一歩ずつ着実に

 新しい月になった。だからといって気候が大きく変わるわけではないが、夏の最盛期が過ぎたような気分になる者が多い。実際、前月より暑さは幾分かましになっている。それでもまだ充分に厳しいが。


 現在ユウとハリソンの下で修行中のアントンたち4人は魔窟ダンジョンの西側で活動している。2階の部屋と通路で金を稼ぎ、1階の大部屋で腕を磨いているのだ。今では10匹以上を相手にしても戦えるようになっていた。


 とある大部屋での戦いが終わった後、ハリソンが4人を見ながらユウに話しかける。


「だいぶ様になってきたな。大部屋でも壁際に寄らなくても戦えてる」


魔窟ダンジョンに入って1ヵ月なら、なかなかの成長なんじゃないかな」


「となると、後は東の犬鬼コボルトの大部屋か。いけると思うか?」


「4人で勝てるかどうかという意味でなら無理だよ。ただ、そろそろ経験させる時期ではあると思う」


「まぁ確かにな。だったら1度挑戦させるか?」


「僕たちが中心に入って、なおかつ壁際で戦うのなら良いと思う。それでも最初は逃げないといけないかもしれないけど。そうだ、今思い出したんだけど、あの4人の陣形はどうするの? 今って2人組のままで戦わせているけど」


「ちょっと迷ってるんだよな。4人の陣形は自分たちで考えさせた方がいいかもしれんと。というのも、さっきの戦いでも4人で連係して戦えてるように見えただろう? あのまま本人らに任せようかとも思ってるんだ」


「そうだね。何でもかんでも教えてもらうのはどうかと思う。確かに4人で戦えつつあるならその方向で戦った方が良いよ。そうなると、東側の大部屋にこのまま行くの?」


「そうなるな」


「だったら、そろそろ僕の役目も終わりだね。大体その辺りまでという約束だったし」


「思い出した。そうだったな。ということは、オレもそろそろか」


 魔石を拾っているアントンたち4人を眺めながらユウはハリソンと話し続けた。路頭に迷いそうだったところに降って湧いた話だったが、いざやってみるとこれがなかなか興味深い体験となる。完全に教える側に立つというのはこれが初めてだったのだ。


 とりあえず先月中の間という当初の目論見は崩れたが、それでも終わりが近いとわかっているので不満はない。


 ただ、目下この指導役を止めたとしても今のところ当てがないのが問題だ。知り合いの6人未満のパーティに参加できれば糊口はしのげるだろうが、根本的な解決にはなっていない。相変わらず原っぱが目の前にちらついている。


 どうしようかとユウが考えているとアントンたちが魔石を拾い終わって戻って来た。今日も元気いっぱいだ。


 そんな4人に対してハリソンが声をかける。


「お前ら、次に行く前に言っておくことがある。最近のお前ら4人はだいぶ力を付けてきてる。ここ、魔窟ダンジョン1階の西側の大部屋も既に当たり前のように勝てるようになった。非常にいいことだ。そこで、いよいよ東側の大部屋にも挑戦させようと考えてるが、どうだ?」


「マジで!? そこ突破できたらついに2階に上がれるのか?」


「落ち着け、アントン。1回だけ突破しただけじゃダメだぞ。ここみたいに当たり前のように勝てるようになってからだ」


「でも、東側の大部屋で勝てるようになったら、たくさん稼げるようになるんだよねぇ?」


「その通りだ、バイロン。腹一杯食ってもおつりがくるくらいにな」


 希望に満ちた2人の質問にハリソンは笑顔で答えた。実際に2階で荒稼ぎした経験があるだけに断言する。しかし、伝えるべきことはそれだけではなかった。表情を引き締めてから告げる。


「それと、これは先に言っておこう。お前らが初めて魔窟ダンジョンに入ってからずっとユウと共に指導してきたが、それももうすぐ終わりだ。具体的には、東側の大部屋で6人で戦ってとりあえず勝てるようになったときだな」


「えー、ちゃんと大部屋で勝てるようになるまでだと思ってたのに。中途半端だね?」


「ドルー、気持ちはわかるが、これはあえてそうしているんだ。今まで教えてきた基礎的なことは極端な話、いずれ誰でもできるようになることだ。だからこそ、先に教えて回り道する時間を短縮させた。しかし、2階では常に自分たちで考えて行動しないといけない。1階の東側の大部屋を自力で突破するのは、その最初の試練なんだよ。だから、ここだけは自分たちだけで苦労するんだ。そして、突破したとき、初めてお前たちはオレたちと対等になれる」


