漁り屋の現場(中)
死体漁りの現場に出くわしたユウたち一行は
通路内には緊張感漂う沈黙が支配していた。場の流れがどう動くかまったくわからないのでうかつに発言できない。ユウとハリソンも黙ったままエディーたちと途中から入ってきた男たちの様子を見守る。
すると、先程から仲間の死を悼んでいた男がエディーに向き直った。強ばった表情のまま口を開く。
「ヴィンスとブルーノは俺の仲間だ。2階で落とし穴から2人だけ落ちたから、急いで駆けつけてきたところなんだ。仲間の遺品を返してくれ」
「
「原則として、だろう。つまり絶対じゃない」
「だからどうしたってんだ。冒険者同士の争いは当事者で解決するのが原則って決まりもあるんだぜ?」
「返してはくれないのか」
「こっちも仕事でやってんだ。はいそうですかって簡単に返せるわけがねぇ。メシが食えなくなっちまうだろ」
「ここの
「稼ぎ方をテメェに指図される謂われなんぞねぇんだよ。さっさと消えろ」
硬い表情の男をエディーは威嚇した。男とその仲間3人が一気に剣呑な雰囲気を
「お、やるか? やんのか? こっちは6人いるんだぜ? 2階の罠にかかるような間抜け4人がオレたちに勝てるとでも思ってんのか?」
「お前! 仲間を馬鹿にするのか!」
「落とし穴に落ちたんだから事実だろ。何怒ってんだ。バカじゃねぇの? ははは!」
馬鹿にしきった顔でエディーが笑うと仲間を失った男たち4人は一斉に剣を抜いた。同時にエディーもすぐにその場から退いて剣を抜く。
「あーあ、せっかく話し合いで穏便に片付けようとしたのによぉ、先に剣を抜いちまうなんてなぁ。こりゃ身を守るためにオレたちも抜かないとなぁ!」
「あれだけ人の仲間を馬鹿にしておいて、よくも!」
「オレたちはあくまでも最後まで先に剣を抜かなかったぜ。短気はよくねぇよなぁ」
端から見ると屁理屈にしか聞こえないエディーの言い分を耳にして、ユウは以前元仲間と飲んだときの話を思い出した。状況証拠は揃っていても決定的な証拠は残さない。恐らくこの剣を先に抜かせたのも正当防衛を主張するためのものなのだろうと推測した。
しかし、わからないこともある。聞いた話だと襲うのは負傷している冒険者だけだった。それに、こんな無傷の冒険者4人と戦えばいくら勝てたとしても無事では済まない。
アントンたち4人の背後にいたユウは隣の険しい顔のハリソンに小声で囁かれる。
「まずいな。何かあるぞ」
「何かって?」
「わからん。けど、あいつらは普段2パーティで行動してるはずなのに、ここにはエディーたちしかいない。だから挑発に乗るのはまずいんだ」
同じ酒の席で聞いたことのある話を耳打ちされてユウは目を見開いた。そういえば、初めてエディーとジェフに会ったときも2パーティだったことを思い出す。
しかし、そんなことなど知ったことではないと叫ぶ者がいた。アントンである。
「エディー! お前さっきからむちゃくちゃなことばっかり言いやがって! 盗ったモン返してやれよ!」
「ガキの寝言なんざイチイチ聞いてられるかよ、バーカ」
「なんだと!」
「おい、アントン、剣を抜くな!」
ハリソンが声を上げたがアントンは剣を抜いた。つられてバイロン、コリー、ドルーも剣と盾を構える。ハリソンが顔に手を当てた。
それを見たエディーが笑う。
「ハッ、バカなヤツ。ま、テメェは鬱陶しかったからな。ここで始末しちまうのもアリか」
「なんだと! 死ぬのはお前だ」
「威勢がいいのも今のうちだ」
尚も余裕の表情をたたえるエディーが剣を構え直したとき、通路の北側の扉が開いた。そこから長めの茶髪を束ね曖昧な笑みを浮かべた男が5人の男を引き連れて入ってくる。
「また随分と派手にやっているな、エディー」
「ジェフさん! いやぁ、こいつら仕事の邪魔をした上に、話し合いで解決しようとしたオレたちの誠意を踏みにじって襲いかかろうとしてるんスよ!」
