市場の串屋にて

 休養日の夕方はユウにとって模擬戦の時間だ。アントンたち4人を相手に木の棒で相手をする。以前ならまったく相手にならなかったが最近はかなりましになってきた。それでもまだ余裕で相手取れる程度だが。


 そんな模擬戦が終わると全員で貧民の市場にあるいつもの串屋『肉汁のたれ串』へと向かう。正体不明の肉が若干怪しいがなかなか旨い串肉なのだ。


 代金と交換で店主から串を1本もらったユウはすぐにかぶりつく。今やすっかりいつもの味となった肉と肉汁が口の中に広がった。


 周りにいる仲間五人も同じように手にした串にかぶりついている。特にバイロンの勢いが結構なものだ。ドルーの倍の速さで食べている。


 そんな仲間たちの話題は魔窟ダンジョンと稽古の話が中心だ。最近は色々と手応えを感じることが多くなっているようなので話が弾んでいる。


「ドルー、最近オレの動きについて来られるようになってきたんじゃねぇの?」


「アントンの動きが段々わかるようになってきたんだよね。とりあえず近くの敵の所に寄っていくでしょ。これがわかってからは合わせやすくなったんだよね」


「オレってそんなにわかりやすいか?」


「だって、アントンって癖を隠そうとしないでしょ? それじゃわかりやすいよね」


 ドルーの冷静な指摘を受けたアントンが微妙な表情を浮かべた。ある意味単純だと言われているので安心して背中を預けられるのに素直に喜べない。


「バイロン、最近魔物に反撃することが多くなったんじゃないかい?」


「どうやって動けばいいのかだんだんわかってきたから。まだ怖いんだけどねぇ」


「もっと積極的に戦ってもいいぞ。危なくなったら俺が助けるからさ」


「そのときは頼むよ、コリー」


 食べる合間にしゃべるといった様子のバイロンがしきりに口を動かしながらうなずいた。串入れに空の串を入れて2本目を買う。


 その様子を見ていたハリソンが口の中の肉を飲み込んだ。それから目だけをユウに向けて話しかける。


「とりあえず何とかなってきたと思うが、ユウはあいつらに足りない物はなんだと思う?」


「何と言っても装備だね。やっぱり出現品待ちっていうのは効率が悪いと思う。品質の低い鎧でさえまだ全員分ないし、剣と盾もだましだまし使っている状態だから危なっかしいよ」


「それはなぁ。とはいえ、質の悪い鎧でも銅貨100枚以上だからな。今の稼ぎじゃ厳しいだろう」


「もしかしたら、ちょっと成長が早すぎたのかもしれないね」


「どういうことだ?」


「普通はもっとゆっくり成長するものだから、お金の貯まり方もゆっくりで間に合うんだ。けど、あの4人は1ヵ月くらいでもう2階に手が届くところまで来ているでしょ」


「そういえば、オレが魔窟ダンジョンに入ってから2階に上がるのに半年くらいはかかってたな」


「効率良く成長しすぎたからお金が貯まりにくかったんだよ。これは僕も最近気付いたことなんだけどね」


「人を育てるってのは難しいもんだな」


「で、罠と地図の方はどうなっているの?」


「コリーの方はあんなもんだろう。後は経験を積むだけだ。バイロンとドルーについては、ドルーの方がまだ辛抱強いな」


「独り立ちするまでに決まりそうなの?」


「そのときに決めてしまおうと思ってるんだ。バイロンにももうちょい練習させておきたいんでな。描けるようになって損はないから」


 話し終えたハリソンが串肉にかぶりついた。旨そうに口を動かす。


 ユウも同じように肉を囓った。それから何気なく周囲を見ると路地の南側から見知った人物が近づいてくるのに気付く。


「あれ、ルーサー?」


「ユウじゃない、久しぶり!」


 声をかけられてユウに気付いたルーサーが笑顔で近寄ってきた。それからユウの周囲にいる者たちへと目を向ける。


「もしかして、新しい仲間?」


「ああ、そんな感じなんだ。こっちはハリソン、1ヵ月くらい前まで一緒にいたパーティのメンバーなんだ。それで、こっちはアントン、バイロン、コリー、ドルーの4人で1ヵ月前から魔窟ダンジョンに入り始めた新人なんだよ」


「そうなんだ。オレも半年前くらいに入ったばかりだから、そんなに変わらないなぁ」


「みんな、こっちは黄金の発泡酒ゴールデンエールのリーダーのルーサーだよ。僕がこの町に来て最初に組んだ冒険者なんだ。なんかもう随分と昔のように思えるなぁ」


 ユウの紹介が終わるとそれぞれがルーサーと話し始めた。初めてユウが組んだ相手ということや、魔窟ダンジョンに入って半年程度、パーティのリーダー、それに同じ貧民街出身など興味が尽きないようで、特にアントンたち4人と話題が弾む。


