部屋の契約と独り身
貧民街の子供に砂糖菓子を配った翌日、ユウは日の出と共に起きた。ハリソンは既に起きていて
寝台から立ち上がって背伸びをしたユウはその姿に首を傾げた。そのまま疑問を口にする。
「おはよう、ハリソン。
「そうなんだよ。これからキャロルのパーティと合流するんだ」
「え?
「いや、今日から試しに一緒に入ることになったんだよ。ユウが言ってくれた通り、昨晩いつもの酒場でキャロルと会って話し合った結果なんだ。これでうまくいくなら本採用してくれるとな」
「それは知らなかったな。まぁ、昨日は僕が先に寝ちゃってたから仕方ないんだけど。でも、とりあえず話はうまく進んでいるんだね」
「ユウのおかげだよ。オレの知り合いの方はさっぱりだったからな」
「うわ、それは大変だったね。これで決まると良いんだけど」
「まったくだ」
希望が見えてきたことからハリソンが笑顔を浮かべていた。例の原っぱでパーティ探しは避けたいと前から発言していただけに必死なのはユウもよく知っている。
前途が明るくなってきたハリソンを見て安心していたユウだったが、ふとしたことを思い出した。幾分か顔を真面目なものにして問いかける。
「そうだ。明後日にはこの2人部屋の契約が切れるけど、それまでに
「そうか、部屋の更新の件があったな。2日後か。今日か明日にわかればいいんだが」
「キャロルに判断を急いでもらうわけにもいかないしなぁ」
「さすがにこんな理由で急かせるのはな。もし試用期間が長引きそうだったらどうする?」
「当面は1週間ごとの更新に切り替えたらどうかな。さすがにこれ以上お試しが長引くことはないと思うんだ」
「オレもそう思う」
「もしキャロルに採用されたら、部屋もそっちの宿に移るんだよね?」
「そうなるだろうな。個室か6人部屋になるかはわからないが、もうここじゃないだろう」
「だったら契約期間は刻んだ方がいいかな」
「そのときは頼んだ。それじゃ、そろそろ行ってくる」
当面の話が終わったハリソンが話を切り上げて部屋を出て行った。
1人になった部屋でユウは寝台に座って考える。この町にやって来てから色々とパーティを移ってきたが、ついに1人に戻ってしまいそうだ。当初とは違って稼ぐ手段や伝手はあるのでそこまで困っていないが、どうにも安定しないのが悩みの種である。
他の元メンバーを見ているとみんなうまくやっているように見えた。それに対してユウは再び1人だ。巡り合わせが悪いと言ってしまえばそれまでだが良くない傾向である。
何とも先が不安になってしまう話だが、なってしまったものは仕方がない。当面はハリソンに幸運が訪れることを祈りつつ、ユウは自分にも良い巡り合わせがあることを願った。
三の刻の鐘が鳴る頃になるとユウは修練場で代行役人であるティモシーに会った。求められたとおり昨日貧民街とその近辺を回った結果を報告する。
「こんな感じです。今日も同じことをするのなら、時間や場所をずらして同じことをしようと思います」
「子供を使って話を聞くとはうまいことをするな。その子供が話を聞きたがるお前のことを他の奴に話す可能性を考えおくように。その上でなら続けても良い」
「確かにそうですよね。僕のことも誰かに話されるかもしれないんだ」
「それと、同じ場所で繰り返して餌付けしていると他の子供も寄ってきて騒ぎになる可能性がある。そうなると周りの大人に怪しまれるから気を付けるようにな」
「僕もそれは考えています」
「ならばいい。今日も貧民街全体を見て回るように」
話した内容については直接触れられることなくユウの報告は終わった。ティモシーから日当を受け取って今日も同じことを繰り返す。
今日は最初に貧民の市場へと寄ると砂糖菓子を買い、貧民街の西部へと向かった。貧民の工房街をさらりと見て回ってから更に西へと進む。
南部よりもましとはいえ西部もやはり貧民街だ。ぱっと見たところそう大きな違いはない。ただ、周囲の汚れや周辺の臭いがわずかにましなような気がする程度である。他に違いがあるとすれば、往来する貧民の身なりが南部の住民より多少ましというくらいだ。
では子供はというと、こちらは何も変わらない。街中で騒いで駆け回っている。
