重なる噂
収入は相変わらず雀の涙だった。9月に入って赤字ではなくなったものの、ほぼ稼いだ金がそのまま出ていくというその日暮らし状態だ。ある意味冒険者らしいが良い状態ではない。しかし、目下ユウを悩ませているのは日々の糧ではなかった。
悩みの1つはアントンたちの修行後だ。
もう1つの悩みはパオメラ教に対する噂である。ユウには無関係なので放っておいても問題ないのだが、城外神殿と買取屋のときに信者とわずかながらにも繋がりができたので気になるのだ。ネイサンたちが真面目に炊き出しをしている姿を思い出すと、あの薬の噂はどうにも腹立たしく思えてしまう。
そんな悶々としたものを抱えながらユウは今日もウィンストンの稽古を受けていた。
まだまだ強い日差しを受けながら
「はぁ、はぁ、きついなぁ」
「今教えたことを覚えておけ。そうすりゃ
「わかり、ました。ふぅ」
「まだ日差しもきついからな。少し休憩するか」
徐々に狭くなっている建物の日陰に寄ってユウとウィンストンが座った。どちらも一息つく。
「ユウ、お前さんが教えてるっていう駆け出しの4人はどんな感じなんだ?」
「そろそろ僕たちの手から離れます。大体1ヵ月くらいかかりましたけど、大変でしたね」
「ほう、お前さんも教える側の苦労がわかるようになったか」
「仲間の手伝いをしただけですけどね。自分で責任を持って育てるってなるともっと大変なんだろうなとは思いますよ」
「もう少し歳を取ったら嫌でもそっち側になるんだ。今のうちに知っておけたのはいいことだぞ」
「そうなんですけど、ただ、成長の割に装備が調ってなくて、その辺りが不安なんです。速く成長させすぎたのかなってもう1人の仲間とも話していました」
「そのくらいは自分たちでどうにかすることだな。お前さんとその仲間が気にすることじゃねぇよ。それに、無茶なことをしなけりゃそのうち何とかなる」
足の半ばを日差しに晒したウィンストンが手で顔の汗を拭った。顔は修練場へと向けたままで利用している冒険者たちの動きを眺めている。
一方のユウも同じように修練場へと顔を向けていた。そのまま不安を口にする。
「でも、あの4人が独り立ちした後、
「なんかあったのか?」
尋ねられたユウは先月あったクラン
「
「それまでに大変なことが起きそうに思えるんですよ」
「そりゃ可能性はあるわな。しかし、そんな先のことを考えたってしょうがねぇだろ。大体そんなことを言ったら、お前さんだって遺跡の転移魔方陣でここまで飛ばされるような目に遭ってるじゃねぇか」
「あーうん、まぁそれは」
「育ててる間の責任を持ってやるのは大切だが、手を離れた後はそこまで心配してやる必要はない。うまくやれることを祈ってやればいい」
「なるほど」
「子離れできねぇ親みたいにゃなっちゃいけねぇよ」
話し終えたウィンストンがユウに笑顔を向けた。今度はユウの顔が苦笑いになる。
「それにしても前から不思議だったんですが、
「普通は買い叩かれるな。だから馴染みの店を作るんだ。すると、いいモンを拾ったときには買い叩かれるが、それ以外のときは多少イロを付けてもらえるようになる」
「そういうことなんだ」
「何か気になることでもあるのか?」
「さっき話した
「そういうのと取り引きする連中もいるさ。
「ああそういえば、そんな話を聞いたことがあったなぁ」
「なんだ、知ってたのか」
「そのときの話に出てきただけで、馴染みの店だとは思わなかったんですよ」
酒の席での話をほとんど忘れていたユウは再び聞かされた店名から記憶を引っ張り出した。すると、他の話も思い出す。
「あ、城外神殿に良くない噂が立ってるのはウィンストンさんも知っていますよね」
「知ってる。買取屋と癒着してるっていう話だろ」
