魔窟内で出会った不穏な冒険者たち

 休養日の翌日、ユウとハリソンは再びアントンたち4人を率いて魔窟ダンジョンへと入った。今回は最初から1階東側の隠し扉の奥へと向かう。


 魔物のいる部屋に入るとユウとハリソンが最初に犬鬼コボルトを1匹ずつ倒し、それからアントンたち4人に残りを任せた。最近は1対1ならば安心して見ていられる。


 何度か部屋を巡った後、ハリソンが4人に顔を向けた。腰に手を当てて口を開く。


「昨日指摘した点はみんな活かしてるようだな。特に大きな問題もない。よって、これからは部屋にいる犬鬼コボルト6匹すべてをお前たちだけで倒すんだ。いいな」


「マジか! やったぜ!」


「う~ん、2匹同時は怖いなぁ」


「俺1人で2匹相手にしてやるさ」


「それじゃボクは1匹だけ相手にするね」


「勝手なことを言うんじゃない。それでだ、ただ闇雲に戦っているといつ後ろから襲われるかわからん。だから、これからは陣形を整えて戦うんだ」


「陣形か。どんなヤツなんだ?」


「オレやユウが先日まで使っていた菱形の陣形だ。4人パーティで使うのに便利だな」


 逸る4人を抑えつつハリソンが菱形の陣形について説明を始めた。立ち位置から始まり、振る舞い方、位置取り、連係などだ。しかし、4人の反応は鈍い。


 意外そうに後輩を見るハリソンにユウが声をかける。


「ハリソン、まずは2人でペアを組ませた方が良いんじゃないかな。その最小限の単位で他人と協力して戦う方法を覚えさせた方が早いと思う」


「なるほどな。確かにいきなり4人で連係しろと言われても難しいか。だとしたら、どういう組み合わせがいいと思う?」


「アントンとコリーにバイロンとドルーのどちらかを合わせた方が良いと思う。1人が攻撃、もう1人が防御を担当するんだ」


「いい考えだな。それじゃそうしよう。お前ら、さっきの菱形の陣形はなしだ。それより、今からペアを組んでもらう。ただし、アントンとコリーはペアになっちゃいかん。これで1度4人で相談してみるんだ」


 先輩からの指示を受けたアントンたち4人は輪になって話し合いを始めた。すると、短時間で2組のペアが決まる。


「アントンとドルー、コリーとバイロンか。お前ら、どんな基準でそのペアにしたんだ?」


「へへ、オレが攻撃を担当して、ドルーが防御を担当するんだぜ。こいつなっかなか反撃しないから、いっそ剣と盾の両方を使って徹底的に守らせることにしたんだ。その間にオレがバッタバッタと魔物を倒していくんだぜ!」


「俺の方は、俺が臨機応変に動いて、バイロンが守りを固めることにした。俺の場合は攻撃防御と役割を分けるんじゃなくて、その場その場で自由にやっていくのさ。そして、バイロンは基本的に守り中心だけど隙を見て反撃する。そのときは、俺が守ってやるのさ」


 アントンとコリーの説明を聞いたハリソンが考え込んだ。アントン組は役割をはっきりと分けたのに対し、コリー組は状況対応能力を軸に据えた。当人たちの戦い方にも合っているように見えるので、後は実際にどうなるのか試してみれば良い。


「よしわかった。ならそれでいこう。次の部屋はオレとユウだけが入って、連係というものがどういうものか見せる。お前たちは扉の向こう側からまずはそれを見るんだ」


 元気いっぱいに返事をした4人を見たハリソンは大きくうなずいた。ユウに顔を向けて前に進む。


 宣言通り、次の部屋にはユウとハリソンだけが入った。魔物は犬鬼コボルト6匹だ。質も量も大したことはない。


 室内に先頭切って飛び込んだユウがまず向かってきた犬鬼コボルト1匹を仕留めた。ほぼ同時に左側から襲ってくる1匹の爪を盾で受ける。その反対である右側からのもう1匹はハリソンが倒し、更に2匹を受け持った。お互いときには横に並び、ときには背中を合わせて戦う。華麗ではなかったが非常に渋い戦い方だ。2人が6匹を倒すのにそれほど時間はかからなかった。


 その様子を見ていたアントンたち4人は大興奮だ。2人だけで6匹の犬鬼コボルトを倒すなど今のアントンたちにはできない。目の前に目指すべき目標を示されて血気に逸る。


「いきなりここまでしろとは言わないが、このくらいできるようになると2階で稼ぐことができるぞ」


「すげー! ハリソンすげー!」


「ぼくもあんな風に動けたらいいんだけどなぁ」


「今は無理でも、そのうちできるようになってやるさ」


「どうやったらあんな風に動けるようになるんだろうね」


 反応の仕方はさまざまだが、4人とも前向きだった。それを見てハリソンが満足そうにうなずく。やる気を見せる4人の姿を見たユウも微笑んだ。


 そうして、次からはアントンたちに戦わせた。当初は連係どころではなく、アントンが暴走し、ドルーが動かず、コリーは逆に動きすぎ、バイロンは反撃できずとひどい有様を見せる。その都度ユウとハリソンが支援し、指導し、実際に実践させた。その甲斐あって、いくらかまともに連係できるようになる。


