久しぶりの再会
代行役人の下で働き始めてからのユウは、情報収集のためにも夕食は貧民の歓楽街の安酒場でするようになっていた。たまに冒険者の歓楽街の酒場に行くこともあるが最近では珍しいことである。
その日の夕方、ユウは仕事を終えたときに貧民の工房街にいた。しかも北の端である。時刻は六の刻の鐘がそろそろ鳴りそうな時期だった。少し迷った末に決断する。
近頃は酒場での聞き取りにも行き詰まっていたユウは足を北側に向けた。すぐに冒険者の歓楽街に入る。途端に
往来する人の流れに沿いながらユウは路地を歩く。ちらりと見える酒場の中を見ているとどこも席が埋まりつつあるようだ。
特に何も考えずにユウはある酒場へと入った。店内は年季の入った雰囲気で騒ぐ冒険者たちの声がうるさい。どこにでもある冒険者御用達の酒場だ。
空いているカウンターの席に座ると給仕女に料理と酒を注文する。店は違ってもこの辺りの勝手は変わらない。
後は注文の品を待つだけになったユウがぼんやりと席に座っていると背後から声をかけられた。給仕女ではない、男の声だ。振り向くと見知った顔だと知る。
「ルーサー?」
「やっぱりユウだ。ひさしぶり! まさかこんな所で会うとはね。隣座るよ」
驚いているユウをよそにルーサーが右隣の席に座った。ユウの料理と酒を運んできた給仕女に自分の分を頼む。
「ここってルーサーがよく来る店なの?」
「違うよ。今日初めて来たんだ。オレ、1人のときはいろんな酒場を回ってるんだ」
「なんでまた? そんな趣味なんてあったっけ?」
「いい店を探すためだよ。同じ食うなら旨い方がいいじゃない」
木製のジョッキに口を付けながら話を聞いていたユウは小さく首を縦に振った。それでは自分で積極的に店巡りをして探しているのかと問われると何も答えられないが。
「で、いい店って見つかったの?」
「何軒かはね。とりあえずもう少し他の店も回ってみてから、候補に上げた店をまた回るつもりなんだ」
「熱心だね。ルーサーの他の仲間もそんな風に探しているのかな?」
「最初はやってるヤツもいたけど、今はオレだけかな。結局馴染みの店が落ち着くって言うんだよ。もっといい店を馴染みの店にすればいいのにさ」
「でもその様子だったらルーサーの決めた店に案外みんなすんなり落ち着くんじゃない?」
「だといいな。まぁ、当分先の話だろうけどね。あ、きたきた!」
2人が話をしているところに給仕女がルーサーの注文した品を持ってきた。黒パン、スープ、肉、そしてエール。ユウが注文した料理と変わらない。
まずは木製のジョッキを手に取ったルーサーがそれを傾け、喉を鳴らして飲む。
「ぷはぁ! やっぱり暑い日はこれが1番だね!」
「飲む姿もすっかり慣れたものじゃない」
「そりゃそうさ、毎日飲んでるんだから! 今はこれのために頑張ってるようなものだよ」
すっかり一端の冒険者といった雰囲気のルーサーを見てユウは複雑な思いをした。一緒に活動していた春先のような初々しさはもうない。半年あまりで随分と変わったなというのが素直な感想だった。
肉を摘まんで口に放り込んだルーサーがユウへと顔を向ける。
「最近どうしてるの? 前に会ったときは駆け出しの冒険者の面倒を見ていたようだけど」
「あれはもう終わったんだ。10日くらい前だったかな。その後は別の仕事をしているよ」
「別の仕事?
