4人組の稽古

 貧民の市場を抜けたユウは貧民街へと入った。途端に特有の悪臭が鼻をつく。しばらくすると慣れて気にならなくなるが良い思いはしない。


 多少視線を感じながらも貧民街を突き抜けて南端に出ると草原が広がっている。貧民街との境界近くでは大人が作業をし、子供が遊んでいた。


 強い日差しを浴びながらユウが進むと5人の見知った顔が目に入る。1人はハリソンで、残るはアントンたち4人だ。ハリソンの指導で稽古をしている。


「ハリソン、来たよ」


「ちょっと遅かったな」


「城外神殿の近くでパオメラ教の人と会って少し話をしていたんだ。それで早く来られなかったんだよ」


「おっしゃ、ユウが来た! 模擬戦しようぜ!」


 まだ何か言おうとしたハリソンの前に割って入ってきたアントンが叫んだ。炎天下の中だというのに元気だった。


 会話を遮られたハリソンが渋い顔をする。しかし、そばまで寄ってきたバイロン、コリー、ドルーも目を輝かせているのを知ってため息をついた。


 騒ぐ4人をそのままにユウはハリソンへと顔を向ける。


「元々そのつもりではいたんだけど、いいの?」


「ああ、ユウが来るのを待っていたんだ」


「昨日までの問題点は指摘したの?」


「朝の間にやっておいた。一応矯正もしたつもりなんだが、それを確認するためにも模擬戦をやっておきたい」


「わかった。それじゃ模擬戦をやろう。木の棒を貸してくれる?」


「オレ! オレが1番!」


 ユウの言葉に反応したアントンが元気よく手を上げた。初めて会ったときから終始一貫して騒がしい。


 現在、アントンたち4人は休養日の朝夕にそれぞれ鐘1回分の3分の1程度の稽古をしている。あまりやり過ぎると体を休められないので時間は短めだ。


 具体的には、二の刻から三の刻の鐘までの間に復習、五の刻から六の刻の鐘までの間に模擬戦をしている。復習とは魔窟ダンジョンで指摘されたことの練習であり、模擬戦とは身に付けたことを試合形式で確認することだ。


 砂時計を地面に置いたハリソンから予備の木の棒を借りたユウはアントンと対峙する。初めて出会って模擬戦をしたときよりも様になっていた。実際に動いてみると体の動きもましになっている。鋭い目つきでアントンが挑んでくるがそれを左右に受け流して避けた。やがてアントンが足を止めたときに踏み込んで軽く頭を叩く。


「いでっ!?」


「ここまでだね。前よりも動きは良くなっているよ。ハリソン、朝にやった練習の成果は出ていたのかな?」


「微妙だな。アントン、お前熱くなると忘れてしまうだろう」


「ううっ、ほら、つい目の前のことに集中しちゃってさ」


 縮こまるアントンにハリソンの教育的指導が入る横で、ユウは次いでバイロンの相手をした。アントンのときとは打って変わってなかなか攻めてこない。試しにユウが何度か打ちかかるがすべて受け流される。


 その様子を見たユウは少し意外そうな顔をした。思った以上にしっかりと防御できているからだ。更に打ち込んでみるとその守りが堅いことを知る。そして、反撃の一撃を打ち込まれた。今度は逆に受け流し、それから軽く頭を叩く。


「いたっ!」


「ここまで。思ったよりもしっかり守っているね。良いことだと思う。ただ、動きが単調だからもっと色々な動き方を身に付けた方がいいよ」


「ハリソンにも同じことを言われました」


「それじゃ、後は練習あるのみだね」


 頭をさするバイロンにユウが所感を述べた。ハリソンと同じ指摘というのなら後はハリソンに任せておけば良い。


 次いでユウはコリーと対峙した。前の2人とは違ってずっと隙が少ない。更に少し誘ってやっても応じずに下がる、と思えば一気に踏み込んできた。多少驚きつつもコリーの木の棒を受け流す。そのまま頭を叩こうとしたが躱された。


 今までの中で最もよく見えているとユウは感心する。すぐさま打ち込まれた木の棒を躱して今度は右手を叩いた。すると、コリーは痛みに顔をしかめながら木の棒を落とす。


「くっ!」


「かなりいい感じだと思う。きちんと戦えていたよ。ただ、ちょっと変化に弱いみたいだから、そこを直せたら大きく伸びるかな」


「わかった。次は勝ってやるさ」


「その意気だよ」


 右手をさすりながら悔しそうな表情を浮かべたコリーが木の棒を拾った。4人の中では最も自分で考えて成長できる少年のようなので、あまり多くを語る必要はなさそうだ。


 最後にユウはドルーと向き合った。そして、何とものんきな様子に少し眉をひそめる。初めて相手をしたときはもう少し緊張していたように記憶していた。


 バイロンのように積極的には打ち込んで来ないことを悟ったユウは自ら攻める。すると、木の棒で攻撃を受け流された。すぐに反撃を予想して下がる。しかし、何もない。今度はあえて近づいてみた。同時にドルーは退く。


