急ぎの連絡
まだ1日の半分以上が昼間であり日差しが強い時期であるが、日没の時間は確実に早くなっていた。空の朱い色が次第に黒く染まってゆく。
周囲の風景が次第に暗くなっていくことにユウは気付いた。呆然としていた状態から立ち直る。今日見聞きしたことを急いで報告しないといけない。
頭を左右に振ったユウは冒険者ギルド城外支所へと急いだ。幸い、立っていた場所からはそう遠くない。建物の中に入ると、真っ昼間よりは短い列に並ぶ。
自分の番が回ってきたユウは受付カウンターに両手をついた。その勢いで目の前のトビーに声をかける。
「トビーさん、代行役人のティモシーさんを呼んでください」
「マジかよ、あんなヤツに声をかけるのか」
「裏の修練場で待っているって伝えてくれるだけでいいです」
「わかったよ。それにしても、お前なんつー仕事してんだ」
嫌そうな顔をしたトビーが呆れているのを無視してユウは城外支所の裏手に回った。眩しいだけで暑くない日差しが突き刺さる。
程なくして建物の裏口の扉が開いてティモシーが姿を現した。ユウを見つけると声をかけてくる。
「今日も急ぎの報告とはな。お手柄じゃないか。話を聞こう」
「3つあります。1つ目はエディーの件です。エディーはまだ見つけていませんが、貧民街にパーティでまとまって住んでいる家を見つけました。周りの人の話によると昨日から見かけていないそうです。また、ジェフの家も見つけましたが、こちらは荒らされていました。周りの住人によると昨晩5人か6人の男たちが中に入って金品を奪っていったそうです。2つ目は幸福薬の件です。質屋のイアンと買取屋のランドンからそれぞれ幸福薬を2つずつ買いました。それを1つずつ製薬工房『泉の秘薬』のニコラスに頼んで、分析結果を後日こちらに報告してもらうよう手配しました。それと3つ目はフードを被った信者の件です。先程、貧民街の西部でその信者が子供とぶつかって倒れた際にフードがはだけて顔が見えました。禿げ頭で精悍な顔つきの男でした」
まくし立てるようにユウは一気に伝えるべきことを言い切った。そうして口を閉じる。
直後にティモシーが小さくうなずいた。それから口を開く。
「よくやった。目的は達成していないが、重要な手がかりを手に入れてくれたな。それと、フードを被った信者の件もだ。これは城外神殿に伝える必要があるだろう。お前からも向こうの連絡役に話しておけ」
「わかりました。それと、薬の分析の件なんですが、分析の代金は冒険者ギルドへ請求するよう伝えておきました」
「なんだと?」
「お支払い、よろしくお願いします」
「ちっ、しっかりしているな。まぁいい。エディーとジェフのねぐらについては、明日人を差し向ける。ここで俺に報告してから現場に案内しろ」
「わかりました。それと、今手元に幸福薬が2つありますので提出します」
「そうか。ん、いや待て。それはしばらくお前が持っておけ」
「いいんですか?」
「俺たちは無理だが、お前なら何かに使えるかもしれん。例えば、交渉材料なんかにな」
にやりと笑うティモシーにユウは嫌そうな顔を向けた。今後、幸福薬の中毒者に話しかける可能性があると気付いたからだ。何をしてくるのかわからない相手に近づくことを想像して暗澹とする。
話が終わったユウは踵を返してティモシーから離れた。いつもならばここで仕事を終えるところだが今日はまだ終われない。今度は城外神殿に向かって歩いた。
空の半分以上が暗くなる中、ユウは冒険者の道を南へと進む。城外神殿に着くとその裏手に回った。炊き出しはほぼ終わっており、信者たちが後片付けをしている。
その様子を一望したユウはオーウェンを見つけた。近寄って声をかける。
「こんにちは、オーウェンさん」
「ユウですか。今日はもう来ないのかと思っていましたよ。少し待っていてください」
笑顔で告げられたユウは炊き出しの集団から離れた場所に移った。次第に視界が悪くなる周囲を見て暇を潰す。
その間にオーウェンが中途半端だった片付けに区切りを付けた。後は仲間の信者に託してユウへと歩み寄る。
「お待たせしました。それで、どんな新しい話があるんですか」
「代行役人からも後で話があると思うので、オーウェンさんたちが最も気になることからお話をしますね。僕、さっきフードを被った例の信者の顔を見たんです。子供とぶつかって倒れたときにフードがめくれた場所に偶然居合わせたんですよ」
