地味な監視活動

 モノラ教の隠れ家とされる小さな家とはこぢんまりとした一軒家だ。周囲と同じ石造りの2階建ての建物で、モノラ教に入信した信徒が寄進したという。


 エイベルたちが見張り始めて以来、黒色のローブの人物と灰色のローブの何者か以外の出入りはほとんどない。たまに掃除のために老夫婦がやって来るくらいである。


 周辺の家に対する聞き込みもやったそうだが、誰もが空き家だと思っているそうだ。フードを被った黒色のローブの人物を付近の住民が見かけたことがあるものの、家を管理するモノラ教の関係者と名乗られてからは関心をなくしたらしい。


 つまり、今のところ黒色のローブの人物については依然わからないままなのだ。


 朝、出かける前にその話を聞いたユウは首をかしげる。


「それにしても、周りの住民はみんなあんまりあの家に関心を持っていないみたいですね」


「前の住民がアディ教会に寄進したことは知られているし、管理者と名乗られたらそれ以上は何も言えないからな」


「顔を隠していることは何も言われていないんですか?」


「ひどい怪我をしているから見せられないと住民は聞いたと言っている。もっとも、ユウが直接あいつの顔を見て嘘だとわかったわけだが」


「隠れ家なんていうからもっと見つからないようにしていると思っていましたけど、思った以上に堂々としていますね」


「住民にとっては顔を隠しているという以外に怪しい点はないからな。それも理由ありとなるともう怪しむ点がなくなる」


 説明を聞いたユウは呆れつつも感心した。


 納得したところでユウはエイベルと一緒に目立たない家を出る。目指すはモノラ教の隠れ家の近くにある一軒家だ。2階建ての貸家で、現在エイベルたちが借りてここから監視対象の小さな家を見張っている。


 2人は仲良さげに雑談をしながら路地を進み、何気なく貸家に入った。すぐに2階へと上がると、エイベルが窓から相手の小さな家を見張っていた者2人に声をかける。


「どうだ? 何か変化はあったか?」


「ありません。この6日間は出入りなしです。最後にあいつが戻ってきて、黒い奴が出て行ったきりですよ」


「明日辺りに年寄り夫婦が来るでしょうね」


「わかった。それと、今日から1人見張り役が増える。例のあいつの顔を見たという冒険者だ」


「ユウです。初めまして」


「あんたがそうなのか。若いな」


「これでやっと状況が動きそうだな。はぁ、長かったなぁ」


 もう何日も見張っているらしい2人の男たちは疲れ切った笑みを浮かべた。その目にはユウに対する期待が込められている。


 自己紹介が終わるとユウはすぐに見張りに加わった。とはいっても、やることは窓から見張る対象の小さな家を眺め続けるだけだ。日中の間は砂時計で時間を計り、男2人で順番に巡る。これを毎日繰り返すのだ。


 その間ユウはひたすら男たちのそばで待つ。そして、人の出入りがあればすぐに呼び出され、その人物の顔を確認するのだ。


 やること自体は非常に簡単だが、この見張りで最も厄介なのは暇と眠気である。何しろ小さな家には来訪者がないのだ。男2人はひたすら窓の先を見つめ続け、ユウはそのそばでじっと待つ。朝から生あくびが絶えない。たまに一緒に窓の外を見ても路地にも人影がほとんどなかった。


 男たちが何度か交代するうちにユウはこれが夜の見張り番に似ていることに気付く。日没後にパーティが休憩するときに夜襲を受けないための役割だ。あれもひたすら暇と眠気に耐え続けないといけない。


 気付いたからといって耐え続けることに変わりはないが、なぜか気持ちはいくらか楽になる。似たような経験があると思うとやれると思えるのだから不思議なものだ。


 初日はまったく何もなかった。人の出入りすらなく1日が終わる。なかなかの徒労感に襲われた。


 2日目は三の刻の鐘が鳴った後に老夫婦がやって来た。呼ばれたユウはその男女2人の顔を見る。フードを被った信者の顔は壮年だったのでそもそも年齢が違った。首をゆっくりと横に振る。


 3日目はまったく何もなかった。あまりに暇だったので男2人がいる窓際から離れて体をほぐす運動をゆっくりと始める。暇すぎる上に体が鈍ると男2人に伝えると何も言わなくなった。大きな物音は立てるなと注意されたので静かに体を動かす。


