いよいよ本格的に始動

 アントンたち4人に魔窟ダンジョンで戦うことを体験させた翌日、ユウとハリソンが待ち合わせ場所である門で4人と合流した。日差しが強くなっていく中でハリソンが後輩たちに話しかける。


「お前ら、準備はできているだろうな? 1人ずつ背嚢はいのうの中を見せてみろ」


「ハリソン、まずはオレのから見てくれ!」


 今日も元気いっぱいのアントンが自分の盾をバイロンに持たせて背嚢を下ろした。すぐに中を開けてハリソンに見せびらかす。


 覗き込んだハリソンが手を突っ込みながら荷物を確認した。大して入っていないらしくすぐに顔を上げる。


「干し肉、水袋、包帯、傷薬、麻袋。とりあえず全部あるな。珍しくちゃんとできてるじゃないか。いつもこうだといいのにな」


「何言ってんだ、オレはいつも完璧だぜ!」


 自信満々に返事をしたアントンに肩をすくめたハリソンは次いでコリーの背嚢を確認した。こちらもすぐに終わり、無言で背嚢を持ち主に返す。残り2人、バイロンとドルーの背嚢も同じように確かめた。


 全員の荷物を確認したハリソンは満足げにうなずく。


「よし、全員言いつけはちゃんと守っているようだな。それじゃ、これから魔窟ダンジョンに入る。今日は丸1日ずっと中で活動することになるが、基本的には昨日とやることは同じだ。お前ら4人は1対1でひたすら小鬼ゴブリンと戦う。助言できることがあればその都度言うからな。ユウ、お前からも何か言うことはあるか?」


「うーん、そうだなぁ。あ、1つだけ。たまに宝箱のある部屋に入ることもあるけど、今は絶対に触らないようにね。罠が仕掛けられている可能性があるから。宝箱は僕が開けるけど、中にあるものはみんなに渡すから。これでいいんだよね?」


「ああ。それじゃ出発するぞ」


 ハリソンの言葉にアントンたち4人は元気よく返事をした。そして、地図係であるユウが先頭を、ハリソンは最後尾を歩く。当面はこれで固定だ。


 魔窟ダンジョン1階の西側の奥へと進んだユウたち6人は昨日と同じく小鬼ゴブリンと1対1で戦い始めた。3人が戦って1人が見学するという順番を延々と繰り返す。


 実戦形式での修行で最初に目に見えて成長したのはコリーだった。器用な性格のようでハリソンの助言を受けてはすぐに戦いへと反映して身に付けていく。当人も相応の自信を持ちつつあった。


 次いで頭角を現したのはアントンだ。最初は攻撃がうまく当たらず、小鬼ゴブリンの攻撃を盾でうまく受け流せないことに苦労していた。しかし、昼食前にコツを掴んだらしく、昼からはいきなり見違えるような戦い方をする。もちろん当人は大喜びだ。


 一方、バイロンとドルーは大きな変化はなかった。バイロンは防戦主体の戦い方、ドルーは慎重な戦い方であるため、芽が出にくいという面がある。


 これをどうするかでハリソンは悩んだ。ユウももちろんずっと見ていたが、戦い方というのは性格がそのまま出てくるものなので変えろとは簡単に言えない。


 とある休憩中、4人と少し離れた場所でユウはハリソンから相談される。


「バイロンとドルーはどうしたらいいと思う? 初日だから急ぐ必要なんてないのはわかるが、このままだと芽が出ないか時間がかかりすぎるかもしれない」


「僕も色々と考えていたんだけど、このままで良いと思うんだ」


「それはまたどうして?」


「無理に変えろと言ってもできないだろうし、変えたらたぶんあの2人は駄目なんだろうと思うんだ。それに、パーティ内の全員が積極的に戦う必要なんてないでしょ。ケネスに対するジュードや、大きな手ビッグハンズでの僕たちの役割だってあるし」


「なるほどな。ジュードの役割を担わせるのか」


「大体、アントンってケネスの立ち位置に似てないかな? それを考えると、バイロンとドルー2人がアントンの両脇を固める方がいいんじゃない?」


「ああ、菱形の陣形か! それでコリーを背後に配置するといけそうだな」


「そうでしょ。バイロンとドルーの成長はたぶんこれからも遅いと思うけど、堅実な戦い方のまま成長させる方が良いよ、きっと」


 ちらちらと4人の方を見ながら話すユウの意見にハリソンは大きくうなずいた。つい先日まで自分たちのやっていたことだけにすぐ納得する。


 その日1日は魔窟ダンジョン1階の西側の部屋を延々と回り続けた。成長するアントンとコリーには更に伸びるような助言をし、一方でバイロンとドルーにはそのまま堅実に戦うように指導する。


