ねぐらの捜索
貧民の市場から貧民街の南部へとユウが足を踏み込んだときに五の刻の鐘が鳴った。日差しはまだきついがこれから夕方へと向かってゆく。
相変わらずひどい有様の貧民街は臭くて騒々しいがいつも通りだった。路地にはごみが散乱し、大人たちの話し声や子供たちの笑い声があちこちから聞こえてくる。
その中をユウは歩いていた。今は身軽なので足取りも軽い。たまに貧民とぶつかりそうになるがうまく避ける。
最初にやって来たのはエディーのねぐらだった。まずはぎりぎり見える程度のところで立ち止まり、ねぐら近辺を窺う。
そこは、周りと同じように不潔な一角にある粗末な平屋だ。すぐ左脇に裏路地が伸びている。周辺には何人かの人が立ったり座ったりしてぼんやりとしていた。しばらく様子を窺っていたが出入りする気配は一向にない。
一旦様子を窺うのを止めたユウは大きく息を吐き出した。そうして周囲を見ると、少し離れた所から2人の子供がじっと見つめていることに気付く。
「兄ちゃん、何してんだ?」
「え? ちょっとね、人を探しているんだよ」
「人? 誰だよ」
「ちょっと前にお金を貸したんだけど、なかなか返してくれない人だよ」
「質屋みたいに物と交換すりゃ良かったんだよ」
「バカだなー、兄ちゃん」
子供2人に馬鹿にされたユウは顔を引きつらせた。適当な嘘なので強く反論もできない。
厄介なことになったなと思ったユウだが気持ちを切り替えた。声をかけられてしまったのならば仕方ない。この状況を利用することにした。子供2人に近づいてしゃがむ。
「そうだね、迂闊だったと思う。それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「いいぞ」
「いいよー」
「この通りの先にあるあの家はエディーって人の家でいいのかな?」
「あーあれか。そうだぞ、エディーたちの家だ!」
「今は6人くらい一緒にいるよー」
「冒険者パーティって言うんだよな。オレもなってたくさん稼ぎてぇなぁ」
「ボクもー」
「そのエディーたちなんだけど、今はあの家にいるのかな?」
「たぶんいないんじゃないかな。昨日から見てねーもん。お前はどうだ?」
「見てないなー」
「どこに行ったかって知っているかな?」
「
「でも、最近エディーたちって変だったからなー」
「あーそうだった! ほっぺたがこんな風になってて、顔に元気がなくて、それなのに目がこーんな風になってんだよな!」
子供2人の説明にユウは内心驚いた。既にエディーたちはそこまで幸福薬を使ってしまっているのだ。果たして次に会ったときにどうなっているのか予想もつかない。
その後もしばらく話をして聞くべきことがなくなるとユウは少額のお駄賃を渡して別れた。そうしてエディーの家へとゆっくりと近づく。
周囲の家からは大抵何かしらの物音がしていたが、エディーの家だけは何もしていなかった。その家の壁にもたれて座っているみすぼらしい貧民がぼんやりと上を見ている。
中に入って確認したい衝動に駆られたユウだったが我慢してそのまま立ち去った。とりあえずエディーの
次いで向かったのはジェフのねぐらだ。教えられた目印をたどりながら歩いていくとエディーの家よりはましな家屋が目に入る。しかし、遠目からでもわかる変化があった。
離れた場所で一旦立ち止まったユウが首を傾げる。
「どうして扉が開いたままなんだろう?」
その不用心な様子にユウは眉をひそめた。出かけるときは誰かに留守番を頼むかしっかり施錠するかのどちらかが貧民街の常識だ。もちろん抜け穴があったり強引に突破されることも珍しくないのが貧民街でもあるのだが、正面の扉を開きっぱなしにするということはありえない。
嫌な予感がしたユウはジェフの家に近づいた。そうして家の近くにいる人に声をかける。
「この家、随分と不用心ですね。扉が開いているじゃないですか」
「昨日の夜、誰かが中に入ったんだよ。扉の鍵を壊してね。それで金目の物を盗んでいったんだ」
「よく知っていますね」
「今朝オレも中に入ってみたんだよ。すると、なーんにもなかったんだ」
「泥棒が1人で入ったんですか?」
「いや、何人かだって誰かが話してたな。そこの隣の家のロックってヤツが話し声を聞いたって言ってたからな」
「へぇ、何人くらいだったんですか?」
「5人か6人くらいってあいつは言ってたなぁ」
