大人の仲間入り
次の休養日がやって来た。宿屋『大鷲の宿り木亭』の4人部屋の契約が切れる日だ。今日中に2人部屋へと移らないといけない。
二の刻の鐘が鳴る頃にユウとハリソンは起きた。寝台から立ち上がったユウがつぶやく。
「贅沢な日々もこれで終わりかぁ。短かったなぁ」
「寝台を独り占めなんて早々できないからな。いい経験だったよ」
数日前にケネスとジュードが去ったため、2つの寝台を1人ずつ使っていたのだ。遠慮することなく眠れたので当然気分は良い。
いつものように外へ出る支度を済ませるとユウは机の下に置いていた麻袋3つを取り出した。背負った
「ハリソン、鍵を閉めてくれるかな」
「もうここは使わないから締めなくてもいいだろう」
いつもの癖で声をかけたユウは恥ずかしがった。そのまま荷物を持って外に出る。
2人揃うと1階の受付カウンターまで降りてハリソンが部屋の鍵をカウンターに置いた。その間にユウが女宿主のアラーナに声をかける。
「おはようございます。2人部屋に移りたいんで鍵をください」
「これだよ。部屋は3階の西の奥。中はもうきれいにしてあるから、そのまま使えるよ」
鍵をハリソンに受け取ってもらったユウは再び階段を登った。指定された部屋に入ると4人部屋を半分にしたくらいの大きさで狭い。2人用の木製寝台が1台、採光用の窓の脇に木製の机と丸椅子が1つずつあるだけの簡素な部屋である。
「大きさ以外は4人部屋と同じだね」
「宿なんだからこんなものだろう。逆にまったく違っても困るだけだ」
「僕、机の下にまた荷物を置くね」
「構わない。オレはどうせ使わないからな。さて、寝台はまた2人で共用か」
荷物を片付け、鎧などの装備を体から外しながら2人は言葉を交わした。そうして、まずはハリソンが、次いで三の刻の鐘が鳴る頃にユウが宿を出る。
宿の部屋を変えたという以外でこの日は夕方までいつも通りだった。ユウはウィンストンの稽古を受け、裁縫工房の洗濯労働をこなし、そしてアントンたち4人と模擬戦をする。
やるべきことをすべて終えたユウとハリソン、それにアントンたち4人は貧民の市場の串屋に向かった。ちなみにこの串屋、店名は『肉汁のたれ串』である。
1本目の串を食べ終えたユウが2本目の串にかぶりついた頃、ちょうどアントンたち4人の話題が変わった。ハリソンと共にその話を聞く。
「しっかし、オレたちもようやく冒険者らしくなってきたんだし、街でもなんかそれらしいことをしたいよなぁ」
「お腹いっぱいご飯を食べるとか?」
「お前食うことばっかじゃねぇか、バイロン。たまにはそこから離れたらどうなんだよ」
「だってお腹空いてるし」
「立て続けに3本も食っといてまだ空いてんのか」
「いらないんだったらアントンのも食べてあげるよ」
「いらねーよ! 自分で買ったもんくらいちゃんと自分で食うわ!」
目を剥いて叫んだアントンが自分の串肉にかぶりついた。物欲しそうな目を向けるバイロンから隠すように背を向ける。
隣でその様子を見ていたドルーが不思議そうに首を傾けた。口の中の肉を飲み込んでからつぶやく。
「冒険者らしいことかぁ。どんなことをしたら冒険者らしいんだろうね? う~ん、思い付かないなぁ。コリーはわかる?」
「歓楽街で酒を飲んで騒いでるのがぱっと思い付くかな。まぁあんなものだろうさ」
「それだぜ!」
隣で悠然と食べているコリーの言葉にアントンが反応した。食べ終わった油まみれの串をコリーに突きつける。
「酒を飲みに行こうぜ! ジョッキに注がれたエールをこう、ぐっと飲むんだ!」
「エールかぁ。みんなおいしそうに飲むよねぇ。きっとおいしいんだろうなぁ」
「そうだぜ、バイロン! 旨いに決まってる! コリーもドリーもみんなでな!」
「まぁ、俺たちももう大人だし、そろそろ飲んでみるのも悪くないだろうさ」
「エールっていくらするんだろうね?」
盛り上がる輪の中でドルーが首を傾げた。そのままハリソンへと顔を向ける。貧民の歓楽街で酒を飲んだことのないユウも目を向けた。
返答を求められたハリソンが残り少ない肉の刺さる串少し揺らしながら口を開く。
「隣の歓楽街だったら、1杯鉄貨20枚だったはずだな。薄いエールだっら10枚になる」
「ハリソン、薄いエールって普段飲んでる水のことでいいんだよね?」
「そうだぞ。エールは薄めてないから値段が高いんだ」
