久しぶりの町の外

 貧民街でぶつかった灰色のローブの人物が誰であるかを突きとめたユウはそれをエイベルに教えた。追いかけていた謎の人物の正体がようやく判明したとエイベルに喜ばれる。


 仕事を果たしたユウはその後すぐにエイベルと共に隠れ家へと戻り、町の外に出る準備を進めた。町民の服を返し、元の自分の服に着替え、鎧を着込む。


「それじゃエイベル、僕はこれで行きます」


「ああ、元気でな」


 機嫌良く送り出してくれたエイベルと別れたユウは足早に大通りへと向かった。あのランディという信徒がユウのことを思い出す可能性を考えれば一刻も早く町の外に出るべきだ。例えすぐに思い出されても簡単にパオメラ教との結びつきに思い至ることはないだろうが、何かしらの話を聞き出すために探そうとする可能性はある。


 工房街から大通りに出たユウは西門へと足を向けた。魔窟ダンジョンから帰ってきた冒険者たちの流れに逆らいながら外に出る。新月のこの時期、日没直後の晩の明かりのない場所は真っ暗だ。跳ね橋から見た冒険者の宿屋街と冒険者の歓楽街が遠目で明るい。


 冒険者ギルド城外支所はまだ開いている。ユウはそちらに足を向けた。


 城外支所の中に入ったユウはなんだかとても懐かしく感じる。自分の家というほどではないものの、自分がいてもおかしくない場所に安心感を感じるのだ。周囲を見ながら受付カウンターまで進んで受付カウンターの前に立つ。


「トビーさん、こんばんは。代行役人のティモシーさんに裏へ来てくれるよう伝えてください」


「久しぶりに顔を見たと思ったらあいつかよ。イヤなヤツと関わってんなぁ」


「仕事を引き受けちゃったんですから仕方ないじゃないですか」


 嫌そうな顔をしたトビーが肩をすくめるとユウがわずかに口を尖らせた。それでも伝えたことはやってくれることは知っているのですぐに建物の裏側へと向かう。


 日没後の修練場は当然暗い。西側の平原に光源はなく、南側の冒険者の宿屋街からの明かりは弱い。城外支所の建物から漏れてくる光でかすかに周囲が窺える。


 裏口の扉が開くと人影が現れた。かろうじてティモシーだとわかる。


「ティモシーさん、こんばんは。さっき町の中から戻って来ました」


「ということは、仕事を果たしてきたんだな」


「はい。あの灰色のローブの人物はアディ教会の信徒だったことがわかりました。名前はランディと言うそうです」


「あちらの関係者には誰がランディなのかは伝えたんだな?」


「はい。それで、向こうも僕を見たときに怪しんだので急いで出てきました」


「なるほどな」


 短く答えるとティモシーは黙った。ユウから視線を外して考え事をしているそぶりを見せる。しかし、それも長くは続かなかった。顔をユウに向け直して口を開く。


「わかった。よく仕事を果たしてくれた。これで町の中の捜査も進展があるだろう。尚、お前は灰色のローブの人物に今後は関わるな。これ以上深入りすると町の中の争いに巻き込まれることになる。それは冒険者ギルドとしても面倒だ」


「わかりました。でしたら、僕の次の仕事はなんですか?」


「幸福薬関連だな。まずはお前が町の中で活動していた間に進展したことを教えてやろう」


 気になっていた話を聞けると聞いてユウは居住まいを正した。ジェフの話を聞いただけに関心がある。


「以前、お前が質屋と買取屋から買った幸福薬を製薬工房に分析させただろう。あの結果が先日届いた。その結果、アディック草を使った麻薬だということが判明した。これを服用すると多大な多幸感が得られるらしい。作り方はそれほど難しくないそうで、乾燥させたアディック葉を切り刻んで煮詰め、その上澄みを取り出して別の薬品を加えて混ぜればできあがるそうだ」


「簡単に作れるんでしたら、前から出回っていそうに思えるんですけどね」


「その通りだが、そもそもアディック草がこの近辺で手に入らないから作りようがない。そうなると誰かが何らかの方法で持ち込んでいるわけだ。そこで、冒険者ギルドから近々領主に上申する予定である。これが受け入れられれば、町に入る荷物を検問してもらうことができるだろう」


「原料が手に入らないようにするわけですか」


「そうだ。こちらからでは町の中に直接手出しできないからな。それに、検問所でアディック草を発見されて逃亡しようとする者を捕らえるために、南門近くに冒険者を何人か派遣することになった」