「それはひどい話だな。俺も助太刀しよう。仲間を見捨てるわけにはいかんしな」
「ハハッ、ジェフさんも戦ってくれるってんなら、こんな連中楽勝っスよ!」
「戦った後の後片付けが面倒だが、それも仕事のうちか」
余裕の態度を崩さずに後から来たジェフたち6人は武器を抜いた。まるで最初から筋書きが決まっていたかのような流れである。ジェフたちに驚きの1つも感じられない。
目の前のやり取りを見たユウは最初からこうするつもりだったことに気付いた。少なくとも後からやって来た4人の男たちは予定通りかあるいは想定通りだったのだろう。エディの言葉からアントンたち4人が加わったのは予想外だったのかもしれないが、それでも余裕を崩さないのは何とか出来るという自信の表れなのかと推測する。
これで通路に4パーティ22人が集まり、更に20人が剣を抜くという異常事態が完成した。もはや戦いが始まるのも秒読みという雰囲気である。
非常にまずい事態になったことにユウは焦った。隣のハリソンを見ても険しい表情を浮かべて固まっている。無傷で切り抜ける方法を思い付くことがまったくできなかった。
一触即発状態の中で尚も余裕な態度のジェフがハリソンに声をかける。
「なんだ、お前は剣を抜いていないのか」
「だからどうした?」
「敵対しないというのなら、見逃してやってもいいぞ」
「なんだと?」
「俺たちはあくまでも自分の身を守るために剣を抜いたのだからな。刃向かってこない者は相手にしない。エディー、ハリソンとあの黒髪のガキは最初から武器を抜いていなかったか?」
「え? あ、はいっス」
「だったら、お前たち2人はすぐにここから立ち去れ。巻き添えを食っても責任は知らんぞ」
鷹揚に言ってのけたジェフを睨みながらハリソンが歯ぎしりをした。体を震わせてじっとしている。
一方、ユウは意外な提案を聞いて目を見開いた。生き証人など面倒なので、この場にいる者は全員殺すのではと思っていたのだ。今の言葉から、暗黙の了解と先程の猿芝居で何とかできると思っていることがわかる。いや、今まで実際に何とかやってきたので大丈夫だと確信しているのだ。だからこそ、言いふらされる危険を冒すよりも、戦う相手の人数を減らしたいのだろうと推測する。
そこまで考えてユウは内心で首を
ここでようやく
そうなると、これを打破するにはどうすれば良いのか。
これといった名案は未だに思い浮かばない。しかし、このまま放っておくと仲間が殺されてしまう。迷っている間にも状況は動いていた。
尚も動かないハリソンにジェフが話しかける。
「ああ、仲間を放っておけないから動けないんだな。だったら、そこの4人も見逃してやっていいぞ」
「なっ」
「まだ襲われたわけではないしな。剣を収めてここから消えるというのなら見逃してやる。これならお前も立ち去りやすいだろう」
「ハッ、どうせ大したモンは持ってなさそうだしな」
「なんだと! オレは絶対逃げないぞ!」
相手を小馬鹿にするような顔のエディーと目の前の敵を睨むアントンが反応した。どちらも表情が一層深まる。
そんな周囲の言葉をジェフは無視した。相変わらず余裕の表情でハリソンを見続ける。
動けないハリソンの表情はより険しくなった。この中で技量の劣るアントンたち4人が戦えば死ぬのは間違いない。しかし、剣を収めて立ち去ったとしても、無実の冒険者を見捨てたという負い目を背負うことになる。どちらにしても厳しい選択だ。
完全に手詰まりになったように見える状態でユウは尚もどうするべきか考えていた。そのとき、ふと頭によぎる。非常にあやふやで不完全なことだ。見当違いの可能性もある。それでも今はこの方法しか思い付かない。
焦るユウはその可能性に賭けることにした。
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