 翌日は1階東側の隠し部屋の奥へと連れて行った。犬鬼コボルトが6匹出る場所だ。ユウとハリソンが1匹ずつ仕留めた後は4人同時に戦わせる。まだ陣形は教えず、あくまでも1対1が主体だ。それに慣れてくると、ユウとハリソンが仕留めていた2匹も4人に担当させる。そうやって負荷を少しずつ増やしていった。




 4人の成長の方向性が見えてきた最初の3日間が終わった。初めて本格的に魔窟ダンジョンで活動したアントンたちの興奮は相当なものだ。その流れでこのまま毎日入りたいと主張してきた。


 しかし、それはハリソンが押しとどめる。定期的に休むのも大切な仕事だと教えたのだ。それに、今は修行の身である。魔窟ダンジョンで洗い出した問題点を矯正する時間が必要だった。そのためにも3日に1度は休養日をもうけさせる。


 この日はその設定した休養日だ。なので魔窟ダンジョンには入らない。そしてこの日は、ケネスとジュードが部屋を出て行く日でもあった。


 二の刻の鐘が鳴るとユウたち4人は次々と寝台から起き上がる。最初はハリソン、次いでジュード、更にユウ、最後にケネスだ。それぞれ用を足して部屋に戻ってくると朝食である干し肉を囓る。この4人で過ごす最後の団欒だ。


 寝台に座って口に含んだ水を飲み込んだジュードがユウに顔を向ける。


「昨日も言ったが、今日ここを出て行く。スタンリーからようやく6人部屋を取れたって聞けたんだ」


「いよいよ3階で活動なんだよね。スタンリーのパーティではうまくやっているの?」


「正直何とかってところだな。さすがにあの中じゃ俺もケネスも新人同然だ」


「へぇ、2人がねぇ。あんまり想像できないなぁ」


「スタンリーたち4人に比べてって意味だぞ。それでも、何とかついていくことはできるんだ。向こうも俺たちを鍛えてくれるし、すぐに慣れてみせるさ」


 3階での活動に手応えを感じているらしいジュードが自信ありげに言い切った。その姿を見るユウは感心したような羨ましそうな表情を浮かべる。


 一方、ケネスはハリソンに向かって楽しそうにしゃべっていた。今正に自分が望んでいた環境に身を置けているので当然だろう。


「先月までは3階に上がってもちょっと戦ってはすぐに息が上がってたけどよ、今はずっと3階で戦っててもやっていけるんだぜ」


「メンバーが替わったからだろう。オレたちだとせいぜい2階止まりの実力しかなかったが、今のケネスの周りには3階で活動できる実力のあるメンバーばかりだからな」


「そういう言い方をされると喜びづれぇぜ。なんだかハリソンたちを見下してるようでよ」


「そうは言っても事実だから仕方ない。それに、今はケネスだって3階で活動できる実力があるかは怪しいんだろう?」


「言ってくれるぜ。けど、すぐに相応の実力を身に付けてやるさ!」


 明るい未来を描いているケネスが嬉しそうに宣言した。目の前でその様子を見るハリソンが少し寂しそうに笑いつつもうなずく。


 しばらく雑談をしていた4人だったが、その間にも時間は過ぎていった。話している最中にふとケネスとジュードの周りを見たユウが問いかける。


「ねぇ、2人とも。荷物はもうまとめたの?」


「荷物といってもほとんどないからな、俺たちは。いつもと変わりないんだ」


「そうだぜ。冒険者ってのは身軽ってのが信条だからよ、オレたちは」


「うーん、僕と違うなぁ」


「街道沿いに旅をしてきたからな、俺たちは。だからあんまり生活用品が必要なかったという事情もあるぞ」


 同じ冒険者でも荷物の量が違うことにユウは首を傾げたが、ジュードにそれまでの経緯や環境が違うことを指摘された。そういうことならばと納得する。


 その直後、ハリソンが立ち上がった。そして、ケネスとジュードに声をかける。


「オレはそろそろ出る。ケネス、ジュード、3階でも頑張れよ」


「おう、ありがとな! よし、オレたちも行くか、ジュード」


「そうだな。ユウはどうするんだ?」


「僕はもう少し部屋にいるよ。用事は三の刻の鐘が鳴ってからだし」


「そうか。じゃぁな。お前も頑張れよ」


「ありがとう。ジュードたちも頑張って」


 挨拶を交わすと、ケネス、ジュード、ハリソンが次々に部屋を出て行った。しばらく扉の向こう側が騒がしかったが、3人が階下に向かう足音が遠ざかると共に静かになる。


 今朝も窓から差し込む光は明るい。しかし、室内にいるユウは何となく寂しい気持ちになった。

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