城外神殿との協力
まだまだ強い日差しを浴びながらユウは修練場へとたどり着いた。今朝は三の刻の鐘が鳴る前なので少し早い。周囲には誰もおらず、西側には平原が小岩の山脈の山麓と共に地平の彼方まで続いている。
冒険者ギルド城外支所の建物の日陰に隠れて自然の風景を眺めていると三の刻の鐘が鳴った。程なくして建物の裏口から代行役人であるティモシーが姿を現す。
「もういるのか。今日は早いな」
「おはようございます。なんか変に時間が空いちゃったから早めに来たんです」
「そうか。まぁいい。で、昨日はどうだった?」
「貧民街の西側を中心に見て回りました。まだ幸福薬は出回っていないようです」
「ふむ、あの辺りはまだか。他には何かあるか?」
「いえ、特別真新しいことはありませんでした。今日も同じように回ればいいですか?」
てっきり首肯されると思っていたユウは首を横に振られて少し目を見開いた。
そんなユウの様子を気にすることなくティモシーが口を開く。
「今日は城外神殿へ行き、向こうの連絡役と会って1日行動を共にしろ」
「一緒に貧民街を見て回るんですか? それとも向こうの捜査の手助けをするとか?」
「恐らくどちらの意味もあるだろうな。それに、お前の手腕を確認したいのかもしれん」
「わかりました。この後すぐに向かえば良いですか?」
「そうしてくれ。炊き出しをしてる場所で待っているそうだ」
城外神殿の裏側だと聞いたユウはうなずいた。ティモシーから日当をもらって踵を返す。
相手は連絡役であるオーウェンだとユウは知っていたが、そういえばしっかりと話したのは前回の顔合わせのときが初めてだったことを思い出した。お互いに相手のことを知るためにも今日1日一緒に行動するのは悪くないと考え直す。
いつも炊き出しをしている城外神殿の裏手の壁近くに茶髪で幼い顔の男が立っていた。ユウに気付くと近づいてくる。
「おはようございます、ユウ」
「代行役人から話を聞きましたが、今日1日一緒に行動するそうですね」
「そうなんですよ。私の方もようやく抱えていた神殿内の仕事が一段落したので、これからは貧民街を回ろうと思うんです」
「なるほど、ついでに僕の仕事ぶりも見るわけですね」
「ええ。人々を救済のために貧民街を回ることはしているのですが、今回のような調査は初めてなので参考にさせてもらいますよ」
「僕がどの程度できるのか確認するんじゃないんですか?」
「まさか! 前にも言いましたが、私はこういう仕事は今回初めてなんです。知らないことばかりですからむしろ教えを請う側ですよ」
明るく真正面から言い返されたユウは面食らった。何か駆け引きがあるのかと一瞬身構えたがそういうことでもないらしい。
純粋に知らないことを教わりたいと伝えられたユウはそれならばとうなずく。
「わかりました。僕もこういった仕事は初めてですから、わからないところは教え合いましょう」
「そうですね。では、早速貧民街を回りましょうか」
「はい。で、貧民街のどの辺りを見て回りますか?」
「うーん。そうですねぇ、とりあえず、いつも巡っている場所をぐるりと一回りしましょう。その上でユウの話を色々と聞いて変更していきます」
方針が決まったユウとオーウェンは城外神殿から出発して貧民街の巡回を始めた。今回はオーウェンが先導して狭い路地を進んで行く。
先を歩くオーウェンの背中を見ながらユウは初めて入る路地の周りに顔を巡らせた。似たような風景は知っているが、知らない場所というだけでとても新鮮に見える。
「オーウェンさん、いつも巡っているってさっき言いましたけど、どうして巡回しているんですか?」
「城外神殿まで来ることのできない人のところへ寄るためですよ。みんなが元気よく外を歩き回れるわけではないので。それに、個人的にこっそりと相談したいことがある人もいいますから」
「動けない人のためですか」
「そうです。とは言っても、病気で動けない人ばかりではなく、働き過ぎて疲れ果てた人や家族の面倒を見るので精一杯の人もいいますよ」
振り返って説明してくれたオーウェンにユウは半ば呆然とした表情を見せた。その間に故郷のことを思い出す。冒険者として身を立てた町の貧民街でも同じ話はあったし、生まれ育った村でもそんな人たちはいた。