食べながら確認してくるドルーにハリソンがうなずいた。いつの間にか他の3人も顔を向けて聞いている。
冒険者の歓楽街よりも少し安いその値段を聞いたユウはかつて入った食堂のことを思い出した。恐らくそれ相当なのだろうなと理解する。
「お前ら、そんなに酒が飲みたいのか?」
「飲みたい! ハリソンの知ってる店に連れてってくれよ!」
「ユウ、お前はどうする?」
「付き合ってもいいよ。これでお腹が膨れているから1杯くらいしか飲めないけど」
「それじゃみんなで行こうぜ!」
「お前が仕切るんじゃない」
両手を挙げて喜ぶアントンにハリソンは呆れた。しかし、注意してもまったく効果がない。なので諦めて串肉を囓った。
全員が串肉を食べ終わるとハリソンを先頭に東へ向かって市場を突っ切った。屋台や露店が並ぶ場所から小さくぼろい店に変わり、貧民の歓楽街に入ると店が酒場となる。臭いも酒精や吐瀉物で鼻腔を刺激するようになった。
前を歩くハリソンにユウが声をかける。
「ハリソン、どこに行くの?」
「前の馴染みの店だ。『ふらつく熊亭』っていう安酒場だよ。あそこならまだマシだからな。あいつらを連れて行くのにちょうどいい。ユウは期待するなよ?」
事前に釘を刺されたユウはうなずいた。
貧民の歓楽街の中でも貧民の道に近い場所に安酒場の店舗が集中している。ハリソンが目指したのはその一角にある古びた石造りの平屋だった。
中に入るとテーブルもカウンターも大体埋まっている。そろそろ六の刻の鐘が鳴る頃なので客入りはこれからも増えるはずだ。客層は貧民が最も多く、旅人らしき者がカウンターに座り、テーブルの一部を若い冒険者が占めていた。
空いているテーブルにハリソンが仲間を誘導すると給仕女を呼ぶ。
「エール6杯と肉の盛り合わせを頼む」
「あら久しぶりに見るわね。あっちに行ったんじゃなかったの?」
「こいつらの引率だよ。これからの得意客だ」
「嬉しいじゃない。そういう義理堅いところ、あたしは好きだよ」
「カネになるからな」
「もちろん!」
嬉しそうに注文を聞いた給仕女が離れていった。ハリソンがテーブルに向き直る。すると、アントンたち4人が多少困惑していた。苦笑いしながら告げる。
「今日はオレのおごりだ。今度からは自分たちのカネで飲めよ」
「お、おう。ありがとう、ハリソン!」
「お肉ありがとう、ハリソン」
「お前酒にも礼を言えよ」
アントンを皮切りに、バイロン、コリー、ドルーが笑顔になっていった。
やがて給仕女が木製のジョッキ6杯と肉が盛られた皿を持ってやって来る。ハリソンに笑顔を向けると去って行った。
その様子を見ながらユウがハリソンに小さく声をかける。
「僕のも?」
「付き合ってくれた礼だよ。安いがな」
木製のジョッキを軽く持ち上げたハリソンがにやりと笑った。
ユウも目の前の木製のジョッキを手にして口にする。冒険者の歓楽街よりも味が薄く、そして量も少ない。予想通りだった。
それでもアントンたち4人にとっては初めての酒で、口をつけた者たちが目を見開いたり表情を固めたりしている。
「おお、いつもの水よりもすっげぇ濃い味がするな! これが酒か。うめぇ」
「味のする水みたいな感じかなぁ。大人はいつもこれを飲んでたのかぁ」
「これを飲んでなんであそこまで酔っ払うのかわからないな。それとももっと量を増やせばあんな風になってしまうのか。ま、俺はあんなみっともない姿にならないように飲むさ」
「なんか頭がふらふらしてきた。ちょっと気持ちいいね」
飲んでは感想を漏らすアントンたちはすぐに4人で話を始めた。誰もが酒と冒険者について語っている。その中でもバイロンは頻繁に肉を摘まんでいた。
やがて盛り上がってきたのかアントンが叫ぶ。
「これからこの酒場に通って酒を飲もうぜ! これで疲れを洗い流すんだ!」
「でも、毎日は難しいと思うなぁ。たまにだったらいいと思うけど」
「だったら、今日みたいな休みの日に稽古が終わってから来よう。酒に飲まれないためにもそのくらいがちょうどいいだろうさ」
「賛成。ボクは毎日これを飲むのはちょっときついかな」
4人はそれぞれ自分の意見を出してまとめていった。大人の仲間入りをしたと喜んでいる。
そんなアントンたちをユウとハリソンは微笑ましく見守っていた。
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