アディ教会の中で

 見張っている小さな家にフードを被った灰色のローブの人物が戻ってきた。それを受けてユウはエイベルと共に黒色のローブの人物が出てきたら追跡することになる。


 いつ出てくるのかと待ち構えているとくだんの人物は割とすぐに出てきた。エイベルがまず反応し、ユウがそれに続く。


 玄関の扉にたどり着いたところでエイベルがユウに振り返った。真剣な表情で口を開く。


「あの黒い奴は俺が直接尾行する。ユウはその俺から少し離れてついてきてくれ。あまり警戒する必要はないからな。周りの人に怪しまれないよう静かに行動するんだ」


「わかりました」


 ユウが短く答えるとエイベルは扉を開けて家を出た。ユウも同じく外に出るが、エイベルがある程度先に進んでからこっそりとその後を追う。思い返せば4日ぶりの外出だ。周囲が新鮮に見えた。


 離れた場所からエイベルを追いかけているユウには黒色のローブの人物の姿はあまり見えない。エイベルが進めば進み、止まれば止まる。助言されたとおり普通に歩くことを心がけた。


 住宅街を東へと進み、ユウはやがて宗教施設の集まる場所を目にする。手入れが行き届いたこぢんまりとした建物が見えてきた。アディ教会である。


 黒色のローブの人物はアディ教会に近づくと裏手に回った。エイベルはわずかにためらったがそれに続く。一方、ユウはそれ以上後を追わなかった。普通の町民が何人も裏手に回ろうとするのは怪しく思えたからだ。仕方がないので教会から離れた場所で待つ。


 姿が見えなくなった黒色のローブの人物とエイベルだったが、エイベルの方はすぐに戻って来た。


 目だけで自分を探していることに気付いたユウはエイベルに近づく。


「エイベル?」


「ちょっとこっちに行こうぜ!」


 明るく振る舞うその姿から演技をしていることを知ったユウはうなずいて後に続いた。教会がぎりぎり見える路地を曲がると真面目な顔に戻ったエイベルに声をかけられる。


「あいつが教会の裏口から中に入ったのを確認した」


「僕は教会のずっと手前で止まったんで見えなかったですよ。近づくと見つかる危険があると思いましたから」


「それでいい。で、これからなんだが、ユウ、あの教会の中に入ってくれ」


「信者でもない僕が入ったら怪しまれますよ」


「そうでもない。モノラ教は今、この町で信徒を増やそうと熱心に勧誘活動をしている。だから、何も知らない町民でも中に受け入れるんだ」


「つまり、僕1人が入ってもばれないわけですか」


「そうだ。それで、中に顔を知る信徒がいるか見極めてくれ」


「僕が怪しまれたらどうするんですか?」


「何とかうまく切り抜けてくれるか、最悪町の外へ逃げてくれ。追いかけられる事態になってこっちに合流されても困る」


 何ともな扱いにユウの表情は微妙になった。随分とひどい話だ。しかし、エイベルの言い分もわかる。


 小さくため息をついたユウは気持ちを切り替えて歩き始めた。できるだけ自然に振る舞って教会に近づく。


 教会の正面には何人かの人々が立ち話をしていた。いずれも服装から一般の町民だとわかる。たまに中に入る人と同じように何気ない様子を装ってその脇を通り過ぎた。特に見咎められることもなく教会の中に入れる。


 遠目から見たとおり石造りの内部はそれほど大きくはなかった。奥に細長く、最奥部分に祭壇がある。その祭壇に向かって何列もの長椅子が並べられており、人々がそこに座っていた。黒色のローブを着た信徒たちはその室内を往来している。


 その信徒たちの顔をユウは1人1人見て回った。あまり長く見ることはできないが記憶にある顔と一致させるだけならそれほど時間はかからない。


「ここにはいないな」


「どうされました?」


 つぶやいた直後に背後から呼びかけられたユウはびくついた。振り向くと、黒色のローブを着た笑顔の信徒が立っている。


「いや、知り合いがいないかと思って、ちょっと探していたんです」


「どなたかおっしゃっていただけましたら、一緒にお探ししますよ」


「そこまでしてもらう必要はないんです。あいつ来ていないかもしれないですし。それより、この席ってどこに座っても良いんですか?」


「構いませんよ。皆さんお好きな所に座っていらっしゃいます。もしかして、ここにいらっしゃるのは初めてなんですか」


「はい。前から誘われていたんですが、なかなか踏ん切りがつかなくて」


「ようこそお越しくださいました」


 しゃべっているうちに落ち着いてきたユウはそこで話を切り上げて最も入口に近い長椅子に座った。話しかけてきた信徒が離れていくのを見て小さく安堵のため息をつく。


 一体なぜ自分に話しかけてきたのかと不安になったユウが周囲に頭を巡らせた。すると、黒色のローブを着た信徒と町民が割と話をしている光景を目にする。話しかけられるのは珍しいことではないことを知って再び安心した。