「これ、結構しんどいね、ハリソン」


「そうだな。相手あってのことだから、思うようにいかないのは仕方ない」


 ハリソンの言葉を聞きつつもユウは小さくため息をついた。自分のときもこうだったのかと思い返す。あまり記憶に残っていなかった。


 こうして紆余曲折しつつもアントンたち4人は少しずつ成長していく。ユウから見れば多少もどかしかったが客観的には順調といえた。


 あるとき、ユウは地図を確認する。魔窟ダンジョンの入口からは結構遠い。つい今し方2階に通じる階段のある方角からやって来た別のパーティとすれ違った。これから帰還すると聞く。


「ハリソン、今日はもうこのくらいにしておかないかな? 結構良い時間だと思うんだ」


「そうだな。まぁ焦る必要はないか。お前ら、今日はこのくらいにする」


 今日の活動を終了するとハリソンが宣言するとアントンたち4人が一斉に体の力を抜いた。魔窟ダンジョンの入口に戻る経路ならば魔物はいないからだ。


 すっかり帰る気分になっていたアントンたち4人が騒いでいると、先程別の冒険者がやって来た扉が再び開いた。6人がそちらに顔を向けると、大きく膨れた麻袋を担いだ新たなパーティが部屋に入ってくる。


「なんだぁ? アントンじゃねぇか」


「うわ、エディーかよ!」


 目の前で非友好的な挨拶を交わされたユウは目を丸くした。茶髪で鋭い目つきの筋肉質な体をした少年が小馬鹿にしたようにアントンを見ている。剣と盾はアントンと同じく質が悪そうだが、軟革鎧ソフトレザーを身に付けていた。こちらも傷んでいる。


 入室してきた6人の少年たちはいずれも普通の冒険者と雰囲気が少し違った。かつて襲ってきたガスたちのような不良ではなく、より不穏な感じがするのだ。


 そんなエディーと呼ばれた少年たちに対してアントンたち4人は警戒している。いや、警戒しているというならハリソンも若干緊張していた。事情を知らないユウだけが多少困惑している。


 部外者であるユウが完全に置き去りにされる中、事態は進んだ。エディーが馬鹿にしたように言い放つ。


「オメェらなんぞが魔窟ダンジョンに入ってるなんてな。やっていけんのか?」


「やっていけるぜ! 今に強くなって2階で稼ぐんだ!」


「ハッ、テメェらみたいなヌルいヤツらが2階なんぞに行けるかよ。1階の小鬼ゴブリンがせいぜいだろ」


「そんなわけないだろ! オレたちは今、ここで稼いでるんだ! すぐにお前らなんか追い抜いてやるぜ!」


「なに言ってやがる。稼がせてもらってるの間違いだろ。そこのハリソンによ。テメェも物好きだな、こんなガキどもの面倒を見るなんてよ」


「後輩だからな。仕方ない」


 呆れた視線を向けてきたエディーに対してハリソンは肩をすくめた。


 一目見て仲が悪いとわかるアントンとエディーが言い合いをしていると同じ扉が再び開いた。今度はより危険な雰囲気の青年たちが部屋に入ってくる。


 その中でも、長めの茶髪を束ね曖昧な笑みを浮かべた顔の男が室内に頭を巡らせた。それからエディーに顔を向ける。


「エディー、仕事の途中で遊ぶのは感心せんな」


「ジェフさん!? これは違うんっスよ! ちょっと知り合いの顔が見えたから話してただけで! すぐに行くっス!」


 いきなり態度を変えて平身低頭したエディーにユウたち6人は目を丸くした。そんなユウたちから完全に意識を離したエディーは仲間を率いて去って行く。


 その様子をユウたちが呆然と見送っていると、ジェフと呼ばれた青年がハリソンに顔を向けた。しかし、何も言わずにエディーたちの後を追って部屋から出て行く。


「ねぇハリソン、今のは誰だったの?」


漁り屋スカベンジャーだ」


 室内の空気が明らかに弛緩する中、ユウはハリソンから聞き慣れない単語を聞いた。しかし、ハリソンもアントンたち4人も不機嫌な態度なので聞きづらい。


 嫌な感じを胸の内に抱えたまま、ユウはしばらくその場に立ち続けた。

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