つかの間の休息
町の外に出て代行役人に報告を済ませたユウが最初にしたことは宿の確保だった。どこにしようかと考えて最後は宿屋『大鷲の宿り木亭』に落ち着く。勝手を知る宿の方が都合が良かったのだ。
日没後に宿の建物に入ったユウは女宿主であるアラーナに目を丸くされる。
「あら、お早いお帰りじゃないか」
「仕事が短時間で済んだので。それより、個室は開いていますか? 1週間ほど借りたいんですけど」
「前と同じ部屋だよ」
あっさりと部屋を借りられたユウはようやく一安心した。やはり寝床の確保は重要である。落ち着ける場所は必要なのだ。
翌朝、一の刻の鐘が鳴る頃に目を覚ましたユウは久しぶりに走り込みをしようとしてできなかった。
二度寝の後は日の出と共に起きたユウは支度を済ませ、三の刻の鐘を聞いてから冒険者ギルド城外支所へと向かう。
「トビーさん、おはようございます。ウィンストンさんはいますか?」
「良かった、今日はあいつじゃねぇんだな。ウィンストンの爺さん、来てくれ!」
「トビー、早速やらかしたのか!」
「んなわけねぇだろ。ユウだよ!」
いつものやり取りを経てやって来たウィンストンがユウを見て眉間の皺をほぐした。受付カウンターの前に立っているユウに声をかける。
「ユウ、どうしたんだ?」
「預かってもらっていた荷物を取りに来ました」
「そういやそうだったな。よし、ここの裏で待ってろ。今から取りに行く」
最近は代行役人と会うための場所になっていた修練場へとユウは向かった。昨日の日没直後とは違う爽やかな風景が目の前に広がる。
風景を楽しんでいたユウは少し待った後、荷物を持って現れたウィンストンへと顔を向けた。1週間前に渡したままの状態の
「これがお前さんの荷物だ。受け取ったときのままんまだが中身を確認してくれ」
「預かってもらってありがとうございます」
「儂は荷物番じゃねぇんだからな。そう何度も預かってやれんぞ」
「もうこういう仕事はなるべく受けないようにしますね」
「そうした方がいいな。ところで、ティモシーの仕事はもう終わったのか?」
「町の中の仕事は終わりました。でも、ティモシーさんの仕事自体はまだ終わっていません。今度は3日後からです」
「へぇ、あいつが休みなんてくれたのか。珍しいこともあるもんだ」
「次の仕事が始まるのが少し先だからですよ。それに、その後もしばらく待機が続くそうなんです。しかも、ここの周りで待たないといけないって聞きました」
「なるほどなぁ。それじゃ稽古はどうする?」
「ウィンストンさんが良ければ再開したいです。仕事が始まるまでは手が空きますから」
「だったら明日から毎日やるか? 前と同じ朝だけならできるぞ」
「嬉しいですけど、毎朝って仕事はどうするんです?」
「年寄りの仕事なんぞあってないようなもんだ。昼からやりゃ充分に間に合うもんさ」
快活に笑うウィンストンのそばでユウは荷物を確認していた。預けた当時のままだったので失った物はない。確認が終わると道具を背嚢などにしまう。
その後、ユウはウィンストンと雑談にふけった。トビーの働きが最近ましになってきたこと、
荷物をまとめ上げたユウが背嚢を背負う。
「すっかり話し込んじゃいましたね」
「なに、いいってことよ。最近こういう話は儂もしてなかったしな」
「それじゃ、明日の朝またここに来ます」
「おう、待ってるぞ。最近涼しくなってきたからな。体を温めてやる」
約束を交わしたユウは修練場を後にして宿に戻った。借りている個室に荷物を置くと寝台に寝転がる。贅沢な三度寝の始まりだ。
目が覚めて昼食を済ませたユウはしばらく行っていなかった裁縫工房へと向かう。中に入ると見知った子供が工房内で遊んでいた。ユウを見つけると叫ぶ。
「おかーちゃーん、ユウがきたよー!」
「おや、久しぶりだねぇ。仕事は一段落ついたのかい?」
「はい。今日から3日間は毎日洗濯する予定です」
「そりゃ助かるよ。裏に山積みになってるから、好きなだけしておくれ」
苦笑いしたユウはうなずいて工房の裏手に回った。確かに山積みになっている。適当な古着に着替えてから洗濯たらいに古着を入れて井戸に持って行く。時間が経つにつれていつもの洗濯仲間が集まり、雑談しながら洗濯に精を出した。
