容疑者の行方と薬の成分(後)

 何度か買取屋の集まる場所を通りがかったことのあるユウだったが、今回足を踏み入れて随分とすさんだ雰囲気になったというのが最初の印象だった。原因は挙動不審の冒険者が他の路地よりも多いからだ。


 挙動不審の冒険者を避けて歩くユウは油断なく周囲に気を配る。危ない者たちも武装していることがあるので言いがかりを付けられて襲われないようにしないといけない。


 内心でやって来たことを後悔しつつもユウは前を向いて歩いた。ランドンの買取屋は貧民の市場の西側の奥まった所にある。前は薄汚れた幌付きの荷馬車の前で商売をしていた。


 目的の場所までやって来るとユウは禿げた厳つい顔の大柄な男を目にする。ランドンだ。その脇には顔に無数の傷を負った巨漢マークが立っている。今は客がいないらしく手持ち無沙汰の様子だ。


 関わりたくない種類の人間だが仕事なのでそうも言っていられない。ユウは周囲を気にしながらランドンの前に立つ。


「ランドンという人の買取屋はここでいいんですよね?」


「何か用か?」


「ここでしか買えない物を買いに来たんです」


「オレんところは買取屋だ。物を売ってるんじゃなくて買う所なんだよ。テメェ自分でオレのこと買取屋っつったろ」


「でも、売っている物だってあるんでしょう?」


 不審げな目つきのランドンから返答はなかった。隣に立っているマークはじっとユウを見るだけで動きはない。


「何言ってんだテメェ?」


「先日、貧民の歓楽街の裏路地で粉薬を取り出して水と一緒に飲んだ人を見かけたんですよ。そうしたらしばらくして随分と幸せそうな顔つきになったんです」


 胡散臭そうな顔のランドンがわずかに眉を動かした。不審一辺倒だった表情に興味が加わる。ただ、今はまだ何もしゃべらないままだ。


 窺うような顔を見せるユウが更にしゃべる。


「それ以来あの粉薬のことが気になっていたんですけど、昨日酒場で仲良くなった人からここでも売っているって聞いたんですよ。たまたまカウンターで隣に座っただけの人だったんですけど、色々と愚痴っていたら幸せになれる方法ということで教えてもらえたんです。ですから、ここで買えるんなら買いたいなぁと思って」


「なんでまたそんなのが欲しいんだ?」


「実は最近、所属していたパーティが解散して1人になったんです。それで別のパーティに入ろうと色々手を尽くしたんですけどうまくいかなくて、その気晴らしができたらいいなって思ったんですよ」


「気晴らしねぇ。そんなに欲しいのならよそで買えばいいだろ」


「買いましたよ」


 ユウが懐から取り出したのはイアンの質屋で買った羊皮紙を小さく折り畳んだ物だった。ランドンに手渡して確認させる。


「どうです、本物でしょう?」


「そうだな。それは認めよう。だが、だったらそこでこの薬を買えばいい。わざわざオレのところへ来る必要なんてねぇだろ」


「同じ薬でも、売人によって効き目が違うと聞いたんですよ。僕、今回が初めてなんで、どれが自分に合っているか確かめたいんです」


 本物の幸福薬を見せ、ユウが理由を聞かせるとランドンの顔から警戒心が急速に消えていった。それまでの敵意さえこもった態度から普通の当たり障りのない態度に変わる。


 その様子を見たユウは内心で安堵した。ジェフから聞いたことや貧民街で見聞きしたことを交えながら色々とぼかして話を作ったが、どうやらある程度信じてもらえたようだ。


「薬の味比べか。面白いことを考えるな」


「売ってもらえますか?」


「まぁでも、そういうことならいいだろ。で、どのくらい欲しいんだ?」


「1番少ないのをお願いします。最初はそれでも充分だからって聞きましたから」


「銅貨10枚だ」


 言われた通りユウは銅貨10枚を差し出した。一瞬でそれを取ったランドンが次の瞬間に羊皮紙を小さく折り畳んだ物を代わりに握らせたのを知る。すぐにそれを懐にしまった。


 その様子を何気なく見ていたランドンがユウに話しかける。


「用が済んだならさっさと行け」


「1つ尋ねさせてください。エディーって人を知っていますか?」


「そいつがどうかしたのか?」


「実は僕の知り合いが魔窟ダンジョンで死んで、エディーっていう人に身ぐるみを剥がされちゃったんです。それでその遺品について話をしたいんですが、なかなか見つからなくて困っているんですよ」


