狙われた走り込み
城外神殿でオーウェンと話をした後、ユウは砂糖菓子を持って貧民街を回った。本来ならば様々な人たちに聞き込みをしないといけないのだが、大人に関しては城外神殿の信者たちに任せることにしたのだ。
いざ聞き込みを始めたユウだったがまったく手がかりを掴めなかった。子供たちがランディの姿を知らないからというのもあるが、前に代行役人と一緒に質屋を連行していたのを見た子たちがユウを避けたのだ。代行役人の嫌われっぷりを改めて思い知る。
他方、オーウェンとティモシーも捜査は難航しているとユウは聞いた。貧民街ではランディの噂も聞かず、町の中へと逃げ込む様子もない。
完全にお手上げの状態で3日が過ぎた。
この日もユウは一の刻の鐘が鳴ると起きて支度を済ませる。体を動かすだけなので鎧は着ず、武装は
宿を出てからユウは
「よし、こんなものかな」
薄らと汗を滲ませたユウが一息吐き出した。武器の中で最も手に馴染むことを実感したものを腰に吊すと松明を持って走り始める。まずは冒険者の宿屋街の北端に出た。そこからはいつも通り町の外の集落全体を2周する。
最近は夏に比べて日の出前の気温も涼しくなってきていた。1ヵ月前に比べて2周走りきっても汗だくにならなくなってきている。ユウにとってこれは嬉しいことだった。
冒険者の歓楽街から貧民街の西の端に差しかかった。建物から漏れる明かりがなくなって建物が真っ暗になる。貧民街は住宅街なのでこんなものだ。
その貧民街の広がりに沿ってユウは東へと向きを変えていく。一応わずかな月明かりはあるものの、たまに雲が差しかかると何も見えなくなった。
いつもの感覚で真東に向かった頃、ユウは小首を
「はっ、はっ、はっ、ん?」
ユウが最初に異変を感じ取ったのは耳だった。複数の足音を聞き取ったのだ。この走り込みを始めて今まで同じように走っている人は見たことがない。
近づくにつれて北東から東にかけて音が広がり、近づいてくる。松明を左手に持ち替えたユウは右手で
「はぁはぁはぁ、気付かれたぞ! 追いかけろ! 囲んでやっちまえ!」
「はぁはぁ、フェリックス、先回りしろ! ああくそ!」
必死に追いかけてくる者たちはまだ松明の明かりの範囲外なので、ユウはまだその顔をはっきりと見えない。しかし、中には前に聞いたことのある声もある。それによると、追いかけてきているのはエディーのパーティと推測できた。
最大で6人に追いかけられていることを知ったユウは焦る。さすがに6人を同時に相手になどできない。こうなると逃げの一手だ。問題は逃げる方向である。南に向かって走っているため町から遠ざかっていた。このままでは誰もいない所で袋叩きである。
背後からまとまった足音と声を耳にするユウは西へと向きを変えた。小岩の山脈からなだらかに南へと下る草原なのでいくらか走りにくくなる。足音と声はやはり背後へとしっかりついてきていることを確認すると今度は走る向きを北に変えた。緩やかな坂道を駆け上がることになる。
「はぁはぁはぁ、ちくしょう、はぁはぁはぁ、待ちやがれ」
「はぁはぁ、ブッ殺して、はぁはぁ、やる」
背後からの足音が徐々に遠くなり、声にも元気がなくなってきた。月明かりを遮っていた雲が途切れると周囲一帯がかすかかに視界が利くようになる。
ユウが振り向いてみると人影6つが追いかけてきているのが見えたが、先程よりも離れていた。しかも、追いかけてきている6人の間隔も開いてきている。どうも走るのは慣れていないらしい。
まだ余裕のあるユウは速度を落とした。このままでは埒があかないので思い付いたことを試してみることにする。追ってきている6人の間隔がある程度開いていることを確認すると立ち止まった。そして、先頭の1人に
「あああ!」
「はぁはぁはぁ、なん!?」
いきなり立ち止まったユウに驚いた先頭の冒険者が目を剥いた。持っていた剣で斬りつけようとするがユウにまったく反応できていない。顔面を
