貧民の市場の屋台

 換金所を出たユウたち6人は冒険者の道を南に向かって歩いていた。鐘の音は聞いていないが、西日の強さから六の刻の鐘は鳴り終わっていることは予想できる。


 自分が戦ったわけでもないユウは疲労感が強かったが、初めて魔窟ダンジョンに入ったアントンたち4人は興奮冷めやらぬといった様子だ。


 嬉しそうにアントンが叫ぶ。


「へへ、魔物て言ったって大したことなかったぜ!」


「そうかなぁ。ぼくは結構緊張したよ」


「まぁあんなものさ。わかってしまえば大したことない」


「ボクは怖かった。みんなすごいね」


 バイロン、コリー、ドルーがそれぞれ感想を口にした。魔窟ダンジョンでの戦いについて思うところはそれぞれあるようだ。


 そうやって楽しげに4人が話をしているのを聞いていたユウは冒険者の歓楽街に差しかかったことに気付いた。道の西側の風景をちらりと見てからハリソンへと顔を向ける。


「ハリソン、夕飯はどうするの?」


「こいつらといるときはいつも一緒に食べてる。市場に屋台が並んでるのを知ってるだろう。あそこへ行くんだ」


「あそこかぁ。貧民の歓楽街の食堂になら行ったことがあるんだけど、そっちはないな」


「だったらユウ、一緒に行こうぜ! 旨い串肉屋を知ってんだ!」


「うん、あそこの串肉はとてもおいしい。お腹空いてきた」


 脇から顔を突っ込んで来たアントンにユウは結構な勢いで誘われた。その背後でバイロンがうなずいている。


 誘われて初めてユウは最近屋台で買い食いしていないことを思い出した。かつて故郷ではたまに市場の屋台で食べ物を買っていたものだ。


 たまには趣向の違う物でも食べようかという気にユウはなった。アントンたち4人に向かってうなずく。


「そうだね、たまにはいいかもしれない。それじゃ、僕も一緒に行くよ」


「よっしゃ、そうこなくちゃ! 案内してやるよ!」


 誘いに乗ったユウを見てアントンが喜んで飛び跳ねた。再び4人が騒がしくなる。


 城外神殿までやって来たユウたち6人はそのまま東に曲がりつつ貧民の市場へと入った。城外神殿に近い西側は荷車を利用した出店や露天商がひしめいている。生活臭のする活気とすえた臭いが強くなった。


 アントンたち4人に先導されたユウは屋台の並ぶ地域に足を踏み入れる。煮込まれたどろりとしたスープから立ちこめる湯気や具材を焼く鉄板から上がる煙など、途端に料理の臭いで満たされた。


 1日中体を動かしていたユウは空腹を意識する。すると不思議なもので、周囲の料理が何でも旨そうに見えてきた。何でも良いから食べたくなってくる。


 貧民の市場の中を歩いて6人がやって来たのは、城外神殿に近い市場の西側にある油の臭いのする荷馬車を利用した屋台だった。荷馬車は即席の調理台になるよう改造されており、肉を刺した串を何本も焼いている。


「おっちゃん、食いに来てやったぞ!」


「ははは、生意気なガキだな! そっちの兄さんは見かけない顔だね?」


「こいつはユウってんだ! ハリソンの仲間ですっげー強いんだぜ!」


「ほー、そいつは大したもんだ。で、こいつらの面倒を見てやってるんだな。大変だね、兄さんも。1つどうだい? 1本鉄貨10枚だよ」


「もらいます」


 先に鉄貨を支払ったユウは代わりに店主からたくさんの肉を刺した串を受け取った。時々焦げ目があるくらいよく焼かれており、肉汁と香りが溢れている。


 他の仲間も次々と買う中、ユウは手にした串の肉にかぶりついた。熱さに一瞬怯むが、噛み直して口の中にちぎったかけらを入れる。味は確かに肉だった。しかし、豚のようであり、鶏のようであり、牛のようであり、それ以外の何かでもあるような味だ。傷んでいないようだが何の肉かはっきりとしない。


 不思議に思ったユウが店主に尋ねてみる。


「店主さん、これ、何の肉を使っているんです?」


「ははは、いろんな肉さ! ワシも毎日食ってるから安心していいぞ! 毒味は完璧だ!」


「えぇ」


 堂々と言ってのけた店主にユウは少し引いた。頻繁に食べている他の5人が平気ならば問題ないのだろうが一抹の不安は残る。


 ユウが半分食べ終わる頃にはバイロンは2本目に手を出していた。4人組の中で最も遅いドルーでさえもユウより食べるのが速い。夏の暑い時期なのでみんな汗が吹き上がっている。ユウも体を洗ったのが台無しになりつつあった。