それから更に雑談を少ししてからユウは男と別れた。そうしてジェフの家に入る。
中は盛大に荒らされていた。何もかもがひっくり返っており、まともな所が1つもない。また、確かに金目の物は見当たらなかった。
昨晩の時点でジェフが死んだことを知っているのは襲撃者であるエディーとそれを眺めていたユウ、後は報告を受けたティモシーくらいだ。この中で、あのときジェフの家がどこにあるか知っていたのはエディーのみである。
もちろんたまたま空き巣が入った可能性もあった。しかし、今のところはエディーのパーティが有力な容疑者だとユウには思える。
ジェフの家の中には見るべき物はなかったのでユウは外に出た。どちらのねぐらも空振りと言えば空振りである。ただ、ティモシーに伝えれば代行役人が室内を捜査することは間違いなかった。なので、一旦冒険者ギルド城外支所へと戻ることにする。
いつもならここで貧民の道へと一旦出てから帰るところだが、ユウは貧民街を見ながら進むことにした。一応成果は上げたのだが思ったほどではなかったからだ。もう少し何かが欲しいと考えたのである。
貧民の市場で砂糖菓子を買ったユウは再び貧民街の南部に戻って西部との境へと進んだ。更に城外神殿の脇を通り過ぎてから北へと足を向ける。その間にもたまに貧民と話をすることもあったが、いずれも世間話以上のものは今のところ得られていない。
ユウは貧民の工房街に比較的近い場所で砂糖菓子を子供たちに配り始めた。夕飯に近い時間帯なのであまり時間がない。そのため、いつもよりも大雑把に配ってゆく。
大した情報を得ることなくユウが砂糖菓子を配り終えたとき、六の刻の鐘が鳴った。集まっていた子供たちは三々五々に散ってゆく。
「みんな、またね」
「おー! また砂糖菓子くれよな!」
「またねー! あっ!?」
家に帰るために走っていた女の子の1人がちょうど角から出てきた人物とぶつかって転げた。結構な勢いでぶつかられた人物は地面に尻餅をつく。
子供を集めて話を聞いていた手前、無視できなかったユウは走り寄って女の子をまず起き上がらせた。膝をすりむいて泣きそうな女の子に余っていた砂糖菓子を与えて機嫌を取る。
その間にユウは愛想笑いをしながら尻餅をついた人物に顔を向けた。すると、禿げ頭で精悍な顔つきをした男が立ち上がろうとしている。灰色のローブを身に付けていることから城外神殿の信者と考えた。すぐに謝罪の言葉を口にする。
「どうもすいません。いきなりこの子が飛び出して」
「ああ」
わずかに目を見開いてユウと女の子を見た男は慌ててフードを頭から被って立ち上がった。そして、そのまま何も言わずに踵を返して足早に去ろうとする。
あっけにとられたユウと女の子だったが、ユウはすぐに気付いた。女の子への慰めの言葉もそこそこに慌ててフードを被った灰色のローブの男を追いかける。
「まさかこんなところで出会うなんて!」
完全の虚を突かれたユウは興奮しながらフードを被った灰色のローブの男を追跡した。何度か見失いそうになるがかろうじて食いつく。
貧民街の西部から貧民の工房街へと入った男は尚も小走りで進み続けた。何度か往来する人々にぶつかったが謝罪もせずにそのまま通り過ぎてゆく。
「もし本当にこれで西門から町の中に入ったら」
確信のあったユウだったが最後の最後でまだ信じ切れていなかった。だからこそ、代行役人が監視させている要員がいるにも関わらず、自分の目で確かめようと男を追い続ける。
フードを被った灰色のローブの男は貧民の工房街を抜けて冒険者の道に出た。すぐに北へと曲がり小走りに進み続ける。
ここまで来るとユウは足を緩めた。追いかけられるのは西門までだが、そこに至るまでの道の周囲には視界を遮るものはない。つまり、目で追いかける分には今の場所でも充分なのだ。
往来のある冒険者の道を進みながらもユウの目はフードを被った灰色のローブの男を捕らえ続けている。今、西門に通じる大通りへと曲がったのを見た。
やがて跳ね橋の手前にある検問で門番と何やら話をした後、男は西門の奥へと姿を消す。
その様子を最後まで見ていたユウは足を止めた。今まで謎だった男の顔をはっきりと見たのである。
未だ信じられないといった様子のまま、ユウは西門を眺め続けた。
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