ここではそんな人たちにも手を差し伸べてくれる人がいると知ってユウは少しここの住民が羨ましくなる。もちろん貧しい生活はごめんだが、助けてくれそうな人がいると知っているだけでも精神的には楽だ。
老職員や冒険者からはここで活動する城外神殿の思惑について少し聞いたことがあるが、それを差し引いてもオーウェンたちは必要な存在だと知る。
「オーウェン様じゃないですか。またいつもの巡回ですか?」
「今日は見回りなんですよ。相談はまた次の機会に」
「おお、あんたはアグリム神の人だったな。聞いてくれよ、うちのカカァが酒を止めろっていいやがるんだ。オレの楽しみはあれだけだっつーのに」
「それは前にもお話したじゃないですか。飲み過ぎなければいいんですよ」
「いやけどなぁ、飲み始めるとどのくらい飲んだかなんていちいち」
「おやっさん、オーウェン様は今忙しいんだから今度にしなさいよ」
2人が歩いているとオーウェンは次々と周りの貧民に声をかけられた。挨拶を交わすだけでなく、中には話を持ちかけてくる人もいる。
話しかけてくる人々の表情を見ながら、城外神殿の信者という身分は冒険者は自分と随分違うことを実感した。もちろん前から何となくは頭で理解していたのだが、その違いを目の当たりにすると嫌が応にも思い知る。
見回りという名の調査はその後も続いた。ユウは自分の知らない貧民街を見せてもらう。どこに行ってもオーウェンは人々に声をかけられていた。
貧民街の南部を一通り巡って城外神殿の裏側に戻って来たのは昼下がりだ。ユウの予想以上に声をかけられたせいで歩みが遅くなったのである。
「はぁ、やっと終わりましたね。いつもあんな感じなんですか?」
「皆さんの救済をするときは丸1日かかりますよ。今日はお話を断っていたので早く戻ってくることができました」
「これで早いんですか。僕は城外神殿の信者になれそうにありませんね」
「人とのお話を楽しめるのでしたら適職なんでしょうけどね。それで、今回の巡回はどうでしたか?」
「オーウェンさんと僕は一緒に歩き回らない方が良いというのがわかりました」
「それはまたどうして?」
「調査をするときなんですけれども、目立たないように調べないといけないときもあるんですよ。でも、今回みたいにいつも人が寄ってきていたらそんなことができなくなってしまいます」
「確かにそれは、そうですね。ということは、私は調査をするのに向いていないですか」
「いえ、オーウェンさんは貧民のみんなに好かれていますから、聞けば無条件で色々と教えてくれると思います。そういう意味では、僕はとても真似できません」
「なるほど。でしたら、救済のときに皆さんからお話を聞けば良いかもしれませんね」
「むしろそっちの方がいいでしょう。貧民街の様子を心配しながら聞けば、知っていることを教えてくれると思います」
「そうですか。わかりました。では、私は今後そのようにして皆さんから話を聞きましょう。それで、ユウはどうするのですか?」
「僕は僕で貧民街の中を調べます。オーウェンさんのようにみんなが話してくれることはないですが、そのかわり人がしゃべってくれなさそうなことを裏から調べますよ」
「お互いの役割を分けるわけですね。それは良い考えだと思います」
「ということで、今後は別々に行動しましょう」
ユウの話を聞いて納得したオーウェンが笑顔でうなずいた。しかし、すぐに首を傾げてユウへと問いかけてくる。
「ところで、連絡は毎日するべきでしょうか?」
「そこまでしなくても良いと思いますよ。例えば、通常は週に1度夕方にここで落ち合って集めた情報を交換して、何か重大なことがすぐに連絡するとかにすれば良いんじゃないですか」
「頻繁に会うと周りに怪しまれてしまうこともありますからね。それではそうしましょうか」
今後の接触の仕方について取り決めたユウとオーウェンは現時点で知っていることについて教え合った。その結果、今のところ知っていることに大きな差異がないことを確認する。その後、話すべきことをすべて終えた2人はその場で別れた。
今は昼下がり、仕事を切り上げるにはまだ早い時間である。とりあえず空腹を満たしてから貧民街を見て回ることをユウは決めた。
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