「そこまで言われたらやるしかない。必ず突破してやるさ」


 修行がもうすぐ終わるということを聞かされた4人の反応は様々だった。期待や不安などさまざまな感情が顔に表れている。しかし、誰も悲観はしていない。


 やる気を見せた4人を見ていたユウはふと気になったことがあった。近くにいたアントンへと声をかける。


「アントン、パーティについて聞きたいことがあるんだけど」


「な、なんだよ?」


「2階に上がってもずっと4人でやっていくつもりなの? それともいずれ6人に増やすのかな?」


「え? あー、どうかな。今はまだ自分たちのことだけしか考えられないから、先のことは考えてないよ。でも、どうしてそんなことを聞くんだ?」


「もし3階を目指しているんだったら、早めに6人パーティにしておいた方が良いよ。少し前までそれで苦労していたから」


「そうか。考えておくぜ。でも、まずは4人で2階を回って稼ぐところからかな」


 以前と違ってややぎこちないやり取りではあるが、ユウもアントンも普通に会話ができた。これでもましになった方なので、元通りになるにはもう少し時間がかかるだろう。


 4人の様子を見ていたハリソンは大きくうなずいた。それから宣言する。


「では、これから東側に移って大部屋に挑戦する。最初は勝つことすら難しいが、まずは慣れるところからだな。ユウからは何かあるか?」


「東側の大部屋は犬鬼コボルトが20匹以上出てくるから注意してね。たまに駆け出しのパーティが初めてあそこへ入って死んじゃうことがあるから」


 これは冒険者ギルドの受付係との雑談で知ったことだ。貧民出身の新人たちが早く稼ぎたいと焦ってしまうため、毎年何件か発生する事故ということだった。


 いつもより多少表情が引き締まったアントンたち4人を見たハリソンが出発の号令をかける。ユウを先頭に魔窟ダンジョンの西側から東側へと移った。


 他の冒険者の姿が見えなくなった頃、ユウがこれから先は4人が先頭に立つよう指示する。以後は大部屋まで魔物を倒しながら進んだ。


 そうしてようやく東側の大部屋の手前までやって来る。ユウが地図をしまい、剣と盾を両手に持った。ハリソンも同じように戦う用意をして自分の前に立つ4人に声をかける。


「アントン、バイロン、コリー、ドルー、初めて西側の大部屋に入ったときのことを思い出せ。あのときと同じように、オレとユウが扉の前で戦い、お前たちはその左右の壁際で2人ペアで戦え。そして、危ないと思ったら迷わずこっちの通路に逃げるんだぞ」


「わかったぜ!」


「うう、こわいなぁ」


「やれる、俺ならやれるさ」


「緊張するね」


 声をかけられた4人は緊張しつつも全員がうなずいた。油断していない点は評価できるとユウもハリソンもわずかに安堵の表情を浮かべる。


 全員の準備が整った。それを確認するとハリソンが4人に声をかける。


「中に入る。20匹以上いるから油断するな」


 号令がかかると共に先頭のアントンとドルーが扉を開けて中に入った。そして、扉の左側へと移る。次いで入ったコリーとバイロンは右側だ。最後に中へ入ったユウとハリソンは扉の真正面へと数歩進む。扉はいつでも逃げられるように開けっぱなしだ。


 大部屋の中央に固まっていた犬鬼コボルトの群れがユウたち6人に気付いた。すぐにひどい鳴き声を上げながら走ってくる。小鬼ゴブリンよりも速い。


 こうしてアントンたち4人の最後の修行が始まった。




 結論から述べると、ユウたち6人は事実上部屋の攻略を失敗した。途中でアントンたち4人が耐えきれずに1度通路へと逃げたのだ。2倍近い魔物の数と小鬼ゴブリンよりも素早い犬鬼コボルトに翻弄されたのが敗因である。


 それでも大きな怪我がなかったのは幸いだ。体が充分に動かせるのならば再挑戦できる。半分ほど減らしたところで逃げた4人は通路で体勢を整えて再び部屋に入り、今度こそ魔物をすべて倒した。10匹程度ならば何とかなる。


 改めて4人の課題点が浮き彫りになった。2人組が2つとばらばらに戦っていては勝てないことにも気付く。ならばどうするべきかと4人全員で考えるがすぐに答えは出てこない。


 しかし、それでもアントンたち4人は確実に成長していた。以後、自分たちだけで考えて動くようになっていく。


 ユウとハリソンの目論見通り、4人が独立する日は近かった。

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