 手応えのない感じにユウは難しい顔をした。ならばと自分が下がってみる。今度はドルーが前に出てきた。何を狙っているのかわからないが間合いは一定の方が良いらしい。


 埒があかないと思ったユウは攻めに転じた。右、左、下、上、攻撃する箇所を散らし、その後コリーと同じく右手を狙う。今度は当たる。


「いたっ!」


「ここまで。何とも言えない戦い方をするね。やたらと消極的だなと思ったら間合いは一定にしたがるし。どういう戦い方をするつもりだったの?」


「隙を見て反撃するつもりだったんだ。けど、全然見つからなくて」


「ああなるほど。その戦い方をしたいんだったら、相手を焦らせたり体勢を崩したりしないと駄目だよ。今のようにただ待っているだけじゃ、いいようにやられちゃうよ」


「うっ、ハリソンにも同じことを言われたんだよね」


「それじゃ直さないと」


 しょげ返るドルーにユウは苦笑いした。恐らくわかっているのだろうが、性格の問題で積極的に動けないのだろうと予想する。


 一通り終わったところでユウはハリソンに顔を向けた。すると、声をかけられる。


「ありがとう。しっかり教えてくれるじゃないか」


「そう頼まれたからね。あれでいいの?」


「充分だ。それじゃオレたち2人でこいつらの相手をしてやろうか。お前ら、これからオレとユウが連続して模擬戦の相手をする。今聞いたことをちゃんと考えて実践しろよ」


「任せろ、やってやるぜ!」


 今か今かと待っていたアントンがハリソンの宣言に声を上げた。他の3人もそれに続く。


 以後はひたすら模擬戦を繰り返した。ユウとハリソンが順番に相手をしていく。たまにアントンたち4人で模擬戦をさせることもあった。そのときはユウとハリソンが審判役をして大怪我をしないように見張る。


 やがて砂時計の砂が尽きた。アントンはまだ元気だったがバイロンとドルーは少し疲れている様子だ。


 砂時計を持ち上げたハリソンがアントンたち4人に声をかける。


「今日はこれで終わりだ。今やったことを忘れずにな。明日からまた魔窟ダンジョンに入るぞ」


「へへ、楽しみだぜ!」


 先輩たちから木の棒を受け取ったアントンが満面の笑みで答えた。4人が貧民街に向かって歩き始める。その後をユウとハリソンが続いた。


 朱が混じり始めた日差しを受けながらユウはハリソンに声をかけられる。


「ユウ、あの4人はどうだった?」


「言ったことはちゃんとやろうとしているから、この先ちゃんとやっていけるんじゃないかな。もちろん、それぞれ成長する速度にばらつきはあるだろうけど」


「お前から見てもそう思うか。なら、意外にこの役目も早く終わるかもしれんな」


「そういえば、これってどのくらい続ければいいの?」


「あいつらが独り立ちできるまでなんだが、目安としては1階の大部屋あたり、遅くても2階に上がるまでと考えている」


「そこまでしないと駄目なのかな?」


「考え方によるな。確かに友達と集まって誰にも教わらずにやっていく方法もあるが、あいつらはどうにも危なっかしくてな」


「まぁ確かに、あの4人が自分たちだけでやるのは危なさそうだよねぇ。ところで、地図と罠の係は誰にやらせるつもりなの? ハリソンもずっと一緒じゃないんでしょ」


「罠に関してはコリーにやらせるのが一番だな。地図はバイロンかドルーだろう」


「少なくともアントンはないよね」


 歩きながらユウがハリソンに顔を向けるとお互い苦笑いした。今朝別れた2人のうち1人の顔が脳裏に浮かぶ。


「それと、収入については期待していないけど、無収入の状態はいつまで続くの?」


「あいつらが大部屋に行くまで待ってくれ。でないと、あいつらが必要な物を買えないんだ」


「確かにね。今月中には何とかしたいかなぁ」


 前を歩くアントンたち4人を見ながらユウは返答した。幸い蓄えは充分あるので焦る必要はない。


 西に日が傾くにつれて熱さがましになる中、ユウはあの4人に何を教えようかと考えた。

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