なのでユウが砂糖菓子をちらつかせるとすぐになびいた。貧民の市場で売っている怪しいものだが、それでも貧民の子たちにとっては贅沢な嗜好品なのだ。周辺の子供がユウの元へと寄ってくる。後は昨日と同じように砂糖菓子を与えながら話をすれば良い。
「へぇ、ということは、この辺りにはおかしくなった人はいないんだ」
「そうだぜ! あんな変な薬に手を出すヤツなんて南側のヤツらだけだって!」
「あいつらビンボーだからなぁ」
与えた砂糖菓子を舐めながら子供たちがこの辺りに幸福薬は広がっていないことを伝えてきた。ついでに自分たち西側の住民の方が南側よりもましだということも主張してくる。
ともかく、同じ貧民街でも西側はまだ幸福薬が広まっていないことが窺えた。ティモシーがうまくいかない冒険者や貧民が手を出していると言っていたが、それがどの程度なのかがうっすらとわかってくる。
その後もユウは貧民街の各地を回って見聞きした。昼食は貧民の市場の屋台を利用し、夕食は貧民の歓楽街の安酒場を回る。そうして1日が終わった。
翌朝、ユウは日の出と共に寝台から起き上がった。背伸びをしてから立ち上がると出発の準備をしているハリソンを見かける。
「ハリソン、おはよう」
「起きたか。ユウ、話しておきたいことがあるんだ。昨日、
「そうなの!? おめでとう! 1日で結果が出るなんてさすがだね」
「これもオレの実力さ、と言いたいところなんだが、あんまり喜べる理由じゃないんだ」
「どうしたの?」
「実は昨日、パーティの仲間が罠の解除に失敗して怪我をしたんだよ。それで、オレが後を引き継いで罠の確認と解除をしたのを評価されたんだ」
「確かにそれは素直に喜べないなぁ」
「そうなんだよ。でも、オレがなくてはならない存在だってのはわかってもらえたのは嬉しい」
「受け入れてもらえたことには変わりないんだから良かったじゃない」
「そうだな。これからは
「キャロルにボビーにハリソン、本当だね。やりやすいんじゃないかな」
自分の荷物が置いてある机に近づいたユウが鎧を着込んでいる最中のハリソンを眺めた。微妙に喜べないハリソンが複雑な笑みを浮かべている。
「それで、ここはいつ出て行くの?」
「契約は明日までなんだったな。だったら明日出て行くことにする」
「それじゃこの部屋は解約していいんだね」
「頼む」
しっかりとうなずいたハリソンを見たユウは承知した。これでついに1人が確定する。
支度のできたハリソンが部屋から出て行った後、ユウは1階の受付カウンターに向かった。そのままいつものように座っている女宿主のアラーナに声をかける。
「おはようございます、アラーナさん。部屋について相談があるんです」
「あの部屋を更新するのかい?」
「いえ、今の2人部屋を解約して、僕が個室を借りたいんです」
「おやまぁ。最初は4人、次は2人、そして最後は1人かい。あんたのいたところって、どんどん細切れになっちまうねぇ」
「ええ、まぁ。それで、個室は明日から借りたいんですけど空いていますか?」
「空いてるよ。どのくらい借りたいんだい?」
アラーナに尋ねられたユウはすぐに返答しなかった。しばらくその場で考える。
今までは仲間の都合などを考えて判断していたが、これからは自分のことだけを考えれば良い。今やっている冒険者ギルドの仕事がいつまで続くのかを予想してから返答する。
「1週間でお願いします」
「銅貨5枚と鉄貨60枚だね。期間も短いし、今回は値引きには応じないよ」
「わかりました。明日部屋を移りますね」
「好きにしておくれ。代金は今支払ってくれるのかい?」
「明日にします」
「だったら鍵を渡すのも明日でいいね」
「はい」
「それにしても、2ヵ月前までは6人部屋が空いてないか聞いていたところがねぇ。冒険者ってのは移り変わりが随分と激しいじゃないか」
呆れているの哀れんでいるのかわからない表情を向けられたユウが曖昧に笑った。それについては同じように思っているので返す言葉がない。
話が終わったユウは別れの挨拶をしてから宿を出る。今日も強い日差しの中、ゆっくり修練場へと向かった。
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