「あいつもカネの工面に苦しんでるようだな」


「知っているんですか?」


「ちょっとな。それと、教えてやってもいいが、な?」


「うーん、それじゃ、もう1つください」


 推し量るような目を向けられたユウは銅貨10枚を差し出した。それはすぐに消えてなくなり、小さく折り畳まれた羊皮紙を握らされる。


「あいつのねぐらは貧民街の南部なんだが、てめぇ、あの辺りの土地勘はあるか?」


「土地勘はないですけど、あの人を捜し回るために貧民街へよく行きます」


「ならわかるか。良く聞けよ」


 前置きをしたランドンの説明を聞いたユウは頭の中の地図で確認した。すべてを聞き終えると大体の位置を把握する。近くを通ったことがあった。


 わずかに笑みを浮かべたユウがランドンに礼を言う。


「ありがとう。これなら会えそうです」


「そりゃ良かった。これをきっかけにこれからも贔屓にしてくれ」


「ええ、もちろん。それにしても、最近これが出回ってきているって聞きますから、結構儲かっているんじゃないですか?」


 肩をすくめたランドンはそれ以上語らなかった。


 それを合図にユウは幌付き荷馬車から離れる。質屋のときと同様に全身に疲労が一気に襲いかかって来た。




 貧民の市場から出たユウはその足で貧民の工房街へと向かった。路地に入って更に進むと怪しい臭いのする石造りの平屋へと入る。


「ニコラスさん、こんにちは!」


「ユウか。また松明たいまつの油か?」


 奥の作業場から出てきた焦げ茶色のローブを纏った禿げた老人が現れた。たまに買い物をしていくのですっかり顔なじみになっている。


「ちょっと分析してもらいたい粉薬があるんで持ってきました。幸福薬って言うんです」


「そなた、そんなもんに手を出した、わけではなさそうじゃな。何がどうなっておる?」


「今ちょっと冒険者ギルドの仕事を引き受けていまして、幸福薬について調べているんです。それで、今日ようやく実物を手に入れられたんで持ってきたんですよ」


魔窟ダンジョンで活動しておるんではなかったのか?」


「色々とあってそっちはちょっと休止中なんです。それより、この幸福薬の分析はできますか? 結果は冒険者ギルドの代行役人のティモシーっていう人に伝えてください」


「代行役人じゃと!? そなたあやつらの手先になっておるのか」


「税の取り立ては手伝っていませんからね。あくまでも最近話題になっている件だけです」


「それはそうなんじゃろうが、人に話せるような内容ではないのう」


 小声で色々と言っているニコラスにユウは小さく折り畳まれた羊皮紙を2つ差し出した。それを受け取ったニコラスが片方の包みを開けて粉薬の実物を目にするのを見る。


「ほう、これが噂の幸福薬か。見た目は確かに粉薬そのものじゃな。どれ?」


「舐めて大丈夫なんですか、それ?」


「ぺっ。吐き出せば問題ないわい。にしてもこれは、恐らくアディック草を元にして作られておるな。この辺りにはないはずなんじゃが」


「分析ってなるべく早くお願いしたいんですが、できますか?」


「他の仕事をそっちのけでか? 構わんが、その分だけ高くなるぞ」


「あ、請求は冒険者ギルドにお願いします。結果を伝える前にもらってください」


「なかなかしっかりとしておるの。まぁええじゃろ。数日中には結果を伝えよう」


 空けた包みを再び閉じたニコラスがそれを懐にしまうのをユウは見た。その直後にユウは話しかける。


「ニコラスさんも幸福薬の話は知っているんですね」


「薬を扱う関係でその手の話は耳に入りやすいんじゃよ。まぁ実物までは手に入らんかったが」


「それじゃ薬の効果も知っているんですか」


「話を聞く範囲でな。常習性が強く、効果が切れると妄想、幻覚症状、震えなどの禁断症状が現れる。典型的な麻薬じゃ」


「みんなおかしいって思わないのかなぁ」


「常人なら思うじゃろうが、切羽詰まった人間には難しいんじゃよ。それに売る側も巧妙で、最初は少量から慣れさせていくんじゃ。そうして気付けば後戻りできんようになっておる。その後の末路はお察しじゃな」


「怖い話ですね」


「まったくじゃ。食事や飲み物に少しずつ混ぜて慣れさせるなんて方法もあるそうじゃから、知らぬうちに染まっておることもある」


 話し終えたニコラスがにやりと笑うのを見たユウは嫌そうな顔をした。そんなことをされては防ぎようがない。


 そこで話を打ち切ったユウは渋い顔をしながら製薬工房を後にした。

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