「はい。で、この前たまたま宿に帰るときに貧民街を通ったら、買取屋のランドンが灰色のローブを着た誰かと話をしているところを見たんですよ。それで、その誰かの後を追いかけていくと西門から町の中に入っていったんです」
「お前さん、現場を見たのか」
「噂だとお金のやり取りがあるそうですけど、僕は話をしているところしか見ていません」
「それは、城外神殿の連中には話したのか?」
「はい。最初はこんな噂話があるということだけを伝えたんですけど、その帰りに実際に現場を見ちゃいましたから慌てて引き返して話しました」
「そうかぁ、頭を抱えてただろうなぁ」
「おとなしそうな人なのにものすごい顔をされたのを見て驚きましたよ」
「あっちはあっちで大変だな」
首を横に振ったウィンストンがゆっくりと立ち上がった。それから大きく背伸びをする。
少し遅れてユウも立ち上がった。それからウィンストンに顔を向ける。
「ああそれと、最近またパオメラ教の悪い噂を貧民の市場で聞きましたよ」
「今のとは別の話でか?」
「はい。何でも、パオメラ教の御利益で生きながらに天国を感じられるらしい薬が出回っているそうです」
「なんだそりゃ?」
「幸福薬っていうそうですよ。僕は知り合いから聞いたんですけど、よく食べに行く串屋の店主も別の冒険者が話をしていたのを聞いてたそうです」
「ちょっと待て、その話を詳しく聞かせてくれるか」
難しい顔をしたウィンストンがユウに向き直った。
妙に強い圧を感じながらもユウは串屋で聞いたことを話す。それほど多くのことを知っているわけではなかったが、先日見聞きしたことはすべてウィンストンに伝える。
聞き終えたウィンストンは頭を抱えた。絞り出すような声を漏らす。
「マジか。どこのバカだ、そんなモンを売ってるヤツは」
「質屋とか買取屋辺りらしいです。どこまで本当かはわからないですけど」
「冒険者がその話をしてたってことは、冒険者の間にも広がってるってことじゃねぇか。こりゃ無視できねぇぞ」
「もしかして、ウィンストンさんが自分で調べるんですか?」
「上から命令されたらそりゃ調べるが、無視できねぇのは儂じゃなくて冒険者ギルドの方だ。そんな怪しい薬をウチの関係者に売りつけるようなバカをギルドが放っておけるわけがねぇ」
「もしかして、もっと早く伝えた方が良かったですか?」
「過ぎたことはもういい。それに、お前さんが教えてくれなきゃ、知るのがもっと遅くなってただろうさ。だから気にしなくてもいいぞ」
頭を掻きながら顔をしかめるウィンストンがユウに慰めの言葉を伝えた。しかし、それきり黙って考え込む。
てっきりこのまま稽古を再開するものだと思っていたユウは落ち着かなかった。それでもウィンストンが次の言葉を発するまで待つ。
「今日の稽古は中止だな。それどころじゃなくなっちまった」
「そうですか。それじゃ僕は帰った方がいいですね」
「いや、ちょっと待った。お前さんも来てくれ」
「え? 僕に何かできることってあるんですか?」
「とりあえず、今儂に話したことをこれから会うヤツにもう1回説明してくれ。恐らく相手の方もお前さんから話を聞きたがるだろうからな」
「その会う相手って誰なんですか?」
「代行役人だ」
告げられたその単語を聞いたユウは目を見開いた。貧民街の治安維持と租税徴収を行う者が代行役人だが、この者たちを好きな者は1人もいないと言って良い。治安維持と称して暴力を振るい、租税徴収の名目で金品を巻き上げるからだ。なので、進んで会いたがる者はいない。
かつて一緒に仕事をしたことがあるユウも再び会いたいとは思わない者たちだ。顔に表情が出たのだろう、ウィンストンが小さく首を横に振る。しばらく何も答えない。
やがて諦めたかのように大きなため息をついたユウはゆっくりとうなずいた。
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