良いことも悪いことも(後)
ユウが
そんな中でも日々少しずつ進んでいることもある。ユウたち6人は少しずつ活動の場を3階に移しつつあるのだ。ケネスなどは特に喜んでいる。
そんなある日、ユウは夕方に冒険者ギルド城外支所へと向かった。列に並んで受付カウンターの前に立つとトビーに声をかける。
「トビーさん、僕の証明板ってもうできていますか?」
「銅級のやつだよな。できてるぞ。ちょっと待ってろ」
受付カウンターから離れたトビーが一旦奥にある棚で何かを探してから戻って来た。その手には、手のひら程度の大きさの木製の板に文字の刻まれた薄い銅板が貼られたものが掴まれている。
受付カウンターの上に銀貨1枚を置いてから差し出された証明板をユウは受け取った。嬉しそうに眺める。
「『アディ冒険者ギルド ユウ 477.7.24』か。えへへ」
「良かったじゃないか。この前、爺さんと一緒に
「僕、ウィンストンさんの後をついていっただけですけどね」
「そこは大活躍しましたって言っておけばいいんだよ。謙遜なんてしたっていいことなんぞねぇぞ。冒険者なんてみんなバカ正直にしか受け取らねぇ連中ばっかなんだから」
「あ、はい」
「銅級に上がったからって特別何かいいことがあるわけじゃねぇけど、鉄級よりかは信用されるだろうさ」
「ありがとうございます。ところで、鉄級の証明板はどうしたらいいですか?」
「原則はギルドに返却だな。けど、あんまり守られてねぇんだよな。そもそもなくしちまうヤツが結構いるから、あんまり返してもらう意味もねぇし。記念に取っておきたいってんなら、なくしたことにしておいたらいいんじゃねぇの?」
「そうですか。だったらなくしたことにしておきます」
「好きにすればいいさ。で、他に用はあるか? なけりゃ次のヤツに順番を回してくれ」
「ありがとうございました」
礼を述べるとユウは城外支所の建物から出た。
これで前の事件については完全に区切りが付く。春以来厄介なことがたまにあったがそれも終わりだ。これからは周囲を気にせず進める。
肩の荷がなくなったことにユウは喜んだ。
心機一転、ユウは
最初はキャロルの態度だった。受け答えは普段通りなのだが何となく精彩を欠いているように見えたのだ。
ユウが気付くくらいなので、もちろん他の仲間もキャロルの変化に気付いていた。そして、好ましくない状態をいつまでも放っておくわけにもいかない。
7月も終わりに近いある日、ユウたち6人が
「お前最近なんかおかしいよな。調子が悪いわけでもなさそうだし、一体どうしたんだ?」
「実は、そろそろここを抜けて独立しようかと考えているんだよねぇ」
「なんだと?」
「春にも話してたと思うんだけど、また
「あー」
つらそうな表情をしたケネスが持ち上げていた木製のジョッキを丸テーブルに置いた。隣に座るジュードも残念そうである。
キャロルが事情を話すとユウたち6人はしばらく沈黙した。これから3階に上がろうというときにこの2人が抜けるのはかなりの痛手だ。
ため息をついたケネスがキャロルに尋ねる。
「いつ抜けるつもりなんだ?」
「こっちの都合だと8月から一緒になりたいから7月いっぱいだね」
「そうか。抜けちまうかぁ」
「とても残念だが、入ってもらうときの約束でもあったしな。こっちは引き留められん」
2人の話を聞いていたジュードが渋い顔をしたまましゃべった。
幾分かすっきりとした表情になったキャロルがジュードに顔を向ける。
「そっち側は人の募集はまだしてない?」
「まだしてない。ケネスと話をして、3階に活動を移してからにしようと考えていたんだ。できれば3階で活動経験のあるヤツを仲間にしたかったからな。2階と行ったり来たりしてるとどうしても募集をかけるときにこっちの立場が悪くなるから」
「俺としては秋頃から人を探そうと思ってたんだけどねぇ。知り合いのパーティが1つ解散してそのうちの2人に誘われちゃったんだ」
「それはどうにもならないな」