1人目の手応えで相手に体力がほとんど残っていないことをユウは知る。続く2人目もその場で迎え撃った。相手の剣をはじき、その側頭部へと
3人目を前にしたユウはそれが血走った目をしたエディーだと気付く。かなり息を切らしていて半分歩いているような状態だ。それでも剣を振りかざして来たのでその剣を
「イデェ! あああ、オレの右手がぁ」
荒い息を繰り返しながら悲鳴を上げるエディーが膝から崩れ落ちた。右手を抱えてうずくまる。
これまで3人と相対してユウは相手に体力がなさ過ぎることに気付いた。走って足の速さで集団をばらばらにする予定ではあったが、まさかこんなに早く相手が疲労困憊になるとは予想外だったのだ。おかげでこれ以上走り回らずに済むが何かおかしいと内心で首を
4人目は
「はぁはぁはぁ、おおお!」
息切れしながらも振り回される
残る2人も結果は同じで、どちらも極端に疲れ果てていてまともな勝負にならなかった。
結果的にユウは6人の男たちに襲われて撃退したことになる。しかし、冒険者にしては全然体力がない男たちだったので達成感はあまりない。全員頬はこけ、顔に生気はなく、それでいて目は血走っているのを見て、そのせいだとやっと気付く。
多少荒い息が収まるのを待ったユウはエディーへと近寄った。そして、未だにうずくまり、うわごとをつぶやいている相手に話しかける。
「エディー、聞こえる?」
「いでぇ、いでぇよぉ。ちくしょう、なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけねぇんだ」
「エディー、ジェフのところにいたよね? 覚えている?」
「ジェフ? ああ、あのクソ野郎、いっつもオレを見下しやがって、あーいてぇ、ぶっ殺せてすっとしたぜ」
何度か声をかけてみたユウだったが会話にならないことに肩を落とした。これでは何も聞けない。
しばらく悩んだ末にユウは懐から小さく折り畳まれた羊皮紙を取り出した。できればやりたくない方法だがそうも言っていられない。
「エディーって幸福薬をいつも飲んでるの?」
「幸福薬? ああ、やってる。あれは最高だ。何しろ飲んだら天国に行けるんだからな」
「でも、それってどうやって買っているの?」
「最近手に入んなくなっちまったし。クソ、それもこれも全部ジェフのせいだ。いてぇ」
「それってこういうやつ? 小さく折り畳まれた羊皮紙に入っているとか」
「なっ! テメェ、持ってんのかよ。よこせ!」
弱々しく飛びかかったエディーを簡単に避けたユウは倒れ込む相手を眺めた。やはり幸福薬には反応する。
「僕の質問に答えてくれたらあげるよ。僕には必要ないからね」
「何が知りたいんだよ?」
「どうして僕を襲ったの?」
「カネがなかったからだよ。少し前からカネがなくなって薬が買えなくなっちまったから、そこら辺のヤツを襲ってカネを巻き上げてたんだ」
「それで幸福薬を買っていたわけだね」
「最初はな。けど、昨日か一昨日あたりから薬を買えなくなっちまったんだ。売人がいなくなっちまったんだよ。でも、そんなときでも売ってくれるヤツがいたんで、オレたちは必死にカネを集めてたんだ」
まだ幸福薬を売る人物がいることにユウは目を見開いた。続けて問いかける。
「その幸福薬を売ってくれる人って誰なの?」
「ああ? そんなの誰だっていいだろ。売ってくれりゃ」
「名前も知らないの?」
「知らねーよ」
「その人の顔はどんなだった?」
「知らねーって」
「この薬はいらないんだね?」
「ううっ、えっと、確か、ああそうだ。頭が禿げた、それと鋭い目つきで、無表情だったかな」
「なら、これが最後の質問だよ。その人はどこにいるの?」
「それは」
一瞬ためらったエディーだったが、ユウが小さく折り畳まれた羊皮紙をちらつかせるとすべて吐いた。約束通り包みをもらうと貪るようにそれを舐めて飲み込む。
嫌そうな顔をしたユウが黙ったままその様子を眺め続けた。
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