩遅れて同じように止まる。


「話によるとこの辺りになるが」


 周囲を見ながらティモシーがつぶやくのをユウは耳にした。同じように顔を巡らせる。頭が禿げた、鋭い目つきで、無表情の人物を探した。そのとき、ある人物を目にして顔を止める。頭が禿げた精悍な顔つきで鋭い目つきの男だ。頬がこけているが間違いない。


「ティモシーさん、たぶんあの座っている人だと思いますよ」


「見つけたのか。あの汚れた服を着た男がか?」


「ええ。たぶん町の中から出てきて帰れなくなっている人だと思います」


「あいつが灰色のローブの人物なのか?」


「確認してから捕まえますか?」


 ユウが目を向けるとティモシーは黙ってうなずいた。許可を得ると1人でその男に近づく。ある程度近づくと相手の男が顔を向けてきた。その目の前で立ち止まると話しかける。


「こんにちは。どうされましたか?」


「あなたは、確かこの前教会に、ああ、いや」


「確か、ランディさんと呼ばれていましたよね」


「ああやはり。これも神のお導きか。悪いが伝言を頼まれてくれないか」


「誰に、何を伝えるのです?」


「ポール助祭に、私はもう駄目だと」


 縋るような目つきで訴えかけてきたランディにユウはうなずいた。すると、わずかに微笑むその男の前で踵を返して離れる。


 離れた場所に立っていたティモシーの元までユウは戻った。そうして告げる。


「あの人、やっぱりランディでした。それと、アディ教会のポール助祭に私はもう駄目だという伝言を伝えてほしいと頼まれました」


「でかした。最後に重要なことを吐き出させたな。お前は帰れ。お前に陥れられたと知ったらこの場で自殺するかもしれん。だから姿を見せない方がいい」


「わかりました」


 すぐにこの場を立ち去るように命じられたユウはそのまま歩き始めた。背後でティモシーがランディの元へと向かう気配を感じる。しかし、振り返らずにその場を立ち去った。




 翌朝、ユウはいつものように三の刻の鐘が鳴る頃に修練場へと向かった。何となく予感するものがありながらティモシーに会う。


「おはようございます、ティモシーさん」


「おはよう。昨日はよくやってくれた。おかげでこちらの捜査も大いに進展しそうだ」


「役に立てて良かったです」


「ああ、本当にお前は役に立ってくれた。ウィンストンから紹介されたときはどうかと思ったが、雇って正解だったな。これが今回の日当だ」


「ありがとうございます」


 受け取った銀貨の数を数えたユウは懐にしまった。それから問いかける。


「それで、次の仕事はあるんですか?」


「いや、お前に頼む仕事はもうない。その様子だと気付いているようだが、今日限りで契約終了だ。こちらからも城外神殿には伝えておくが、お前からも直接言っておけよ」


「ああそうですね。わかりました」


「聞きたいことがなければこれで終わりだが」


「特に何もありません。それじゃ僕は城外神殿に行ってきます」


 軽く会釈したユウは踵を返して修練場を離れた。いつものように冒険者の道を南に向かって歩き、城外神殿へと入る。前にも声をかけたアグリム神の信者を見かけたので同じように頼んだ。


 とても晴れやかな顔のオーウェンがやって来ると開口一番礼を告げてくる。


「ありがとうございます、ユウ。あなたのおかげで正しさを証明できました」


「パオメラ教への疑いはこれで晴れるでしょうね」


「はい。ようやく正道に戻ったというわけです。やはり神は正しき者の味方なのですよ」


「そ、そうですか」


 宗教についてそれほど関心のないユウはオーウェンの喜びにそこまで共感できなかった。ある意味他人事なので疑いが晴れて良かったねというくらいである。


 今のユウにはランディとの最後の対話が脳裏に残っていた。間違いなく悪いことをした人物なのではあるが、なぜかあまり責める気になれないでいる。


 ともかく、今は笑顔を作ってオーウェンと話をした。今回で仕事が終わったのでこの会合も終わりだと告げるとねぎらってくれる。


 話を終えるとユウは足早に城外神殿を出た。

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