収入に見合ったもの

 8月も半ばを過ぎた。日の出と日の入りの時間から少しずつ日照時間が短くなってきていることはユウも理解しているが、だからといって昼間の暑さを慰めることはできない。多少では夏の暑さはしのげないのである。


 ただ、日中の大半を魔窟ダンジョンで過ごせているのは幸運だった。何しろ魔窟ダンジョンの中は熱すぎも寒すぎもしないのだ。夏場は涼を求めて中に入る者すらいる。気候という点ではそれほど安定しているのだ。


 現在のアントンたち4人はユウとハリソンの指導の下、2人で組んで魔物と戦っている。まだぎこちないが組み始めた頃よりはましになっていた。


 今も犬鬼コボルト相手に2人ずつに別れて戦っている。平均すると3匹ずつ戦うことになるわけだが、場合によっては片方に偏ることもあった。


 この件についてユウとハリソンはそのまま戦わせている。理由は簡単で、いつも自分たちの都合で戦えるわけではないからだ。負担が軽いときもあれば重いとこもある。こういう差異は戦闘での常識を学ばせるのも重要なことだった。


 戦い方については徐々にその特徴がはっきりと現れている。


 アントンは積極的に攻撃する戦い方に進んでいた。敵を倒すということについては勘が働くようで、隙があればすかさず剣を差し込もうとする。ただし、その分だけ隙が大きくなっていた。


 その隙を埋めるのがドルーだ。そもそも性格として敵を攻撃するということが得意ではないことがわかってからは、徹底的に守りを固める方針に舵を切った。攻撃はあくまでも牽制程度だ。そのかわり、アントンを守ることを重視し、魔物をアントンの前に誘導する技術をハリソンから教わっている。


 バイロンは普段守りを固め、相手の隙を窺って反撃するという戦い方をしていた。守り重視という意味ではドルーと同じだが、独力で敵を倒すことも目指している。そのため、相手の体勢を崩す戦い方をユウから教わっていた。


 最後にコリーだが、文字通り臨機応変に戦っていた。攻守ともに優れており4人の中では最も模範的な戦い方をしている。また、バイロンを軸に動き回り、敵に狙いを定めさせないよう戦っていた。


 このように4人が成長してくのに合わせてユウとハリソンも適宜助言を与えていく。手応えを感じられることもあってその指導には熱が入った。


 とある部屋で戦いが終わった後、休憩しているユウにハリソンが近づいてくる。


「ユウ、ちょっと相談があるんだが、いいか?」


「何かな?」


「あの4人をそろそろ大部屋に連れて行こうと考えてるんだが、どう思う?」


「連れて行くとしたら1階西側の方だよね?」


「ああ。さすがに東側はまだ無理だ。けど、西側の方はそろそろ行けそうな気がする」


 水袋を口につけながらユウは考えた。今のアントンたち4人は犬鬼コボルト6匹なら相手に出来るようになってきている。戦っているのを見ていても安定感があった。1階西側の大部屋となると小鬼ゴブリンが大体10匹から15匹現れる。1人頭2匹以上4匹以下だ。


 小首をかしげながらユウが返答する。


「僕たちも一緒に戦うっていうのなら賛成かな。今の4人だと15匹くらい出てきたらちょっと危ないと思う。常に10匹程度だったらあの4人だけでも戦わせて良いと思うけど」