 そして4日目。この日も朝は何もなかった。ユウは前日から始めた体をほぐす運動をたまにする。四の刻の鐘が鳴ると支給された干し肉を囓った。その最中、窓の外を見張っていた男にいつもより緊張した声で呼びかけられる。


「ユウ、来い。モノラの黒い奴が来たぞ」


 食べかけの干し肉を手にしたままのユウが窓のそばに近づいた。小さな家の辺りを見るとフードを被った黒色のローブの人物が家の中に入っていくのを目の当たりにする。


「あれがそうなんですか。話には聞いていましたけど」


「これから忙しくなる。フードを被った灰色のローブの奴が出てきたらあいつがそれを追跡して、俺はエイベルに連絡しに行く。ユウ、お前はここで待っていてくれ」


「僕はやることがないんですか?」


「お前の本番は灰色のローブの奴が戻ってきてからだ。黒色のローブの奴があの家からアディ教会まで戻るのを一緒に追跡してもらう」


「なるほど、わかりました」


 自分にも役割があるとわかったユウは安堵のため息を漏らした。残りの干し肉を囓りながら待ち続けている。


 その干し肉を食べ終わる頃にフードを被った灰色のローブの人物が小さな家から出てきた。待機していた男の1人はその後を追いかけ始め、もう1人はエイベルに連絡しに行く。


 残されたユウは窓のそばで1人きりだ。特に指示はされていなかったが、静かになった部屋の中で窓の先に見える小さな家に目を向けた。




 エイベルに連絡をしに行った男は意外に早く戻って来た。しかも、エイベル本人と一緒にだ。驚いた目を向けるユウにエイベルが話しかける。


「あの家から黒色のローブの人物が出てきたら、俺とユウでその後を追うぞ」


「わかりました。あの灰色のローブの人はどのくらいで帰ってくるかわかりますか?」


「大体、五の刻の鐘から六の刻の鐘の間というくらいしかわからんな。必ず戻って来るということは今までの傾向から言えるが」


「それじゃもうしばらく待つわけですね。それじゃ準備運動でもしようかな」


「準備運動?」


「ずっと部屋の中にいましたからね。体が動くようにほぐしておかないと」


 何か言いかけたエイベルが口を閉じて隣の男に顔を向けた。しかし、首を横に振られるだけで返事はない。


 宣言通り体を動かそうとエイベルたちから離れかけたユウだったが、途中で足を止めて振り返る。


「そうだ、別件なんですけど聞きたいことがあったんですよ、エイベル」


「なんだ?」


「ここに来る前に幸福薬のことを調査していたんですよ。それで、それがどうも町の中から流れているらしいことまではわかったんですが、町の中では何か進展ってありました?」


「それは俺にはわからんな。別の奴が割り当てられているだろうから、そちらで調べているはずだ。ただ、簡単には暴けんだろうな。さすがにばれたらただでは済まない件だ。きっちりと隠していると思うぞ」


「でも、この町の領主様にお願いしたらどうなんです? 冒険者は魔窟ダンジョンから魔法の道具を持ち帰ってくる人なんでしょう。何かしてくれるかもしれませんよ」


「そうしたいのは山々だが、確たる証拠がなければ領主様も動きようがない。さすがにいきなり教会の中を捜査することはできんしな」


「そうですか」


 あまりしっかりとした返事を期待していなかったユウだったが、誰もが色々と知っているわけではないことを思い出した。直接担当していない件についてよく知らないのは当たり前である。ただ、それでも自分が思い付くことは誰もが思い付いていると改めて知った。


 そうしてユウは改めて静かに体を動かし始める。それをしばらく眺めていたエイベルたちはやがて飽きて窓の外へと顔を向けた。


 灰色のローブの人物が戻ってくるのを待っていた3人は夕方に変化があったので意識を切り替える。くだんの人物が小さな家に戻ってきたのだ。追跡していた男も戻ってきた。


 男が2階に姿を現した途端にエイベルが声をかける。


「どうだった?」


「今まで通りです。町の外はどうだか知りませんが」


「わかった。黒い奴が出てきたら、俺とユウで追跡する。お前たち2人はここで小さな家を見張り続けろ」


「私もそっちに行きたいですね」


「あまり人数を増やすわけにもいかんのだ」


 そんなやり取りがあってしばらくした後、話題になっていたフードを被った黒色のローブの人物が小さな家から出てきた。すると、エイベルがすぐに階下へと降りる。


 準備運動を終えたユウもそれに続いた。

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