薬の販売経路の制圧

 3日間の休暇で存分に心身を休ませたユウは三の刻の鐘が鳴る頃に修練場へと向かった。すると、ウィンストンとティモシーが並んで立っている。


「おはようございます、ウィンストンさん、ティモシーさん。珍しいですね」


「どうせ今日はなんにもねーんだから、儂はここで待ってたんだよ」


「勝手に人の話の内容をしゃべるな。ユウ、今日から幸福薬の販売経路を抑える仕事に就いてもらうわけだが、まだ準備が整っていないので今日は何もない」


「そうですか」


「ちなみにこいつから聞いたが、お前は毎朝こいつとここで稽古をしているのか?」


「そうですよ。これからも待機の間は朝の間だけ稽古を付けてもらうつもりですけど」


「ということは、四の刻の鐘が鳴る頃までここにいるのか?」


「はい。この冒険者ギルドの近くにいたらいいんですよね」


「ならいい。こいつにしごかれすぎて仕事のときに動けませんなんてことになるなよ」


「大丈夫だって。ちゃんと控えめにしておいてやるよ」


 腰に手を当てたウィンストンが当然といった様子で返答をした。不審者を見るような目つきでティモシーが老職員を見るが何も言わない。すぐユウへと顔を向け直す。


「まぁいい。当日は呼んだらすぐに来るんだぞ」


「わかりました」


 返事をしたユウにうなずき返したティモシーは踵を返して冒険者ギルド城外支所の建物に入った。そうしてユウはウィンストンと2人きりになる。


「昼からもこの修練場を使っても良いんですよね」


「構わんぞ。そのための場所だからな。それじゃ始めるか、ユウ」


「はい。今日は戦槌ウォーハンマーですか。重そうだなぁ」


 建物の壁に立てかけてある武器を見たユウはわずかに顔を引きつらせた。前に教えてもらったときに随分と振り回すのに苦労したのだ。それでも、否やはない。


 2つのうちの1つを手に取ってウィンストンに対峙した。




 翌朝、ユウは前日と同じく三の刻の鐘が鳴る頃に修練場へと赴いた。すると、この日はティモシーだけが立っている。首を傾げながらも近づいた。挨拶をしようとすると声をかけられる。


「いよいよ乗り込む準備が整った。後は相手の様子を窺って時期を見計らうだけだ」


「ということは、今日やるかもしれないんですね?」


「その通りだ。しかし、それも相手次第となる。そこで、今一度準備が整っているか確認したい。その装備で大丈夫なのか?」


 問われたユウは自分の姿を見回した。一般的な衣服の上に軟革鎧ソフトレザーを身に付けて外套を羽織っている。武器は槌矛メイス、ダガー、ナイフ、悪臭玉だ。他には冒険者の証明板、水袋、干し肉、貨幣の入った巾着袋、そして羊皮紙に包まれた幸福薬2袋である。


