漁り屋の現場(後)

 漁り屋スカベンジャーが仕事をしている場所に出くわしたユウたちは、エディーたちと死んだ冒険者の仲間4人の諍いに巻き込まれた。アントンが義憤から引き下がろうとしない中、ジェフが立ち去るのなら見逃すとハリソンに提案する。


 どう見ても手詰まりになったようにしか見えない状態だったが、ユウはとある可能性に気付いた。博打の要素が高いものの、失敗したときのことを考えればハリソンからは言えないことだ。それに伝手という面から見ても仕掛けられるのはユウしかいない。


 ハリソンが手にかけた剣を抜こうとする直前にユウは口を開く。


「ハリソン、これってどうやっても勝てなさそうだから退いた方がいいよ」


「ユウ?」


「冷静にお互いを見たらわかるでしょ。相手は12人でこっちは最大でも10人、更に実力面でもアントンたち4人はまだ駆け出しだから力不足だし。勝てないっていうのはわかるでしょ」


「ユウ、お前何言ってんだ!」


 振り返ったアントンが顔を怒らせて叫んだ。ハリソンと4人の男たちは困惑したままで、ジェフとエディーは興味深そうに目を向けている。


 仲間の怒りを無視したユウはジェフに向き直った。ちらりと4人の男たちに目を向けてから話しかける。


「僕たちはここを立ち去りますけど、その前に1つ渡してほしいものがあるんです」


「なんだ? 言って見ろ」


「そこの死んだ冒険者の証明板を譲ってもらえませんか」


「あれか。何に使うんだ」


「それはもちろん冒険者ギルドに報告するためです。魔窟ダンジョンで何かあったら報告するのは冒険者の務めでしょう?」


 話を聞いたジェフはわずかに表情を硬くした。すぐには返事がない。


 その様子を見たユウは内心でやはりと確信した。方針の方向性は間違っていない。更に言葉を重ねる。


「さっきそこのエディーっていう人が言っていましたけど、そちらは魔窟ダンジョンの暗黙の了解に則って仕事をしているんですよね?」


「そうだ。俺たちの仕事は色々と人から言われやすいからな。そこはきちんと守っている」


「ボクも冒険者の務めを果たしたいんです。この魔窟ダンジョンで稼ぐ者としてね。でないと、何かあったときに冒険者ギルドに駆け込んでも何もしてもらえないでしょう。ですから、そちらの主張を尊重しますので、僕の主張も尊重してもらえませんか?」


 会話を聞いている周囲の反応は様々だ。アントンたち4人は失望の色を顔に浮かべ、ハリソンは眉を寄せ、4人の男たちは表情を強ばらせる。一方、エディーは目を丸くしたのちににやにやと笑い出し、ジェフの表情も柔らかくなった。


 わずかに沈黙が訪れた通路内だったが、やや明るくなったジェフの声が響く。


「いいだろう。エディー、証明板を持ってるのなら渡してやれ」


「へへ、わかりました。おい、渡してやれ」


「ありがとう」


「ユウ、お前、見損なったぞ! そんな連中の肩を持つなんて!」


「ユウと言ったか。それは俺たちの仲間の証明板だ。返してくれ」


 アントンからは罵声が、男たちの代表者らしき人物からは抗議の声が上がった。しかし、ユウはそれらの声を無視してエディーの仲間に近づいて証明板2枚を受け取る。


 証明板を手にしたユウはハリソンのそばに戻って来た。そこで声をかけられる。


「ユウ、お前本当に引き下がるつもりか?」


「他に方法があるなら教えてほしいんだけど」


「それは」


 逆に問いかけられたハリソンは言葉に詰まった。あれば発言するなり実行している。


 振り返ったユウは再びジェフに顔を向けた。そうして穏やかな表情のまま話しかける。


「話し合いで解決できるっていうのは素晴らしいですよね。争うより余程」


「そうだな。いつもこうだといいんだが、色々と誤解されてままならないときも多い」


「それは大変ですね。これからも頑張ってください。それと、1つ気になることがあるんですが、聞いてもいいですか?」


「答えられることなら構わんよ」


漁り屋スカベンジャーと呼ばれている皆さんって、最近仕事がやりにくくありませんか?」


「なに?」


 機嫌が良くなりつつあったジェフの顔が怪訝なものに変わった。質問の意図が読めない。


 相手の様子に構わずユウが話し続ける。


「いえね、先月まで冒険者殺しの事件がいくつも起きていましたから、真っ先に疑われていたんじゃないかなって思いまして」


「確かにそれはあるな。まったく面倒なことだ。こっちは常識に則って仕事をしているというのに、ポッと出のバカが余計なことをしてくれたせいで俺たちまで肩身の狭い思いをしている。迷惑な話だ」