「少し微妙だがそんなところか。あと、壁に寄って戦うことを教えてもいいと思うな」


「あ、それは良いと思う。その戦い方だったらぎりぎり4人だけでも、あーいやでも、アントンは絶対前に出すぎるよね」


「まぁな。ただ、オレたちがいるなら大部屋に入っても大丈夫だということでいいか?」


「そうだね。最初のうちはそれで良いと思う」


 今後の方針が決まるとハリソンはユウから離れてアントンたちに近づいた。4人の目の前で立ち止まると口を開く。


「お前ら、最近かなり2人組での戦い方もうまくなってきたな。そこで、今日はこれから魔窟ダンジョンの西側に行って大部屋に挑戦する」


「マジか! ついに大部屋かよ! やったぜ!」


「アントン落ち着け。大部屋にいる魔物の数はいつもよりもずっと多い。いくら上達してきているお前らでも少し荷が重いのは確かだ。そこで、オレとユウのペアも一緒に戦う」


「それは安心だねぇ」


「ふ、もう勝ったも同然じゃないか。楽勝さ」


「でもやっぱりちょっと不安だね」


 コリーの楽観論が若干気になるものの、悪くない反応にユウは安心した。不安がる意見が多いなら止めようと思っていたのだ。


 休憩が終わるとユウの先導で6人は魔窟ダンジョンの西側へと移動した。ほとんど人が来ない場所までやって来ると魔物のいる大部屋を目指す。


 大部屋の手前の通路までやって来た一行は扉の前で立ち止まった。そこで振り返ったハリソンがアントンたち4人に告げる。


「今から大部屋に入る。オレとユウが最初に入るから、お前らは後に続け。それとアントンとドルーはオレたちの右側、コリーとバイロンは左側に陣取れ、いいな」


「よっしゃいいぜ、任せろ!」


「う~ん、緊張するねぇ」


「まぁ、この6人なら何とかなるだろうさ」


「できるだけボクの所には来ないでほしいんだけどね」


 4人の様子を見ていたユウは全員が何となく緊張しているように見えた。口で言うほどには甘く見てはいないらしい。ハリソンへと顔を向けると見られていたのでうなずく。扉に手をかけたハリソンがそれを押して開けると中に入ったので続いた。


 今回は今までとは違って、監督役のユウとハリソンも同時に戦う。そのため、特に戦い始めた当初はどうしても4人へとの配慮が途切れがちになることが確実だ。この時間を短くするためにも先導役の2人はなるべく早く魔物を倒さないといけない。目標は1人2匹か3匹だ。


 大部屋に入ったユウとハリソンは扉の前から少し進んで陣取った。アントン組はその右側、コリー組はその左側だ。どちらも壁を背にしている。


 室内の中央に固まっていた小鬼ゴブリンの群れは一斉に突っ込んで来た。陣形も何もない。獲物は早い者順と言わんばかりの突進である。


 その真正面にいたユウとハリソンが最初にぶつかった。後続の小鬼ゴブリンはそこから左右に広がる。


「あああ!」


 目の前の小鬼ゴブリンに対してユウは短剣ショートソードを突き出した。錆びたナイフを持っていた相手はそれを振り回していたがまったく届かず、首筋を斬りつけられて倒れる。次いで正面と左から新たに1匹ずつ突っ込んで来た。盾で左の1匹のダガーを防ぎながら目の前の棍棒を剣で受け流す。


 その2匹を手早く倒してユウは隣のハリソンへと顔を向けた。床に転がっている魔石が2つ目に入る。


 次いで背後のコリーとバイロンへと振り返った。バイロンは壁を背にするという堅実な戦い方をしている。一方、コリーはそのバイロンと戦う小鬼ゴブリンをたまに背後から襲っていた。もちろん自分が相手をしている魔物もいるのでほぼ一瞬だ。しかし、斬りつけられた方はそれで混乱して動きが止まる。そこをバイロンが反撃するのだ。


 器用な戦い方をしているコリーにユウが感心していると悲鳴が耳を打った。そちらへと顔を向けるとドルーが壁にもたれて顔をしかめている。ハリソンがそちらへと駆けていた。


 ユウは一瞬動きを止めたコリーとバイロンに声をかける。


「止まるな! 動け! 敵はまだいるぞ!」


 再び動き始めた2人を見て安心したユウは次いでアントンへと顔を向ける。慌ててドルーの元へと駆けている。離れた位置にいたようだ。


 ユウはそのアントンを追いかける小鬼ゴブリンめがけて突っ込み、1匹倒した。ドルーの周囲にはもう魔物はいない。


 その後、コリーとバイロンも相手をしていた小鬼ゴブリンをすべて倒して戦いは終わった。全員がドルーの元へと集まる。


 負傷したドルーの様子を見ると右の二の腕を斬りつけられていた。傷口を押さえたドルーの顔は青い。


 反射的に背嚢はいのうを下ろしたユウがドルーの前にひざまづく。しかし、背後から肩を押さえられた。驚いて振り向くとハリソンが首を横に振っている。


「ユウ、こいつらにやらせてやってくれ」


「え? あ、うん」


「お前ら、誰でもいいからドルーを治療してやるんだ。ユウ、こっちへ来てくれ」


 再び立ち上がったユウはハリソンと共に4人から少し離れた場所に移った。そして、真剣なそれでいて少し申し訳なさそうな顔を向けられる。


「これからあいつらが怪我をしても、できるだけあいつらに治療をさせてやってくれ」


「それはいいけど、治療に慣れさせるため?」


「それもある。けど他にも、ユウの使う薬はあいつらにとっちゃ高価なんだ。稼げない今それに慣れるのは良くない。稼いでからならいいんだが」


「ああ、なるほど」


 似たような話を前に聞いたことがあることをユウは思いだした。それが別れる理由の1つになったこともだ。


 目を見開いたユウは少ししてからハリソンにうなずく。価値観の違いはよく出るものだと改めて強く感じた。

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