「この前ユウが冒険者ギルドの仕事をしたおかげで臨時収入が入ったけど、あれで装備を新調して寂しくなってた懐がある程度温かくなったってのも大きいんだ。あれがなかったら今回の件は断ってたんだけど」
「それは」
それ以上言葉が続かないジュードは苦笑いした。臨時収入が思わぬところで意外な結果を出してしまったことになる。これは予想できない。
同じように苦笑いしていたキャロルだったが、表情が少し寂しそうなものに変化する。
「それとね、この前魔法の剣が出たのを覚えてる?」
「ああ、覚えてる」
「あれの換金額を知って3階には行かなくてもいいかって思っちゃったんだよねぇ」
「なんでまた?」
「思ったほどの額じゃなかったからさ。銅貨8枚のために延々と危険な3階をさまようよりは、2階で稼いだ方がいいって思えたんだよ」
「まぁあの額は正直どうかと思ったが、そうか」
「買うときはやたらと高いらしいのにねぇ!」
語尾に力を入れたキャロルが木製のジョッキを呷った。それを飲みきると何とも言えない微妙な表情で給仕女に代わりを注文する。
すっかり気落ちしたケネスが再びため息をついた。それからボビーに顔を向ける。
「ということは、ボビーも抜けるんだよな」
「うん。キャロルと一緒に行く」
「となると、また4人か。ジュード、こりゃ本格的にオレたちも仲間探しをするべきだな」
「そうだな。幸いこの4人でも2階でなら充分活動できるから、生活費のことは心配しなくてもいい」
「まぁな。しかし、あと少しだったんだけどなぁ」
悔しそうに天井を仰ぎ見たケネスが心情を吐露した。その間にキャロルが注文していたエールが届けられる。
「途中で抜けるのは正直悪いとは思ってる。けど、3階を目指す意義も見出せなくなったから、あんまり身を入れて活動できなくなったのも確かなんだ」
「しょうがねぇ。別れる時期がぴったり合わなかったのが残念だってだけでな」
「そう言ってもらえて助かるよ」
やっと気分が落ち着いてきた様子のケネスの言葉にキャロルが安堵の表情を浮かべた。旨そうに木製のジョッキを傾ける。
4人の様子を眺めていたユウは何となく自分とルーサーのときのことを思い出した。みんな自分の都合に合わせて行動している。今回はキャロルが先に行動を起こし、ケネスとジュードが受け入れる側だ。次は誰が行動するのだろうとぼんやり考える。
少し首を傾けたユウはその拍子にハリソンの顔をわずかに視界に収めた。何やら考え込んでいる様子に見える。
「ハリソン、どうしたの?」
「いや別に何でもない。ケネスとキャロルのやり取りを聞いて色々と考えていただけだよ」
「また4人になったね」
「そうだな。元々臨時で組んでいたんだから、元に戻ったとも言えるが」
「となると、ああそうか、陣形はまた前のやつに戻るのかな。菱形の陣形?」
「たぶんそうなるだろう。ただ、前のときよりオレたち自身が強くなってるから、前以上に戦えるとは思うけどな」
「そうだといいよねぇ」
摘まんだ薄切りの豚肉を口に入れたユウは旨そうに噛んだ。油の付いた指も舐める。
ようやく立ち直りつつあるケネスが木製のジョッキを一気に傾けた。それを空にしてから丸テーブルに置く。
「よし、吹っ切った! キャロル、今月いっぱいはいてくれるんだよな?」
「そのつもりだよ。このパーティは稼げるからね」
「そう、オレたちは稼げるんだ! 6人いる間にガッツリ稼ぐぜ!」
「4人になるとどうあがいても稼ぎは減るからな」
「ジュードぉ! お前は何でそうやる気を削ぐようなことを言うんだ!」
「そうは言っても事実だからな。それに、稼ぎが減るのは一時的だ。その後はまた元に戻るさ」
「その通り! いいこと言うじゃねぇか、ジュード!」
一時は暗い雰囲気に陥った
前に進めそうでなかなか進めない日々が続くのは何とももどかしい。しかしそれでも、それなりに日々をうまくやっていることにユウは満足感を覚えた。
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