城外神殿の噂(前)

 パーティ単位で部屋を借りるようになって以来、ユウは毎朝走り込みと鍛錬を続けている。一の刻の鐘で起き、鍛錬をしてから走り込み、そして二度寝するのだ。最近は体が柔らかくなったこともあって体が軽くなったように感じている。


 そんなユウは最近休養日になると二の刻の鐘ではなく日の出と共に起きていた。魔窟ダンジョンに入る日ではないので、徐々に遅くなりつつある日の出の時間に合わせているのだ。


 2人部屋には寝台が1つしかないのでハリソンと共用しているが、二度寝の後の起床は毎回先にハリソンが起きている。この日も既に起きて朝食である干し肉を食べていた。


 寝台の上で起き上がって背伸びをしたユウがハリソンに声をかける。


「おはよう。それを食べたら出て行くんだ」


「そうだ。あいつらの稽古があるからな」


「アントン大丈夫かなぁ。あれ以来元気ないけど」


「マシにはなってきている。完全に立ち直るのももうすぐなんじゃないのか」


 干し肉を噛みながらハリソンが答えた。あまり気にしていないようだ。


 魔窟ダンジョンでジェフとエディーの2人と対峙してユウが言葉だけで相手をやり込めたことにアントンが最も衝撃を受けていた。以来、以前のような元気さがなりを潜めているのだ。


 あの4人の精神的な問題はハリソンに任せているのでユウは一歩退いて眺めているだけだが、早く元に戻って欲しいと願っている。


 朝食を終えたハリソンが部屋を出て行った後、ユウは外に出る支度を済ませて寝台で横になった。以前ほどではなくなってきているものの、まだまだ暑い日は続いているので日の出後はじわりと汗が出てくる。


 それでもうとうととしていたユウは三の刻の鐘を耳にして起き上がった。鍵を持って部屋を出る。戸締まりをしてアラーナに鍵を渡してから宿を出発した。


 向かう場所は冒険者ギルド城外支所の裏にある修練場だ。今日もウィンストンの稽古を受けるのである。休養日の関係上、4日に1回が3日に1回へと変化したが、ウィンストンは承知してくれて現在に至っていた。


 今のユウは稽古で武器の扱い方を習っている。ナイフやダガーの稽古が一通り済むと、ユウの要求に合わせて扱う武器の講習をしてくれるのだ。厳しく痛い稽古だが得るものは大きい。


