良いことも悪いことも(前)

 7月も半ばになるとすっかり夏だ。日差しは強く頭上から容赦なく降り注ぐ。アディの町は小岩の山脈の麓にある草原の町なので隠れる場所が建物の陰くらいしかない。


 そんな気候だが夜は風があるため意外に涼しくなる。寝るのには悪くないのだが、日が出ると急激に暑くなるため三の刻の鐘まで寝ていられない者は割といる。


 4日ぶりに魔窟ダンジョンから帰還したユウは久しぶりに寝台でゆっくりと寝た。見張りのために交代で起きずに済むのが何よりも嬉しい。


 一の刻の鐘で起きて走り込みと鍛錬をして二度寝すると、二の刻の鐘で起きる。帰る時間が合わずに1人で先に寝たユウはこのとき久しぶりに仲間と話をした。


 最初に話をしたのはジュードである。


「昨日部屋に戻ってきたときは驚いたぞ。お前が当たり前のように寝てたからな」


「疲れて仕方なかったんだ。何しろ魔窟ダンジョンの中じゃまともに眠れなかったし。4日ぶりに酒場でご飯を食べたら眠くなって我慢できなかったんだ」


「そんなに働いてたのか。後で話を聞かせてくれよ」


「いいよ。ところで、ケネスが起きないってことは今日は休みでいいの?」


「休みだ。こいつは昼間まで起きない。だから時間が合わないとケネスとまともに話をするのは最悪明日の朝かもしれないな」


 横目で眠るケネスを見ながらジュードが答えた。その顔は楽しそうに微笑んでいる。


 次いで出かける直前のハリソンがユウに振り向いた。こちらはいつもの調子である。


「あの爺さんと4日間も一緒に魔窟ダンジョンへ入ったというだけでも大したものだ。相当大変だったろう」


「色々と。僕の常識が通用しなかったとこもあったしね」


「だろうな。それじゃ、出かけてくる」


 1つうなずくとハリソンは部屋を出た。そういえば、休養日の度に丸1日外出しているがその理由を聞いたことがないことを思い出す。


 首を傾げて考え込んでいるとユウは背後からジュードに呼ばれた。振り向いて答える。


「どうしたの?」


「部屋の契約が明日で切れるんだ。またあの宿主と交渉しておいてくれ」


「いいけど、もう値段交渉はしないんだから別にジュードでもできるんじゃない?」


「言いくるめられて値切った分を上乗せさせられるのが嫌なのさ」


「そんなことしないと思うんだけどなぁ」


 苦笑いしながら干し肉を取り出したユウは噛みちぎった。肩をすくめるジュードも朝食を食べ始める。いつもの光景だった。


 食事が終わるとユウは1階に降りて受付カウンターへと近づく。いつものようにアラーナが座っていた。気付いて顔を向けてくる。


「そろそろお出かけの時間かい?」


「はい。その前に、部屋の契約を更新しに来ました」


「自分からやって来るのはいいことだね。今と同じ1ヵ月更新なら銅貨76枚だよ」


「わかりました。それでお願いします」


「毎度。最近は水を買わなくなったねぇ。今は暑いんだし、定期的に洗わないと凄いことになるよ」


「はは、わかっています。ちゃんと洗いますよ。部屋も臭くなったら困りますしね」


「そうそう。あんたの仲間にもよく言っといておくれよ」


 笑顔で宿泊料金を受け取ったアラーナが嬉しそうにうなずいた。


 部屋の契約更新が終わったところでユウは宿を出て修練場へと向かう。今の時期だと三の刻の鐘の前ともなると既に暑い。


 冒険者ギルド城外支所の建物裏にウィンストンは立っていた。この時間帯だとまだ建物の西側は日陰なので涼しい。やって来たユウを目にすると呼びかける。


「おう、来たな。昨日の今日で来ねぇかと思ったんだが」


「一の刻に起きるのは結構つらかったです。でも、起きてしまえば何とかなりますよ」


わけぇなぁ。儂なんぞ二の刻に起きるのがやっとだ」


「年寄りの朝は早いって聞きますけど、違うんですか?」


「ばかやろう、昨日まで何をしてたか知ってるだろうが。疲れが取れねぇんだよ」


「それじゃ今日は止めておきますか?」


「はっ、もう起きちまったんだから構わねぇよ。おら、始めるぞ。今日はダガーだ」


 提案を鼻で笑い飛ばしたウィンストンは刃を潰してあるダガーをユウに差し出した。そうしてこの日の稽古が始まる。その大変さはいつも通りだ。


 四の刻の鐘が鳴るとその稽古も終わる。ユウはすっかり汗だくだ。そんなユウにウィンストンが声をかける。


「今日はここまでだ。帰っていいぞ。ああそれと、お前さんの銅級への昇級は申請しておいてやったからな。何日かしたらトビーに言え」


「トビーさんですか」


