近づいて来た接触者

 アディの町の中でユウが滞在を初めて3日が過ぎた。一部の地域を除いて行ける場所はすべて足を運んだ。しかも、大抵の場所に2度か3度訪れる。土地勘らしきものすら薄らと身につきつつあった。


 表面上の理由をこなすことも当然忘れていない。ユウは2日以降夕食ごとに酒場で飲み食いする。顔を覚えられても困るので話しかけることはできなかったが、飲み食いする冒険者たちの話を聞き取ろうと耳をそばだてた。


 そうして4日目、この日もユウは宿から出て町の中に繰り出す。あれだけ珍しかった町の中も今は見慣れた場所になりつつあった。同じ場所に行くときは時間をずらして同じ人と会わないように気を付けないといけないくらいだ。


 見るべきところもすっかりなくなり六の刻の鐘も近くなった頃、ユウはギルドホール近くの商店を見て回っていた。これで大体の店は見終えたことになる。


 店内から出たユウは路地を歩き始めた。明日の予定をどうするか考える。


「明日からどうしようかなぁ」


「久しぶりじゃないか! 元気にしてたか!」


 突然後ろから声をかけながら肩を叩かれたユウはびくついた。目を見開いて振り向くと、頭髪の薄い皺が多い顔をした中年が笑顔で立っている。服装はチュニック、ズボン、革のベルトに革の靴といかにもな町民の姿だ。もちろん初めて見る顔である。


「あの、人ちが」


「博打に栄光あれなんて面白いこと言って賭場に行ったっきり見かけなかったが、今まで一体何をしてたんだ?」


 聞き逃せない言葉を聞いたユウは固まった。代行役人から聞いた合い言葉を思い出す。


 まさかこんな形で接触してくるとは思わなかったユウは一瞬うろたえた。しかし、すぐに取り繕う。


「あ、あんたか。あれからもちろん全部スったから、身ぐるみ剥がされて賭場を追い出されたよ。それからは真面目に働いたね。何が博打に栄光あれだ、博打に栄光なしだよ」


「そりゃそうだ! 真面目に働くのが一番だよ。よし、それじゃ再会を祝して飲みに行こうじゃないか!」


「いいね!」


 何とか笑顔を作ったユウが応じると相手の男が機嫌良く歩き始めた。突然声をかけてきた男の所作は実に自然な流れだ。それにどれだけ合わせられているのかユウにはわからない。ひたすらついていくのみだ。


 大通りに出た2人は楽しく意味のない会話をしながら歓楽街へと足を向けた。そろそろ六の刻の鐘が鳴る頃なので魔窟ダンジョンから戻って来た冒険者の姿が目立ってきている。その中を男は流れるように進んだ。


 大通りから歓楽街の路地に入っても男の足は緩まない。あらかじめ行く場所を決めているかのような足取りだ。そのままなかなかの客入りの酒場へと入る。


「ねーちゃん! 頼んでた個室に案内してくれ」


「はーい、こっちよ」


 何一つ淀むことなく事を進める男は給仕女に案内させた個室に入って席に座った。後に続いていたユウにも迎えの席を勧めてくる。


 向かい合って座ると2人は再びとりとめもない話を交わした。ユウはこれがあらかじめ聞いていた接触者らしいことしかわからない。


 給仕女はすぐに料理と酒を持ってきた。3往復してすべてをテーブルに置くと個室の扉を閉める。


 それを見届けた男の顔が真顔になった。釣られて真顔になったユウに話しかける。


「エイベルだ。これ以外は名乗れない。城外神殿から送られてきた冒険者のユウだな」


「そうです」


「貧民街でフードを被った信者の顔を見たのは間違いないんだな?」


「はい、禿げ頭で精悍な顔つきの男でした。まだ覚えています」


「結構なことだ。これからやることは聞いているか?」


「僕が見たその男がアディ教会の誰なのかを見つけて、エイベルさんに教えることです」


「エイベルでいい。仕事の概要に関してはその理解で構わない。具体的は話は隠れ家に案内してからにしよう」


「わかりました。これを食べてからですね」


「そうだ。飯は動きが鈍らない程度、酒はまともに動ける程度にすること。支払いはこちらで済ませてあるから気にしなくていい。それより、出るときは酔っ払ったふりをするぞ」


