逃亡犯の捕縛のために
質屋を営む幸福薬の売人を捕縛した翌日、ユウは宿の部屋の契約を延長してから修練場へと向かった。三の刻の鐘が鳴るとティモシーが冒険者ギルド城外支所の建物から出てくる。いつもより心なしか機嫌が良さそうに見えた。
その代行役人にユウは挨拶をする。
「おはようございます、ティモシーさん」
「昨日はよくやった。売人を捕縛できた上に証拠も押さえることができたからな」
「うまくやれて良かったですよ」
「まったくだ。次もこうであってほしいな」
「まだ何かあるんですか?」
「その前に昨日の結果を教えておいてやろう。次の話を聞くためにも知っておくべきことだからな」
いつもの表情に戻ったティモシーを見たユウは緩んでいた気を引き締めた。もしかしたら今日で仕事が終わると思っていたのに予想が外れる。
「昨日、幸福薬の販売経路を一斉に摘発するために貧民街とその周辺で行動した。その結果、概ね予定通りの成果を上げることができた。まず、幸福薬が運び込まれているという貧民街の隠れ家の制圧は成功した。残念ながらモノラ教を指し示す証拠はなかったが、これで販売経路の中継点は完全に潰せた。また、捕らえた者は貧民や冒険者崩ればかりで町の中の人物はいなかった」
「たまたまいなかったんですか? それとも逃げられたんですか?」
「元々いなかったらしい。監督役として1人はいると思っていたが当てが外れたわけだ」
しゃべるティモシーは若干悔しそうな表情を浮かべた。しかし、すぐに表情を戻す。
「次に幸福薬を販売していた売人たちも、こちらが把握するほぼ全員を捕縛できた。中でも灰色のローブの人物と接触があったとされる買取屋のランドンも抑えられたのは大きい。用心棒が暴れたのは厄介だったそうだが、それも排除して捕まえることができたそうだ。こいつの尋問は昨晩やったところ、灰色のローブの人物と会ったことを認めている。また、城外神殿の威を借りて買取品を高く買い取らせ、その売り上げの一部を喜捨という形で渡したことも認めている。更に、その灰色のローブの人物から幸福薬の販売を勧められたことも自白した」
「真っ黒じゃないですか。ということは、幸福薬にランディが関わっていることもわかったわけですか」
「そうだ、と言いたいところなんだが、ランドンのヤツ、相手の顔は見たが名前はランディではなかったと言っているんだ。どうも灰色のローブの人物、ランディは偽名を使っていたらしい」
「でもそれなら、ランドンに捕まえたランディを見せたらすぐわかりますよね」
「そうだな。しかし、とりあえずその話は一旦置いておこう。次に質屋のイアンだが、こいつは一介の売人で有力な情報は何1つ知らないようだ。まぁ、大半の売人がこういうヤツらだ。で、問題が例の灰色のローブの人物なんだ」
それまで機嫌良くしゃべっていたティモシーが眉間に皺を寄せた。ユウも嫌な予感がする。
「我々が五の刻の鐘が鳴ってから質屋に踏み込んだとき、他の場所でも仲間が一斉に動いていた。もちろん灰色のローブの人物を捕まえようとした者たちもだ」
「でも、失敗したんですか」
「ああ。なんとあいつは隠し持っていた
「
「てっきり丸腰だと思っていた俺の同僚たちは完全に虚を突かれたらしく、反撃を受けて取り逃がしてしまったらしい」
「ランディっていう人、ちゃんと武器を扱えたんですね」
「俺も話を聞いたときは耳を疑ったよ。坊主がそんなものを振り回すとはな」
苦々しげな表情を浮かべたティモシーが吐き捨てるように返答した。余程不満のようで機嫌が直ることなくそのまましゃべり続ける。
「逃走を許してしまったことは残念だったが、幸い捕縛参加者はその顔を目撃したので、すぐに町の西門と南門を見張らせた。今のところそれらしき人物はまだ見かけていないそうだが、これで当面は町の中に逃げられることはないだろうな」
「なんだか大がかりなことになってきましたね」
「そうでもしないと取り逃がしてしまうからな。アディ教会に入られてしまっては面倒なことになる。是非とも町の外にいる間に捕らえねばならん」
「なるほど、捕まえないと買取屋のランドンに確認させられないんですね」
「その通りだ。そこで、お前の出番だ。貧民街に隠れているであろう灰色のローブの人物ランディについて捜査しろ。この件では頭数が必要だが、あいつの顔を知っている者でないとできないからな。城外神殿の連絡役に会って協力してもらうように」
