第12章 貧民街の新人冒険者たち

パーティ解散

 8月に入った。日の出からしばらくすると厳しい日差しのせいで町周辺の気温が上がってゆく。


 キャロルとボビーが抜けた大きな手ビッグハンズは再び4人で活動することになった。頑丈な剣スターディソードの2人が入る前に戻っただけなので陣形や連係に大きな問題はない。また、生活費を稼ぐということについてはメンバーが減っても対応できた。問題があるとすればケネスの心情である。目前だった3階が再び遠のいたのだから他の3人は同情した。


 そんなある日、ユウたち4人は換金所で冒険者ギルドの呼び出しを受ける。先日も同じ事があったので一同はわずかに嫌そうな顔をした。そうは言っても拒否はできない。


 仕方なく大きな手ビッグハンズの面々は冒険者ギルド城外支所に入った。パーティ内の慣例として城外支所の中に入るとユウが先頭切って歩く。職員に知り合いがいるからだ。


 受付カウンターの前にたどり着くとユウはトビーに声をかける。


「トビーさん、また何かの依頼ですか?」


「違うぜ。今回お前さんらに用があるのはオレたちじゃない。お前さんらが助けた冒険者だ」


「助けた冒険者、ですか?」


「先月の冒険者殺しの事件で3階から2階に落ちて犯人に殺されかけたヤツを助けただろ。あいつだよ。名前はスタンリーってんだ。礼が言いたいらしい」


 用件を聞いたユウは目をぱちくりとさせて振り向いた。ケネス、ジュード、ハリソンの3人も顔を見合わせている。しかし、事件については4人ともすぐに思い出した。


 少し間が空いた後にケネスが口を開く。


「あの冒険者、スタンリーってんだ。礼ねぇ。一緒にメシを食うか酒を飲むかか。いいんじゃねぇの。あんときゃバタバタしてたから話もほとんどできなかったからな」


「そうだな。断る理由は特にない。ハリソンもいいよな?」


「構わない。で、いつにするんだ?」


「いつでもいいんだが、早い方がいいな。明後日は休養日だから、その日の晩飯のときにしようぜ。どうだ?」


 提案を聞いた他の3人はうなずいた。ユウはトビーに向き直って伝える。


「トビーさん、そのスタンリーという冒険者に明日の夕方、六の刻の鐘が鳴る頃にこの建物の南東の端で待つって伝えてもらえますか」


「いいぞ。そこにいる4人組って言っておく」


 快諾したトビーが大きくうなずいた。これで約束が成立する。相手のことがよくわからなかったとしても、冒険者ギルドを利用することで出会うことが可能だ。文字が読めないため掲示板が利用できない者たちの知恵である。




 当日、ユウたち4人は冒険者ギルド城外支所の南東の端で立っていた。まだ日没時間が七の刻の鐘近くの今だと西から差し込む日差しがなかなかきつい。建物の東側に回って日差しを避ける。


 早く歓楽街に行きたいなどとユウたち4人が雑談していると、くすんだ金髪で彫りの深い顔の男が近づいて来た。4人と同じくチュニックにズボンと衣服のみで武具は身につけていない。


 その男が遠慮がちに話しかけてくる。


「もしかして、あんた達が大きな手ビッグハンズかい?」


「そうだぜ。ということは、あんたがスタンリー?」


「そうだ。赤い石レッドストーンのスタンリーだ。初めまして、じゃなく久しぶりだな。前は助けてくれてありがとう。あのときはもうダメかと思ったよ」


「あれは災難だったな。オレはケネス。リーダーをやってる。こっちがジュード、ハリソン、ユウでオレの仲間だ」


「あのときは助けてくれてありがとう。今日は直接礼が言えて嬉しいよ。ところで、前は6人だったと思うんだが、他の2人は予定が合わなかったのかい?」


「その件は後で話すぜ。まずは酒場に行こう。オレたちの行きつけだ」


 問いかけに対して微妙な表情を浮かべたケネスは場所の移動を促した。スタンリーもいささか笑顔を引っ込めてうなずく。


 5人で冒険者の歓楽街へと足を向けると、そのまま馴染みの酒場『青銅の料理皿亭』へと入った。空いていた奥の丸テーブルに座ると給仕女を呼んで酒と料理を注文する。待っている間も話は尽きない。