「門番と連係するなんて珍しいですね。僕の仕事もそれなんですか?」


「いや、こっちはパーティ単位で指名依頼するからお前は関係ない」


 きっぱりと否定されたユウはほんの少しだけしょんぼりとした。原っぱでパーティ参加希望を断られた気分だ。


 そんなユウの気持ちを無視してティモシーは説明を続ける。


「町の中関連はこんなものだ。続いて、貧民街の方を話すぞ。ジェフという漁り屋スカベンジャーからの話を元に捜査をした結果、幸福薬を隠してあるという隠れ家を突きとめることができた」


「あれ、見つかったんですか!」


「お前も関わっていた件だな。それで、現在こちらの密偵によって監視させているが、それらしき物を運び込んでいることまで確認できている。よって、近々その隠れ家に乗り込んで関係者を逮捕、そして中の物を押収する予定だ」


「いよいよなんですね」


「そうだ。ここを制圧できれば貧民街で出回っている幸福薬はほとんど断てると見込んでいる。よって、絶対に失敗は許されない。そして城外神殿との協議で、この踏み込みと同時に例の灰色のローブの何者か、お前が確認したランディも貧民街で捕縛する予定だ」


「本当に一網打尽にするんですね。ということは、僕はこの隠れ家の踏み込みに参加するんですか」


「いや、これは代行役人が中心になって実行する。冒険者も参加させるが、以前から付き合いのあるパーティ限定だな。ある程度見知った奴にしておかないと連係が取れん」


 またもや否定されたユウは困惑した。これでランディの件にも関わらないとなるとやることがないように思える。


「僕がやれることがなさそうに思えるんですが」


「まぁ焦るな。仕事はある。幸福薬が持ち込まれている隠れ家を制圧するが、これは言わば販売経路の上流を抑えることに等しい。しかし、上流があるなら下流も当然ある。同じく犯罪に関わっているのだからこちらも取り押さえる必要があるだろう。お前はこちらの逮捕に協力してもらう」


「なるほど、そういうことなんですね」


「末端の販売に関わっている者は何人もいるが、お前は俺と一緒にその中でも質屋の逮捕に協力してもらうことになる」


「あー、1人思い当たる節の人がいますね」


「それで合っている」


「わかりました。そうなると、前にやっていた貧民街の調査はどうしますか? いらないように思えるんですけど」


「やらなくていい。明日から3日間は休暇だ。その翌日から実行日までは待機になる。この間はこのギルド近辺で待っているように」


「わかりました。あ、そうだ。報酬はどうなるんですか? 町の中にいる間はもらっていませんでしたし、明日以降は?」


「町の中の仕事は城外神殿の仕事であって冒険者ギルドの仕事ではない。よって町の中に滞在中の日当は支払われない。休暇は休みだから日当がないのは当然だな。待機期間はこちらが拘束しているので支払う」


「え、町の中にいた間は支払われないんですか。冒険者ギルドの命令で城外神殿に協力したのに」


「だから城外神殿がお前にカネを渡しただろう?」


「あれって報酬でもあったんですか」


 何となくはそう感じていたユウはそれ以上反論しなかった。随分と銀貨の数が多かったことをわずかに疑問に思ったのは確かだからだ。


 口を閉じたユウを見たティモシーがしゃべる。


「他に何か聞いておきたいことはあるか? ないのならこれで終わる。次に会うのは4日後の三の刻の鐘が鳴る頃だ」


「わかりました。あ、ウィンストンさんってまだいますか?」


「あいつは大体六の刻の鐘が鳴ると帰る。たまに残ってるときもあるが、今日はいないな。どうした?」


「預かっていてもらった荷物を返してもらおうかなと思ったんですよ」


「それなら明日取りに来い。ウィンストンならいるだろう」


 これで本当に話が終わるとティモシーは城外支所の建物へと戻っていった。周囲は再び静かになる。


 残されたユウはため息をついた。早く手元に荷物を取り戻したかったが、別に今すぐ必要になるわけでもない。


「あ、そういえばまだ今晩の宿も取ってなかったっけ」


 町の中に入るときに冒険者の宿屋街の宿は引き払ったことをユウは思い出した。このままだと道具なしで一晩野宿することになってしまう。気候的には可能だがそれは望まない。


 多少渋い顔をしたユウはまず宿を探すことにした。

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