「わかりました。すぐに行きます」
話を聞き終えたユウは日当を受け取るとすぐに修練場を後にした。まだすべては終わらないようである。
いつもならば夕方の炊き出しのときに会いに行くユウだったが、このときは緊急ということで朝から城外神殿に入った。アグリム神の信者に頼んでオーウェンを呼んでもらう。当人はすぐにやって来た。
ユウを見るなり小走りでやって来る。
「ユウ! お久しぶりです。会いたかったですよ」
「オーウェンさん、本当は町から出てきたらすぐに会うべきだったんでしょうけど」
「いいんです。それより、神殿の裏側に行きましょう」
笑顔で促されたユウはオーウェンと一緒に城外神殿を出てその裏手に回った。夕方とは違って何もかもが爽やかに見える。
そんな明るい場所に2人はやって来て立ち止った。振り向いたオーウェンが最初に口を開く。
「町の中での話は別の方から伺いました。よくやってくれましたね。あの灰色のローブの信者の正体を突きとめてくれたそうで」
「あっちの教会の中に入ったときは緊張しましたけど、どうにか役目を果たせて良かったですよ。ただ、あっちに僕のことを知られたかもしれないですけど」
「何かあれば私たちのところへ来てください。お守りしますよ」
余程嬉しいのか終始笑顔を絶やさずオーウェンが語った。しかし、すぐにその笑顔も曇ってしまう。
「しかし、ああなんということでしょう! 昨日、せっかく捕まえる機会があったというのに、逃げられてしまうなんて!」
「冒険者ギルドでその話は聞きました。惜しかったですよね」
「まったくです。あいつさえ捕まっていたら、すべて解決していたでしょうに」
「ともかく、僕はその逃げたモノラ教の関係者を捜査することになりました。こちらでも協力してもらえると聞いたんですが」
「ええ、もちろん協力しますとも! 幸い、昨日の現場には我らの仲間も何人かいてその顔もしっかりと見ました。次は逃しませんとも」
力説するオーウェンを見たユウは自分よりも積極的なその姿に少し驚いた。思った以上にやる気を見せている。
「ところでオーウェンさん、取り逃がした人物、ランディは貧民街のどの辺りで見失ったのですか?」
「取り押さえようとした貧民街の西部です。最初は貧民の工房街の近くで囲んだそうですが、そこから鉄の棒を振り回して囲みを抜けたそうです。その後、南に向かって逃げるのを追いかけたそうですが、そのまま見失ってしまったらしいです」
「ということは、貧民街の南部に逃げた可能性もあるわけですか」
説明を聞いたユウは眉を寄せた。貧民街全体となると結構な広さになる。探すのはかなり手間になりそうだ。少し黙って考えてから口を開く。
「それで、城外神殿としてはどうやってランディを探すつもりなんですか?」
「あいつの顔を見た者たちを中心に貧民街をしらみ潰しに探していきます。冒険者ギルドの方たちは西門と南門を監視するそうですから。でも、ユウは貧民街で捜査をするんですよね」
「ええそうです。城外神殿の人たちってこういう捜査には慣れているんですか?」
「それは、さすがに専門ではありませんので。ただ、貧民街は普段私たちが活動している場所です。それに住民の皆さんとの関わり合いもありますから何としても聞き出してみせます。今回は大っぴらに探し回ることができますしね」
話を聞いたユウは自分の出る幕があまりなさそうに思えた。捜査員の頭数を増やすという意味では役に立つだろうが、普通に捜査をしたら代行役人の手先よりも城外神殿の信者に誰もが話そうとするだろう。
「わかりました。僕がそちらの人と一緒について回っても意味はないと思うので、別行動で探してみますね」
「何か当てがあるのですか?」
「これといったものはないですけど、お菓子を配って子供から話を聞こうかなと」
「なるほど。それだと子供たちも喜んで話をしてくれるでしょう」
ユウの捜査方法を聞いたオーウェンが苦笑いした。やっていることは炊き出しのときに話を聞くのと変わらない。
方針が決まったところで2人は仕事に取りかかる。
貧民の市場に足を向けたユウがその場を離れた。
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