「そうだ。あいつもたまには仕事を増やしてやらねぇとな。ちゃんと銀貨1枚用意しておくんだぞ」


「あはは、わかりました」


 愛想笑いをしたユウはうなずいて修練場から離れた。かつて銅貨さえも手元になくて鉄級の証明板を手に入れられなかったことを思い出し、少し恥ずかしい思いをする。


 昼からは裁縫工房で古着の他に自分の体と服を洗ってぼろ布と交換し、夕方は消耗品を買ってから部屋に戻って武具の手入れをした。夕食はもちろんいつもの酒場である。


 ようやく日常が戻って来たことをユウは実感した。




 翌日、ユウは大きな手ビッグハンズに戻って魔窟ダンジョンに入った。時間にして1週間ぶりである。


 最も喜んだのはケネスだ。上機嫌に語る。


「やっと大きな手ビッグハンズが全員揃ったな! これでまた3階を目指せるぜ!」


「微妙にやりづらかったからな。しかし、これでもう安心だ」


「何もしなくても冒険者ギルドからカネがもらえたのは良かったけどな」


「そうだねぇ。ああいうのなら、たまにあってもいいかな」


「また、たくさん稼げる」


 リーダーに続いて、ジュード、ハリソン、キャロル、ボビーが感想を語った。稼げたことを喜びつつもユウの復帰に安心している。


 6人が揃った大きな手ビッグハンズの活動は以前のものに戻った。2階を回りつつも積極的に大部屋へと向かい、可能な限り3階に上がる。これの繰り返しだ。


 この日は調子が良かったのでユウたち6人は真っ先に3階へと向かった。そして、行ける所まで進んで2階に戻る。


 夕方、1日の活動を終えて魔窟ダンジョンを出た6人は換金所に入って魔石を換金した。次いでいつものように出現品を買取担当者に差し出して換金してもらおうとする。


 やる気がなさそうに出現品を品定めしていた小太りの担当者が短剣ショートソードを手に取ったときに目つきを変えた。そのまま一旦奥にいる同僚の元へと向かう。


「なんだありゃ?」


「さぁ、僕にもわからないよ」


 怪訝そうな表情を浮かべたケネスにユウは首を横に振った。今までにない態度だ。


 しばらくして戻って来た冴えない風貌の買取担当者がユウたち6人に告げる。


「これは魔法の剣だな。切れ味が増す魔法がかかってる」


「え、本当ですか!?」


「ああ。鉄級の魔法の道具になるから買取価格は通常の倍になる。銅貨48枚だ」


「普通の武器と見た目が変わらないですね」


「見た目が変わるほどのやつは簡単には出てこないよ。大抵はこんなもんだ」


 買取担当者とやり取りしているユウの背後から仲間のどよめきが聞こえてきた。その間に、それを含めた今日の換金額が差し出される。


 換金所から出たユウたち6人は今日の稼ぎを山分けした。


 自分の分を受け取ったケネスがそれを懐にしまいながら口を開く。


「ついに魔法の道具が出てきたな! くぅ、こういうのを待ってたんだよ、オレは!」


「見た目が普通の武器と変わらないというのには驚いた。あれじゃ見分けがつかない」


「だから換金所で見てもらうんだろ。どうせ他の所にゃ持って行けねぇんだし。これでいいと思うぜ」


 若干眉を寄せるジュードにケネスが笑顔を向けた。あくまでも前向きだ。


 前向きと言えばハリソンもである。


「3階に上がってから1度も魔法の道具が出てこなかったが、ようやくだな。これからたくさん出てきてくれると嬉しいんだが」


「だな!」


「うーん。でも、1人頭銅貨8枚かぁ。鉄級だから普通のより2倍っていうから凄いって最初は思ったけど、実際の金額はそれほどでもないねぇ」


 一方、キャロルはジュードと同じく難しい顔をしていた。他の出現品をいくつもまとめた金額の方がもちろん多い上に、魔石の稼ぎの方が圧倒的だ。金銭的にそこまで魅力的かと言われると首を傾げる換金額である。


「あの魔法の剣って、換金額よりも道具として使った方がありがたみがあるんだろうな。だからお店で売ってるやつはみんな高いんだろうし」


「おれも、そう思う」


 ユウの感想にボビーがうなずいた。切れ味の増す魔法がどの程度のものかはわからなくても、きっと金額に見合うものなのだろうと想像する。


「まぁいいじゃねぇか。さっさと酒場に行こうぜ! 腹が減ってしょうがねぇ」


 換金所の隣でじっと立って喋る仲間にケネスが声をかけた。振り向いたユウたちは苦笑しながらうなずく。


 話を打ち切ったユウたち6人は冒険者の歓楽街に向かって歩き始めた。

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