 ケネスがスタンリーへと興味深げな顔を向ける。


「オレたちが助けたあと、スタンリーはどうしてたんだ?」


「怪我を治してからは、しばらく別のパーティに入ろうと知り合いに話しかけてたよ。ただ、巡り合わせが悪くてね、うまくいかなかったから自分で人を集めることにしたんだ」


「それで、集まったのかよ?」


「3人集めた。ただ、それ以上は今のところな」


 質問に答えたスタンリーが苦笑いをした。それ以上は簡単に集められないようである。


 一瞬会話が途切れたところで酒と料理が運ばれてきた。皆次々と手を出す。


 うまそうに木製のジョッキを傾けたスタンリーは口を離すと大きく息を吐き出した。そうしてジュードに顔を向ける。


「ところで、さっき後回しって言ってた件だが、2人少ないのはどうしてなんだ?」


「先月いっぱいで抜けたんだ。元々別のパーティで罠にかかって2人だけになったところを俺たちが誘って一時的に組んでいたからな」


「元々4人と2人だったのか。ということは、合同パーティみたいな感じだったのか?」


「そんなところだ。あの2人は知り合いと一緒に組むことになったらしくてな」


「なるほど。しかし、そんな抜け方をされて平気なのか?」


「元々そういう約束だったから仕方ないさ」


 話を聞いていたスタンリーは感心した表情を浮かべた。見方によっては引き抜きとも受け取れる抜け方だったので、穏便に別れられたことに興味を持つ。


 そこへハリソンも入ってきた。噛んでいた牛肉を飲み込むと口を開く。


「3階は6人パーティでないとほぼ無理だと聞いているが、残り2人は当てがあるのか?」


「正直全然ないんだ。心当たりは全部声をかけて回ったからね。他の3人にも頼んでるんだけど、反応は悪いみたいなんだ」


「となると、2階に降りてくるのか」


「町の中で生活するのはカネがかかるからね。今も2階で活動してるよ」


「3階の活動経験者となると限られてくるだろうから、勧誘は厳しそうだな」


「まったくだ。最近じゃ、3階で活動した経験があればそれでいいって幅を広げてるんだけど」


 スタンリーの話を聞いたハリソンが微妙な表情を浮かべた。そのままケネスとジュードに顔を向ける。目を向けられた2人はお互いに顔を見合わせた。


 急に沈黙した大きな手ビッグハンズの面々にスタンリーは困惑する。しばらく黙って顔を巡らせた。


 その間にユウがぽつりと漏らす。


「先月まで6人で3階に行っていた僕たちもその基準の範囲内なのかな?」


「なんだって?」


「抜けた2人がまだいたときは、2階で活動しつつ3階にも上がっていたんだ」


「本当かい? それならぜひ、と言いたいところだが、みんなは4人なんだよな」


 今度こそ5人のテーブルに完全な沈黙が訪れた。仲間集めに苦労しているスタンリーとしては条件を満たした信頼できる冒険者が目の前にいる。本来ならば誘いたい相手だが、その人数が多すぎた。


 一方、ユウたち4人にしてみれば3階で常時活動する絶好の機会である。問題なのは全員一緒ではないということだ。


 最初に沈黙を破ったのはハリソンだった。ケネスに顔を向ける。


「ケネス、あんたは3階に行きたいんだよな」


「行きてぇ。けど、この誘いに乗るとしても2人だけだ。さすがにリーダーが真っ先に抜けるわけにゃいかねぇだろ。ハリソンが行きたいってぇなら止めねぇが」


「いや、オレは残る方だな。実は、近く魔窟ダンジョンに入る予定の後輩の面倒をどうやって見ようか悩んでいたんだ。だから、ケネスとジュードがスタンリーの話に乗るんなら、オレは後輩の方に専念する」


「いいのか?」


「キャロルの言い分じゃないが、オレも以前ほど3階への熱意はなくなってるんだよ」


 困惑するケネスに苦笑いを向けたハリソンが木製のジョッキに口をつけた。


 そうなると後はユウの処遇だけである。ケネスがスタンリーの話に乗るのならもう1人はジュードになるが、そうなると1人だけ余るのだ。


 どうしようかと考えているユウにハリソンが声をかける。


「それでユウ、相談なんだが、オレと一緒に後輩の面倒を見てくれないか?」


「え、僕が?」


「ああ。なかなか手のかかる後輩ガキどもでな、1人で4人をまとめるのが大変なんだ。だから、ユウがいてくれると凄く助かる」


「うーん、まぁ、そういうのなら」


 迷いつつもユウはハリソンの求めに応じた。この求めを拒んだ場合、また1人で例の原っぱからやり直しになる。完全に振り出しに戻るわけだ。それは避けたい。


 こうして、ただの飲み会だったはずが流れでパーティ解散のお別れ会へと変貌した。話を主導したハリソン以外の4人は困惑しっぱなしだったが、酒が進むにつれて明るい雰囲気が戻って来る。


 ごくまれにだが、このような流れでパーティの離合集散が成されるときもあった。

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