「すっげぇ! ルーサーってもう2階で稼いでんのか! どうやって1階東側の大部屋を突破したんだ?」


「オレの場合は6人いたから、当時は2人ペア3組で戦ったかな。大体1人4匹を相手にするだけで良かったから、それで何とかなったんだ」


「あー、オレたち4人だから参考にならねぇなぁ」


「確かに、4人はきついよな」


 話題はどうしても今現在取り組んでいることに偏りがちだ。アントンを中心に話し込む。


 その様子を見ていたハリソンがユウに顔を向けた少し顔を近づけてから口を開く。


「前に聞いた話から、もっとやんちゃな感じだと思ってたんだけどな」


「僕と別れてから落ち着いたみたいなんだよ。パーティのリーダーだからね」


「なるほどな、その立場になってから成長したのか」


 話を聞いたハリソンが感心したように小さな声を上げた。それから少し冷めた串肉を串から1つ抜き取る。


 しばらくユウとハリソンがルーサーを中心とした5人の様子を見ていた。すると、話題が途切れたのを機にルーサーが近寄ってくる。


「ここでユウを見かけたときは珍しいって思ったけど、あの4人の修行に付き合ってたんだね。もしかして、そういうことが好きなの?」


「いや、別にそういうわけじゃないよ。ほとんど成り行きでこうなっただけだから。それより、ルーサーはどうしてここにいるの?」


「家に帰ってたんだ。ちょっと確かめたいことがあったから。ところで、みんなその串肉食べてるけどおいしいの?」


「旨いぞ! 兄さんも1本どうだい。鉄貨10枚だ!」


 横から声をかけられたルーサーが驚いて屋台へと振り向いた。愛想の良い店主が笑顔を向けてきている。微妙な笑顔でユウにうなずかれると代金を差し出す。


「まいど! 旨いぞ!」


「ん、確かに味はいいけどちょっと不思議だな。おっちゃん、これ何の肉使ってるの?」


「いろんな肉だよ。大丈夫、ワシも毎日食ってるから安心していいぞ! 毒味は完璧だ!」


「まぁここじゃこんなもんか」


 かつて同じ言葉を聞いて引いたユウとは違い、ルーサーは大して驚きもせずに食べ続けた。貧民の市場でそんなことを気にしていたら何も買えない。


 ある程度串肉を食べるとルーサーはユウに向き直る。


「そうだ、ユウは最近この市場辺りで変な薬が出回ってのを知ってる?」


「変な薬? 薬屋で売ってるような水薬とか?」


「その様子だと知らないようだね。オレもついこの間聞いたばっかりなんだけど、幸福薬っていう粉薬がこの市場近辺で広がってるらしいんだ」


「おう、その話、知ってるぜ。パオメラ教の御利益で生きながらに天国を感じられるってヤツだよな!」


 串屋の店主が再び横から口を挟んできた。今度は串を売りつけるときのような愛想笑いではなく、いささか真剣な表情だ。


 目を大きく開けたユウが店主に問いかける。


「おじさん、知ってるんですか?」


「客が話をしてるのを聞いたって程度だけどな。パオメラ教は最近おかしな噂をよく聞くし、なんか変なことになってんのかねぇ」


「生きながら天国を感じるって、どんな感じなんだろう?」


「さぁね。すっげぇ幸せになれるそうなんだが、薬が切れると地獄に落ちたみたいになるってぇ聞いたな」


「落差がすごいですね。とても幸福だとは思えないな」


「ワシもそう思うぜ」


 首を傾げるユウに串屋の店主が何度もうなずいた。それからやって来た客に対応する。


 残り少ない串肉を囓りながらユウはルーサーに顔を向けた。口を動かしていると話しかけられる。


「オレが聞いた話だと、質屋と買取屋あたりで売られてるそうなんだ。だから、家族や仲間にあの辺には寄るなって注意しに戻ってたんだよ」


「あの辺りが危ないんだ」


「ホント最近の話らしいから、知らないヤツもまだ多い。ユウも仲間に教えておいた方がいいよ。知らずに引っかかるなんてバカらしいし」


「なるほど、ありがとう。そうするよ」


「それじゃ、オレはもう行くよ。またな」


 空になった串を串入れに放り込んだルーサーが軽く手を振って串屋から離れた。その姿はすぐに雑踏の中へと消える。


 その後、ユウは仲間といつもの雑談に戻った。話題も雰囲気も明るくなる。しかし、先程の薬の話が妙に引っかかった。

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