 どうやって信徒の顔を確認しようかとユウが頭を悩ませていると六の刻の鐘が鳴る。すると、背後の正面入口から人が何人も入ってきて次々と長椅子に座った。


 背後で扉が閉じられるのを背中で聞きながらユウは正面を見る。騒がしい中、黒色のローブに更に黒いスカーフの様なものをかけた人物が奥の脇にある出入口から現れた。続いて何人かのスカーフなしの信徒もやってくる。


 その中の1人の顔を見てユウは目を見開いた。見覚えのある顔だったからだ。禿げ頭で精悍な顔つきの信徒が暗い金髪のやや冷たい表情の男に付き従っている。どちらも壁際に進んでその場で立ち止まった。


 次第に喧騒が消えていく中、スカーフをかけた人物が口を開く。


「皆さん、こんにちは。今日も皆さんにお目にかかれて嬉しいです」


 挨拶から始まったのは説法だった。モノラ教の教義であるが難しい論法ではなく、日々の暮らしを実例に挙げた平易な内容である。説いていることはいちいちもっともなので町民の中には熱心にうなずいている者も多い。


 説法の内容に興味のないユウは話を聞き流しながらぼんやりと周囲を眺める。ともすれば知っている顔に目を向けがちだが、下手に勘付かれては自分の身が危ない。既に目的は達しているのでひたすら待つだけだ。


 やがてスカーフをかけた人物が説法を終えた。その後、椅子に座った町民たちを含めて全員が両手を合わせて祭壇に向かって祈る。ユウも見よう見まねで手を合わせた。それから少し時間が過ぎてようやく集会が終わる。途端に室内が喧騒で満たされた。


 用が済んだユウは一刻も早くこの場を立ち去りたかったが、まだ背後の入口の扉が閉まっているのでその場でじっとしている。町民たちの中には立ち上がる者もいたがまだ帰ろうとしている者はいない。


 集会の手順がわからないもどかしさに内心で身もだえるユウをよそに、黒色のローブを着た信徒が2人入口に近寄ってくる。そのうちの1人が例の顔を知っている人物だ。


 町民たちも入口近辺に集まる中、信徒2人は扉を開ける。朱い日差しが室内に入ってきた。集まりつつあった町民たちが次々に外へと出て行っく。


 立ち上がったユウも周囲の町民に紛れて外に出ようとした。多くの町民たちが扉を開けた信徒2人に挨拶をするのを耳にする。


「さようなら、ランディ様」


「はい、さようなら」


「ありがとうございます、ジャック様」


「いえいえ、お気を付けてお帰りください」


 あの信徒の名前を聞いたユウはわずかに顔を緊張させた。そのまま軽く頭を下げて信徒2人の脇を通り抜ける。そのとき、ランディと呼ばれる信徒が怪訝な表情を浮かべてユウを見た。しかし、すぐに声をかけてきた町民へと顔を向ける。


 外に出たユウは歩速を上げて進んだ。少し進んでから教会が見えない路地へと入る。そこにはエイベルがいた。近づいて声をかける。


「貧民街で見た人がいました。名前はランディ、教会の正面入口の右側に今立っています」


「そうか!」


 報告を聞いたエイベルが目を見開いて路地の角から教会へと目を向けた。しばらく食い入るように眺めていたがやがてユウへと振り返る。


「禿げ頭の精悍な顔つきの男、確かに見たぞ! あいつか」


「はい。僕の顔を見て少し怪しんでいましたから、もしかしたら気付かれたかもしれません」


「ユウも顔を見られていただろうからな。その場で気付かれなかっただけでも幸運だろう」


「だと思います。他の人に紛れていなかったら呼び止められていたかも」


「何にせよ、捜査は大成功だ。協力を感謝するぞ、ユウ」


「それじゃ僕はこれでお役御免なんですね」


「ああ、ありがとう」


 仕事が終わったと伝えられたユウは肩の力を抜いた。いつもの冒険とはまた違う緊張感に疲労の色が濃いが、同時に足取りも軽い。


 仕事を果たしたことを賞賛されたユウはエイベルと共にその場を去った。

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