「わかりました」


「よし、それでは宴会を始める。いやぁ、お前ホント真人間になって良かったよなぁ!」


 真顔から急に笑顔に変わったエイベルが大きな声でユウに話しかけた。その切り替えに驚きつつもユウは何とか合わせる。意味のない雑談が延々と始まった。


 そもそも芝居などしたことのないユウにとって演じるというのは初めてだ。本当にこれで良いのかまったくわからない。目の前のエイベルにひたすら合わせるのが精一杯だ。そのエイベルから何も指摘されないことで今の自分がうまくやっていると信じる。


 ひたすらしゃべり相づちを打ちながら手を付ける料理の味はよくわからなかった。ユウにとって初めての体験である。おいしそうな料理なのに味がわからない。エールも同じだ。しゃべりすぎて乾いた喉を湿らすために口を付ける。


「あ~お前さんの顔が増えてるなぁ。双子だったか?」


「昔っからそうだよな。僕が博打で身を滅ぼすなら、あんたは酒で死んでしまうよ」


「うるせぇなぁ。酒くらい好きに飲ませろよぉ」


「あ~もう、駄目だなぁ。ほら、もう帰るか?」


「そうだなぁ。今日はこのくらいにしとくかぁ」


「その様子じゃ1人で帰れそうにないな。しょうがない、送っていってやるよ」


「おう、すまねぇ。道は教えるからよぉ」


 個室の扉が開くと、そこにはユウに肩を担がれてふらつくエイベルの姿があった。時々わけのわからないことをつぶやきつつも帰路の指示は的確だ。


 歓楽街から西門に通じる大通りに出ると2人はそのまま工房街へと入る。更に北へと進んで住宅街に着くといくつかの路地を曲がった。そろそろ月明かりが頼りない中、歩き続けた末に目立たない一軒家へとたどり着く。石造りの2階建ての建物だ。


 中に入り、扉を閉めるとエイベルは酔っ払いの演技を止めて1人で立った。その横でユウが首を鳴らす。


「あ~疲れた。演技ってあんな感じで良かったんですか?」


「棒読みでないだけ充分だ。たまに反応が遅れるが、訓練してないのならあんなものだな」


「それは良かった。にしても、暗いですね」


「誰もいないからな。こっちに来てくれ」


 玄関脇に置いてあった燭台の蝋燭ろうそくに火を点けたエイベルが大部屋にユウを案内した。テーブルにその燭台を置くと丸椅子の1つを勧めて自分も座る。


「やっとあんたを迎え入れることができた。もう1度確認するが、貧民街でフードを被った信者の顔を見たのは間違いないんだな」


「はい、まだ覚えていますよ」


「ならばこれから本格的に我々の仕事を手伝ってもらおう。知っての通り、俺たちはアディ教会の何者かがパオメラ教の信者をかたって我々を陥れようとしていることを突きとめようとしている。本来ならばそのような不埒な輩はすぐに捕まえてとっちめるのが一番だが、相手があのモノラ教となると迂闊に手を出せない。そこで、まずはアディ教会の誰があのような真似をしているのかを突きとめ、次の手を打つための有力な手札にするのだ」


「わかった時点で捕まえるんじゃ駄目なんですね。確か、すぐに釈放されるとか」


「その通りだ。実に忌々しいが、今の時点では単に貧民街をうろついているだけだからな。他に何か決定的な証拠が必要だ。しかしその前に、あの正体不明の人物が誰なのかをあばく必要がある」


 話を聞いているユウはうなずいた。薄暗い中、真面目な顔をしてエイベルを見る。


「我々はこれから数日間、この住宅街にあるモノラ教の隠れ家を見張る。アディ教会からフードを被った黒色のローブの人物がこの小さな家に入ったときに、必ず灰色のローブの人物はここから出てきているからだ。まずは出入りする者たちの顔を確認し、その中にユウが貧民街で見かけた男がいるかを見定める。誰もいなければ、黒色のローブの人物を追ってアディ教会に向かい、教会に出入りする中にその男がいるかを見極める」


「最初からアディ教会を見張ったらどうなんですか?」


「アディ教会から出てきた黒色のローブの人物が小さな部屋で灰色のローブに変装し、貧民街を破壊するという一連の流れを確認したいのだ。こういう証拠は漏れがあるとそこを突かれてご破算になることがあるからな」


「なるほど」


 ここでようやくユウは単に男の正体だけを知りたいのではないということを知った。面倒なことだと思いつつも必要なことならばとうなずく。


「尚、変装用の目立たない町民の服を用意したから、今後はそれに着替えるように。教会近辺だとその格好は目立つ」


「あの辺りに冒険者はいないですからね」


 現地を思い浮かべたユウは首肯した。この数日間、観光したことが役に立つ。


 その後も2人は蝋燭ろうそくを挟んで細かい打合せを続けた。

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