短剣ショートソードについてはこんなもんだな。次はどうする?」


「うーん、長剣ロングソードだと今教えてもらったのが活かせそうだなぁ」


「重なる部分が多いから、あんま教えることがねぇな。この前は槌矛メイスだったし、思い切って槍斧ハルバードなんてのはどうだ?」


「それだったらまず槍から習いますよ。第一あれ、重いですし」


「だったら次は槍だな。これも教わったことはあるのか?」


「一応はあります。けど、打撃武器の好きな人たちでしたから、あんまり突っ込んだことは教わっていませんよ」


「わかった。だったらちょっと取ってきてやる。待ってろ」


 冒険者ギルド城外支所の建物の中にウィンストンが姿を消すと、ユウは建物の壁にもたれた。すっかり汗だくになっているのでそよ風の当たる日陰が気持ち良い。


 しばらくするとウィンストンが建物の中から出てきた。手には短槍と同じくらいの長さである棒が2本握られている。


「ユウ、持ってきてやったぞ」


「ありがとうございます」


「少し休憩するか。最近はすぐ疲れてなかなか回復しやがらねぇんだよな」


「なんか全然平気そうに見えるんですけど」


「何でもねぇってように取り繕うのはうまいんだよ。戦うときに必要だったからな」


 にかっと笑ったウィンストンが地面に座って壁にもたれた。ユウも同じように座ると話を振ってくる。


「お前さん、今月から駆け出しの冒険者の面倒を見ているんだったよな。あれって今どんな調子なんだ?」


「悪くないですよ。4人いるんですけど、まっすぐな性格だったり、食いしん坊だったり、器用な子だったり、慎重な性格だったり、色々います」


「そんだけばらばらだと教えるのも大変だろう」


「苦労しているのは僕よりもハリソンですね。今月初めまで同じパーティのメンバーだったんですけど、そのハリソンが主に面倒を見ているんです。僕はその手伝いなんですよ」


「なるほどな。例えばどんなことをしてるんだ?」


魔窟ダンジョンで4人が戦うのを支援したり助言したり、あとは休みの日に模擬戦の相手もしてますよ」


「そうかぁ。なんだ結構やってんじゃねぇか。儂が教えてたことも叩き込んでんのか?」


「まだそこまで行ってませんよ」


「はは、そうか。これからか」


 そよ風を受けながらウィンストンが笑った。厳つい顔だが目は優しげである。


 次第に体から汗が引いてきたユウは濡れた髪の毛を右手で掻いた。それから話題を少し変える。


「僕も貧民街で育ったんで知っていたつもりだったんですけど、やっぱりまだわからないことってありましたね」


「例えばどんなことだ?」


「少し前にハリソンが後輩4人連れて貧民の市場のお店を回ったんですよ。僕も一緒について行ったんですけど、お店の人がみんな凄かったですね。たくましいっていうか」


「あの市場の店か。最近は行ってねぇが、ロクでもねぇだろ。どいつもこいつもガメついしよ。まぁ、あそこじゃあのくらいでねぇとやっていけねぇんだが」


「売り物の質が低いのは仕方ないにしても、扱いがちょっとひどいところが多いんですよ。錆びたり傷んだりしているものを平気で棚に置いていたり扱い方が雑だったり」


「やって来る客も客だしな。それに我慢できねぇヤツが貧民の工房街に行くんだよ」


「そうなんでしょうね。ただ、中には悪いことをしている人もいるって聞いたんですけど、それがちょっと」


「あそこの連中があくどいことをしたり危ない橋を渡ったりして儲けようとするのは毎度のことだぞ。そういうことじゃねぇのか?」


「あーうん、まぁそうなんですけど、なんか、城外神殿っていうところが買取屋と組んで儲けているって聞いたことがあるんです」


 言いにくそうに返答したユウを見るウィンストンが眉をひそめた。わずかに黙った後、問いかける。


「誰から聞いたんだ?」


「元仲間の冒険者です。この前酒場でたまたま出会って、それで飲んだときに」


「酒の席か。噂話としてなんだな?」


「そうですよ。しゃべっていた本人も人から聞いたそうですけど。ウィンストンさんも知っているんですか?」


「さすがにな。あんまり触れないようにしちゃいるが」


「あの噂って本当なんですか?」


「わかんねぇ。宗教絡みはこじれると面倒だから触っちゃいねぇんだよ」


「冒険者ギルドも動いていないんですか? 確かギルドって町の外を管理しているんですよね?」


「管理っつっても税を取って回るのが主な仕事だからな。一応治安も任されちゃいるが。それに、あの城外神殿はこっちの管轄外だ。何しろ本体は町の中にあるからな」


「えぇ? そうだったんですか。でもそうだとしたら、仮に噂が本当だとしても何もできないですよね」


「町の中の連中を動かせばあるいはだが、そもそも証拠がないうちは動きようがねぇよ。更に言うと、動くとしたらこれは代行役人の管轄だ。儂が口出ししていいことじゃねぇ」


 面倒そうな表情を浮かべたウィンストンが首を横に振った。


 その様子を見ていたユウは首を傾げる。


「でも、こんな良くない噂を放っておいたら自分たちの首が絞まるだけなんですから、神殿の人たちも何かしているのかなぁ」


「どうだろうな。儂がこの噂を聞いたのは最近だから、案外まだ耳に入ってねぇのかもしれねぇ。ユウはいつ聞いた?」


「10日くらい前だったと思います」


「そうか。だったら、これから大いに広まる可能性があるわけだな。ま、こっちは様子を見るしかできねぇんだが」


「炊き出しとか良いことをしているって聞いていたんですけどね、城外神殿って」


「確かに今じゃ貧民街になくてはならない存在だな。志の高い連中がやってるとは聞いていたが、組織がでかくなるとそれだけ変なヤツも混じるんだろ」


「嫌な話ですね」


「まったくだな。どこもおんなじだ」


 そこで一旦話が途切れた。


 更に高く上がっていく太陽からの日差しは強くなる一方だ。日陰さえも少しずつ浸食していく。そよ風が少し強くなった。


 立ち上がったウィンストンがユウに声をかける。


「それじゃ始めようか。四の刻の鐘が鳴るまで続けるぞ」


「太陽に雲がかかってくれないかなぁ」


「この天気じゃ期待できねぇな。諦めろ」


 あっさりと希望を切り捨てられたユウはゆっくりと立ち上がった。汗はすっかり引いていたが、日向で日差しが突き刺さると再びにじみ出してくる。服がわずかに重い。


 与えられた棒を持ってウィンストンと対峙した。あちらは疲れたそぶりも見せない。


 指示されるとおり棒を持って構えたユウが腰を落とす。汗で湿った髪の毛はそよ風では動かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る