「町の中の人が起こしたそうですね。それで雇われた冒険者たちが3階だけでなく、2階でもやるようになって先月のようになったとか」


「なかなか詳しいじゃないか」


「ええ、ちょうど先月その魔窟ダンジョンの捜査に協力していましたから」


「なんだと?」


 会話相手であるジェフだけでなく、その場にいた全員が目を見開いた。7月まで続いた冒険者殺しの事件については噂が色々と広まっている。最終的には冒険者ギルドが自ら乗り出して解決したということになっているが、それに協力者がいたという話はまったくなかった。


 その協力者が目の前にいることが明らかになるとこの場の力関係に影響を及ぼす。ジェフとエディーの側にかすかな動揺が走った。一方、アントンたち4人と4人の男たちも目を見開く。いくらか事情を知っているハリソンだけが最も冷静だった。


 建前として、冒険者は魔窟ダンジョンで発生した問題を冒険者ギルドに報告するよう求められている。しかし、実際には拾った死亡者の証明板の提出など一部以外はほとんど報告されていない。どうせ何もしてくれないからだ。


 もちろん冒険者ギルド側にも言い分はある。不確定な話に毎回動いていたら職員の数がとても足りないのだ。だからこそ、魔窟ダンジョン内の暗黙の了解というものがある。そのため、余程大きな問題でない限りは動かないのだ。


 今目の前で起きている騒動は客観的に見て珍しいことではない。なので、報告を受けた冒険者ギルドが動く可能性はまずなかった。ジェフとエディーは明らかにそれを見越している。


 しかし、それは一般的な冒険者が報告したらという前提条件での話だ。冒険者ギルドと特別な関係にある人物が報告した場合、あの組織がどう動くのか予測ができなくなる。


 問題なのはユウが今どの程度冒険者ギルドと関係があるかだ。調査に協力したのは先月までなのか先月だけなのか、それとも今も続いているのか。また、どの職員と繋がっているのかも重要だ。もし幹部職員だった場合は冒険者ギルドが動く可能性が高い。


 更にまだある。ユウがわざわざこの話を持ち出したという点だ。先月の事件は既に幕引きがなされたが、まだあの事件は皆の記憶にも生々しく残っている。つまり、漁り屋スカベンジャーの立場は依然悪いままなのだ。そこへ、何らかの関係がある人物から証拠付きで報告を受けたとしたら冒険者ギルドはどう動くだろうか。


 ジェフの目が見開いた。一気に顔が強ばる。致命的な失敗を犯したことに気付く。


「ふん、やるじゃないか」


「何のことですか?」


「取り引きはまだできると思っていいのか?」


「話し合いで解決するって重要なことですからね」


「条件は?」


「遺品をあの人たちに返してあげてください」


「こっちはどうやってお前のことを信用したらいい?」


「盗った物をそちらが返したら、僕はこの証明板をあの4人の人たちに返します。そうしたら、僕は冒険者ギルドに報告する件がなくなりますよ」


 穏やかな笑みを浮かべるユウがジェフに伝えた。すると、ジェフは大きくため息をついて剣を鞘にしまう。


「エディー、俺たちはここには来なかった、いいな?」


「ええ!? あんなヤツの言うことを聞くんスか!?」


「証明板を渡した時点で勝負はついたんだ。今回は引き上げるしかない。それとも、本気で冒険者ギルドとやり合うつもりか?」


「うっ」


 言葉に詰まったエディーが下を向いた。悔しそうに体を震わせる。もう1度ジェフから促されると、本当に仕方なさそうに仲間へ剥ぎ取った物を捨てるよう指示した。


 ジェフとエディーが死体から剥ぎ取った物を手放したことを見届けると、ユウは4人の中で代表者らしき男に近づく。


「ユウです。初めまして。これはお返しします」


輝く盾シャイニングシールドのリーダー、サイラスだ。ありがとう。本当に何て言ったらいいか」


 相手から礼を述べられたユウはうなずくとジェフへと向き直った。そうして告げる。


「これでお互い約束を果たしましたよね」


「そうだな。取り引きは穏便に済ませるべきだ。行くぞ」


 踵を返したジェフが歩き始めるとエディーたちもそれに従った。12人が北の扉の向こうへと去ると静寂が訪れる。しばらく誰も口を開く者はいない。


 ようやく肩の荷が下りたユウは大きなため息をついて全身の力を抜いた。

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