自分の体と服を洗ったユウはさっぱりした様子で裁縫工房を後にする。新しい月になって空が朱くなる時間が一層早くなってきた。濡れた体がわずかに冷えるようになる。
一旦宿に戻ってぼろ布を麻袋に突っ込んだユウは冒険者の歓楽街へと繰り出した。これほど落ち着いた気分で酒場に入れるのは久しぶりである。
まだ六の刻の鐘が鳴る頃前にユウは酒場『青銅の料理皿亭』へと入った。テーブルは半分ほどが埋まっている。カウンターの席の埋まり具合は更に少ない。
空いている席に座ろうとカウンターへ近づいたユウは奥の方に知り合いがいることに気付いた。ハリソンとキャロルだ。近づいて声をかける。
「2人とも、久しぶり」
「おお、ユウじゃないか。久しぶりだな。オレが部屋を出て行ったとき以来か」
「俺もそのくらいだったかな。ユウとはここで会ったよねぇ」
笑顔で応じてくれた2人を見ながらユウは席に座った。キャロルが真ん中に来る席だ。近くを通りかかった給仕女に料理と酒の注文をすると2人に顔を向ける。
「今日は休みなのかな?」
「そうなんだ。いつも行ってる店は別なんだが、今日は2人でここに来たんだ。たまにはいいだろうってな」
「そうそう。俺たちが出会った場所で、またユウと会えるかなって思ったんだよねぇ」
「僕と会うため?」
「たまには話をしたいってだけだよ。何しろ俺の恩人だしね」
「助けるって判断をしたのはケネスだよ。そういえば、あの2人も見なくなったなぁ」
目の前に料理が置かれたユウは木製のジョッキを手に取って口に付けた。不思議なもので町の中で飲んだときはあちらの方が美味く感じたのに今は同じだと思える。
「町の中に移ったんだよね、確か。3階で活動する冒険者との縁は切れるか薄くなるって言うけど、本当だったんだねぇ」
「何しろ会う可能性があるのは冒険者の道か
「2人とも、パーティはどんな感じなの?」
「いい感じだよ。地図と罠を担当できるメンバーが増えたから安心できる」
「オレの方も同じだ。最初から知り合いがいるパーティってのは楽でいい。他のメンバーもいいヤツだし、長く続けられそうだぞ」
機嫌良くしゃべるハリソンとキャロルを見たユウは安心した。紹介した手前、うまくいっていないと気になってしまう。
木製のジョッキを傾けていたキャロルがそれをカウンターに置いた。そして、ユウへと顔を向ける。
「そういえば、ユウの方はどうなの? 確か冒険者ギルドの仕事をしてるって言ってたよね? あれってまだやってるの?」
「うん、やってるよ。大詰めを迎えてきたって感じかな。今月中には一段落すると思う」
「お? つまりそろそろ仕事が終わるってことかい?」
「だと思う。冒険者ギルドがどう考えているのかにもよるけど」
ユウの返答を聞いたキャロルが目を丸くした。自分の黒パンをちぎってスープにひたす。適当にかき混ぜてから口に入れた。
その奥からハリソンがユウに声をかける。
「そういえばお前が今何の仕事をしているのかって聞いてなかったな。聞いてもいいか?」
「貧民街の捜査ってくらいなら答えられるけど、具体的なのはちょっと無理かな」
「そうか。貧民街と言えば、最近危なくなってきてるんだよな」
「どんな風に?」
「幸福薬って薬を買うカネ欲しさに強盗や殺人が増えてきてるんだよ。元々安全とは言えない場所だったが、今は更に危なくなってきてる」
眉間に皺を寄せたハリソンの言葉を聞いたユウは返答できなかった。今正にその件で動いているからだ。次の仕事がうまくいけば貧民街の治安は回復傾向になるだろうが、それを話すわけにはいかない。
「うーん、今は幸福薬に近寄らないようにするしかないんじゃないかな」
「まぁ、そうなんだがな」
「ほら2人とも、暗くなってきたよ。もっと楽しい話をしよう!」
途切れかけた会話をユウとハリソンの間にいたキャロルがつなぎ止めた。一瞬間を置いて2人も笑顔に戻ってうなずく。
その後、3人はとりとめもないが明るい話題で盛り上がって杯を重ねた。
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