「イアンの質屋の中に入るんでしたら」


「そうか。ならばいい。そのまま待て」


「あの、ウィンストンさんは?」


「今日の稽古はなしだ。1人で鍛錬をする分には構わんが、体を痛めるなよ」


 言い終えたティモシーは身を翻して冒険者ギルド城外支所の建物の中へと姿を消した。


 1人残されたユウはしばらく考えるそぶりを見せる。やがて腰の槌矛メイスを手に取って素振りを始めた。


 それから休みながらも鐘1回分近く鍛錬をしたユウは座って干し肉を囓り始める。まだ四の刻の鐘が鳴る前だがきりが良いので食べることにしたのだ。


 初秋である今の日差しは夏のように厳しくはない。春のように暖かく、体を動かした後でもなかなかの気持ち良さだ。


 鐘が鳴った頃にちょうど食べ終わったユウは水袋を口に付けていた。汗は引いている。服は湿っているが我慢できる程度だ。


 昼からどうしようかとユウが考えていると建物の裏口の扉が開いた。座ったまま顔を向けるとティモシーだ。不思議そうな表情を浮かべつつも立ち上がる。


「どうしました?」


「今日の五の刻の鐘が鳴る頃に踏み込むことになった。よって、今から現場に向かう」


「いよいよやるんですね」


「そうだ。末端が相手とはいえ、我々も失敗はできん。気を抜くなよ。行くぞ」


 真面目な顔つきでうなずいたユウは背を向けて歩き始めたティモシーに続いた。若干緊張しつつも脚を動かす。


 冒険者の道を南に向かった2人は城外神殿で折れ曲がって貧民の市場へと入った。相変わらずの盛況で多くの人々が往来している。その中を迷わず質屋の集まる場所へと進んだ。


 数多くの人々がいる市場の中で質屋の集まる場所は静かだった。最近は幸福薬の中毒患者もいることから一層人が寄り付かなくなってきている。


 そんな場所の手前でティモシーは立ち止まった。五の刻の鐘が鳴るまでじっと待ち、鳴ってからユウへと振り向く。


「今からお前が質屋に入って幸福薬を買え。そして、店から出てくるときに俺が乗り込む」


「わかりました。では、行ってきます」


 簡単な打ち合わせをしたユウはティモシーを追い越して質屋の集まる場所へと入った。そのまままっすぐ目立たない石造りの平屋に向かう。


 扉の真正面に立ったユウは息を吐いて体の力を抜いてから中に入った。室内は薄暗く、入ってすぐにカウンターがある。外から見ても小さい家屋だったが中は更に狭い。


 そのカウンターの奥に人を値踏みするかのような目を向けてくるイアンが座っていた。入ってきたユウを一瞬不審な目つきで睨め付けたが、その正体を知って警戒心を解く。


「いらっしゃい。久しぶりだね」


「ええ。ちょっと色々と回っていたんですよ。薬屋をね」


「へぇそりゃまぁ。で、またここに来たってわけかい」


「手頃な値段でそこそこ良い物ってなると、ここが1番かなって思って」


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。ということは、買うのかい」


「少量を1つ」


 カウンターに近づいたユウが銅貨5枚を置くとイアンが小さく折り畳まれた羊皮紙をその脇に置いた。同時に銅貨を手に収める。


 残った小さな羊皮紙をユウが手にした。少し眺めてから懐に収める。


「ありがとうございます。こういうのってどこで仕入れるものなんですか?」


「なんでまたそんなことを聞くんだい?」


「知り合いがこれを仕入れられないかって言っていたんですよ。僕自身は売るのに興味はないですけど」


「秘密さ。商売敵を増やすと、こっちの儲けが減るんでね」


「そりゃそうですよね。すみません、変なことを聞いて」


「それをやってれば売る方に興味が湧くのは仕方ないよ。できれば今度、その知り合いも連れてきてくれないかい。お客になってくれたら嬉しいんだけどね」


「誘ってみますよ。それでは」


 小さく会釈したユウは身を翻した。そうして扉を開けて店を出て行こうとする。ところが、半ばまで扉を開けたとき、反対側から強引に扉を開けられてつんのめる。そのまま扉側に押しのけられて地面に片膝を付いた。直後に振り向く。


「代行役人だ! 禁制品の違法販売で捕縛する!」


「ひぃっ!? な、なんで! うわあぁ!」


 突然中に押し入ってきた代行役人ティモシーに驚いたイアンは腰を浮かした。しかし、自ら動けたのはそこまでで、肩を捕まえられてカウンターにねじ伏せられてしまう。更に縄で縛られて床に転がされた。


 麻薬の売人であるイアンを取り押さえたティモシーはカウンターの奥に入ってあちこちを探し回る。その末に、いくつもの小さく折り畳まれた羊皮紙と幸福薬の入った革袋を発見した。


 その様子を見ていたイアンが目を剥く。


「ああぁ、止めろ、止めてくれ!」


「これだけあれば充分だ。すべて押収する。お前もこれだけのことをしでかしたんだ。この後の刑罰は覚悟しておけよ」


「ひぃぃ、そんなそんな。オレは苦しい生活を何とかしたかっただけなのに」


「何を言ってる。お前の評判は知ってるぞ。何も知らないヤツを食い物にしてるってな」


「そんなの物を知らないヤツが悪いだろ!」


「だったら禁制品を売るのが違法だと知りながら売ったお前はもっと悪いな?」


 言い返せなかったイアンが口を開閉させた。顔は恐怖と憤怒と悲哀などが混じってひどい表情になっている。


 そんなイアンを無視したティモシーが持っていた空の麻袋に証拠の品を入れていった。そうしてユウに向かって指図する。


「この袋を持て。今から冒険者ギルドに戻る。ここから出たら扉は閉めておけよ」


 指示されたユウはうなずいて室内に戻ると口を縛られた麻袋を持った。幸福薬だけでなく、売り上げやその他の物もまとめて入れてあるのでなかなかの重さである。


 ティモシーは縛り上げたイアンを強引に立たせた。そして、後ろ手に縛り上げた辺りから伸びている麻の紐を持ってイアンに声をかける。


「さっさと歩け。もたついてると後ろから小突くぞ」


「ううっ」


 先に店の外に出たユウが立っていると縛られたイアンが出てきた。悔しそうに睨みつけてくる。しかし、お互いに黙ったままだ。


 そのままユウは麻袋を持ってティモシーの後を黙って歩き始めた。

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