「実は冒険者ギルドの仕事をしているんだ」
「もしかして指名依頼? やるなぁ。オレのパーティはまだそこまでじゃないな」
首を横に振ったルーサーが感心した。確かにある程度の信頼と実績がなければ指名依頼はされない。同じ半年でも差が付いたことを賞賛してくれたのだ。
それを見たユウは言葉に詰まった。ある意味ルーサーの想像は間違っていないのだが、現実のユウとは大きく異なっているのは間違いない。
「実際にどんな仕事をしてるの? あ、話せる範囲でいいよ」
「ルーサーが思っているようなものじゃないんだ。何しろ代行役人の下で働いているから」
「代行役人!? なんでまたそんなことになってるの?」
「何て言うのかな。まぁ説明するとだね」
そこからユウは代行役人の下で働くことになった経緯を話した。きっかけは世間話でそこからの流れを掻い摘まんで伝えていく。
話を聞き終えたルーサーの表情は非常に微妙なものだった。驚きと呆れ、それに他の感情を足して混ぜたような顔である。
「ユウって変なところで人との繋がりがあるよね。普通はそんなところに知り合いなんていないよ?」
「そうなんだろうけど、知り合いになったんだから仕方ないじゃない」
「いやそう言われるとそうなんだけど、なんか選択を間違ってるような気がするんだよなぁ。蓄えはあったんだから、もうちょっと色々と探した方が良かったんじゃない?」
「まぁそうだね。振り返って見ると、あんなに急ぐ必要はなかったように思う」
「だよねぇ。あ! でもそうなると、この間代行役人に呼び出されたんだけど、もしかしてそれってユウのせい!?」
「うっ」
心当たりを思い出したユウはルーサーから顔を背けた。あのときはしゃべって正解だと今も考えているが、当のルーサーが納得するのかというとそれはまた別の話だ。
ユウを見るルーサーの目つきが鋭くなる。
「ひどいなー。代行役人に売ったんだ」
「人聞きが悪いよ。別にルーサーが悪いことをしていないことは知っていたし、話を聞かれるだけだってわかっていたからだよ。第一、早く幸福薬を何とかしないといけないんだから、別に話を聞くくらいいいじゃないの」
「そうなんだけどね。けど、換金所で代行役人に呼び出されたときは本当に驚いたよ。今までまったく関わりなんてなかったのにいきなりだったから」
「まぁ、関わらずに済むんならその方がいいよね」
「そんなのと一緒に仕事をしているんだから、ユウも奇特だなぁ」
にやにやと笑ってくるルーサーに何も言い返せないユウは口を尖らせた。しかし、すぐに思い直して給仕女にエールを頼む。すぐに持ってきてもらったそれをルーサーの前に置いた。不思議そうな目を向けるルーサーに告げる。
「それはお詫びだよ」
「よし、許した!」
満面の笑みを浮かべたルーサーが木製のジョッキを手に取って傾けた。
それを見ていたユウも自分の木製のジョッキに口を付ける。
「そっちは最近どうなの? 確か2階で活動しているんだよね?」
「そうだよ。今じゃ毎日結構な額を稼いでるんだ。半年前には考えられないくらいに」
「あのときは銅貨1枚とか2枚で凄い喜びようだったもんね」
「ちょっと恥ずかしいな、今それを言われると。でもそうなんだよな。前とは全然違う」
「3階には行けそうなの?」
「どうだろう。2階の東側の大部屋はまだ突破できてないから今は無理かな。装備の更新がようやく一段落着いたところだから、今はカネを貯めてるところ。3階を目指すかどうかはその後考えるつもりだよ」
「もうそこまで行っているんだ」
「まぁね。けど、それでも前のユウたちほどじゃないんだからまだまだだよ」
褒められたユウだったが素直に喜べなかった。あれは自分の実力と言うよりも、他のメンバーの力が大きかったと考えているからだ。中心だったケネスとジュードは今3階で活動しているし、他の3人も今は2階で荒稼ぎしているはずである。
「そういえば、貧民街で幸福薬の噂って今どうなっているの?」
「あれかぁ、悪い話ばっかりだよ。まともなヤツはみんな嫌ってるよ」
「へぇ、そうなんだ。ということは、薬はこれ以上は広がらなさそう?」
「それはわからないや。でも、薬を買うカネ欲しさに盗みや人殺しをするヤツが出てきてるらしいから、今はそっちの方が心配なんだ」
「あーそっちかぁ」
最近は結構な頻度で貧民街での聞き取りをしているユウもその話は耳にしていた。さすがに手が回らないので聞いているだけに止めていたので胸が痛む。
「でも、みんなあれがもう城外神殿とは関係ないと気づき始めているよ」
「なんでまた?」
「幸福薬でダメになった人を城外神殿の信者が介抱するようになったからだよ。それに、どうしてパオメラ教の御利益なのかわからないってみんな言い始めてる。薬の効果に宗教なんて関係ないだろうってね」
「その様子じゃ、城外神殿が不当に儲けているって話もみんな信じなくなったの?」
「誰ももうその話はしなくなったよ。儲けてた買取屋が買取品を売れなくなったからね」
ルーサーの話を聞いたユウは城外神殿も頑張っていることを知った。この調子ならば後は幸福薬をどうにかすればすべて収まるように思える。
少し気が楽になったユウはその後もルーサーとの食事を楽しんだ。
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