「なんですって!?」
「禿げ頭、というより剃っているのかな、あれは。それに精悍な顔つきの男でしたよ」
目を剥くオーウェンにユウは具体的な風貌を伝えた。すると、更に興奮して顔を近づけてくる。あまりに近いのでのけぞって1歩退いたくらいだ。
すっかり高ぶったオーウェンがユウに話しかける。
「それはお手柄ですよ! その証言を元に教会に出入りする者たちを調べれば、容疑者をかなり絞り込めます!」
「そうでしょうね。さっき西門から町の中に入って行ったのも確認しましたから、まずはどこに向かったのか確認してください」
「ええ、もちろんです。任せてください」
「それともう1つ、昨日貧民の歓楽街で冒険者が殺されたことはご存じですか?」
「今朝路地裏で発見されたという話なら知っていますが」
「あの殺人事件なんですけども、実は幸福薬絡みなんです。それで、その被害者が死ぬ前に幸福薬が出回る経路についてしゃべったんですよ。それによると、あの薬は町の中から南門を通って貧民街の隠れ家に持ち込まれていたそうなんです」
「なんですって!? 馬鹿な、町の中の誰かがそんなことをしているというのですか?」
「被害者がそう言い残したんです。もちろん、間違っている可能性もありますが、その確認も含めて幸福薬の販売経路を捜査する必要があります」
「そうですね。あの薬が町の中から出てきているのならば、町の中も調べないといけません。それについても私から上申しておきましょう」
話が一段落するとオーウェンは落ち着いたようだ。大きくため息をついて体の力を抜いている。
伝えるべきことを伝えたユウも同じだった。今日の仕事はこれで終わりだと考え、踵を返そうとする。
「お願いします。それでは、僕はこれで」
「ああ、ちょっと待ってください。今の話を聞いて私の方からも1つ伝えておいた方が良いことができました」
「何ですか?」
「恐らくですが、1度町の中に入ってもらうことになると思います」
「僕がですか? もしかして、フードを被った信者の件で?」
「そうです。あの信者を名乗る者の顔を見たのは今のところユウ1人ですので、きちんと確認するためにはユウに誰なのか教えてもらう必要があるんですよ」
「なるほど。町の中に入ってもフードを外してくれるわけじゃないですからね」
「そうです。町の中で捜査をしている私たちの同胞にあの信者が誰なのか示してください」
「わかりました。そのときは代行役人に1度話をしておいてくださいね」
「もちろんです」
力強くうなずいたオーウェンを見たユウは今度こそ挨拶をしてその場を辞した。
既に日はほとんど沈んでおり、空の大半は真っ黒だ。徐々に星空が目立ち始めた頃、ユウは冒険者の道を北へと進む。
昨日の夜にジェフとエディーの争いを見てからというもの、ユウはあまり眠らずに働き続けた。今までは何ともなかったが、仕事に一区切りついて気を抜くと疲れが一気に押し寄せてくる。足取りが重い。
「あー、今日は何もしたくない」
四の刻の鐘まで仮眠を取ったユウだったが今やその効果は使い果たしてしまった。今すぐ眠りたい気分だ。しかし、同時に何か食べたい気分でもある。
ユウがぼんやりと道を進んでいると冒険者の歓楽街に差しかかった。道の西側に並ぶ建物を何とはなしに眺めていると酒場『青銅の料理皿亭』が目に入る。自然と足がそこに向かった。
中は盛況で空いている席を探すのがやっとの状態だ。カウンターの席になんとか座ると料理と酒を頼む。忙しいのかなかなかやって来ない。
その間にこれまでのことを振り返る。正直なところ、面白い仕事ではなかった。色々と興味深いことや知見を得られてはいるが、自分のやりたいことなのかと問われると首を横に振る類いである。
何がおかしいのかあるいは何が悪いのかとユウは考えた。恐らく色々とあるのだろうが今はぼんやりとしか頭に思い浮かばない。
カウンターの席に座ったままユウは大きなあくびをした。次第に眠くなってくる。周辺の喧騒が遠くなってきた。
そのとき、ユウの目の前に料理が運ばれてくる。匂いで目が覚めるとしばらくそれを見続けた。眠気が少し遠のく。
首を左右に振ってからユウはそれをもそもそと食べ始めた。
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