 屋台の前で騒ぎながら食べる4人を尻目にユウはハリソンに声をかける。


「貧民の歓楽街の食堂は正直がっかりしたからどんなものかなって思っていたけど、これは悪くないね」


「そうだろう。中には当たりもあるんだ。何の肉を使ってるかわからないのが玉に瑕だが」


「スープで当たりの屋台はあるの?」


「少し前まではあったんだが、なくなったんだ。他は、どこも大したことないな」


「うーん、そっかぁ」


「適当に選んで食ってみたらどうだ? 1度くらいは経験するのも悪くないと思うぞ」


 にやりと笑うハリソンが手にする串から肉を噛んで口の中に入れた。何事も経験というのだからその言い分も間違いではない。


 1本すべてを食べ終えたユウは屋台の横に置いてある串入れに持っていた串を入れると周囲に顔を巡らせた。市場に入った直後と違ってすっかり鼻が慣れてさっぱり利かない。アントンたち4人はまだ串に夢中だ。


 尋ねれば教えてくれるだろうし同じ外れでもましなのに当たるのは確実だろう。しかし、どうせ失敗するのなら1度は自分で選んでみたいと思うようになっていた。


 串屋から少し離れたユウは目に付いた屋台に近づく。そして、その水っぽいスープを1杯買った。椀から湯気の立つそれを口に含む。


「うっ」


 一口飲んでみて湧き上がった感情がまずいだった。見た目通り水っぽいというのもそうなのだが、そもそも味付けがひどい。これなら自分が作った方がましなのではと思えるくらいだ。水分補給と体を温めることしか期待できない。


 椀に入った残りを見て顔をしかめたユウは故郷の友人のことを思い出した。材料が何か最後までわからなかったが旨かったのは確かだ。あの味を懐かしむ。


 まさかこんな所で難敵と遭遇するとは思っていなかったユウは時間をかけてどうにかスープを飲み干した。屋台の脇に置いてある籠に椀を入れると先程の串屋に戻る。


 アントンたち4人はまだそこにいた。ハリソンが帰ってきたユウを見て面白そうに顔を歪める。


「いい経験をしてきたみたいだな」


「今度からここでスープを飲まないようにするよ。まさか安食堂よりもひどいなんて思わなかった」


「はは、貧民の歓楽街の方か。あっちはまだ店を構えてる分ましだな」


「なるほど、そういう見分け方をすれば良かったんだ」


「あれ、ユウ戻って来てたんだ。どこに行ってたんだよ?」


 串屋の前に戻って来たユウに気付いたアントンが話しかけてきた。他の3人も引きずられるように集まってくる。


「ちょっとそこのスープ屋でスープを飲んできただけだよ」


「うわ、あの辺のやつってまずいのばっかだぜ」


「やっぱり知っているんだ」


「あったり前だろ。わざわざカネかけてまずいモン食いたくないし」


「聞いてくれたら、ぼく教えたのに」


 アントンの脇から顔を出したバイロンが口を挟んだ。コリーとドルーもうなずいている。


「あーうん、聞いたら教えてくれるとは思ったんだけど、1度くらいは自分で選ぼうかなって思ったんだ」


「ふーん、で、失敗したわけか。世話ねーや!」


「なに、これも経験さ」


 真正面からアントンに笑われたユウはハリソンの言葉を持ち出した。ちらりと当の本人を見ると肩をふるわせて顔を背けている。


 なんだか面白くないユウは串屋の店主に近づいた。そして、懐から鉄貨を出して差し出す。


「もう1本ください」


「はいよ! これ持っていきな!」


「ありがとう。ん、おいしいね」


「だろ! どんどん食ってってくれよな! いくらでもあるからよ!」


 充分に焼かれた串肉を囓り始めたユウは旨そうに口を動かした。それを見ていたアントンたち4人が再び串肉を買い求める。


魔窟ダンジョンでたくさん稼げたら、これをいくらでも食べられるんだ」


「バイロンって本当に食べることばっかりだよね」


「いいじゃないか。ドルーだって同じだけ食べてるんだし」


「ボクの串の数なんて数えなくていいじゃない」


 隣でバイロンとドルーが静かに言い合っていた。背丈はバイロンの方が大きいのだが、この場面だけ見ていると同じくらいに見える。


 その近くでは、アントンが別の客と話をしていた。態度から知り合いらしいことがわかる。コリーは串を食べながらその様子を眺めていた。


 4人の様子を見ているとハリソンに声をかけられる。


「ユウ、やっていけそうか?」


「たぶんね」


 口の中の肉を飲み込んだユウが返事をした。4人とも良い子に見える。


 ユウはそのままもう1度串の肉を囓った。

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