魔術使いの処遇

 背後からの奇襲を見破られたユウは魔法により動きを封じられ、ウィルコックスに殺されかけた。しかし、強く念じることで迫る火球ファイアボールを避けて短杖ワンドを持つ相手の右腕を切り飛ばす。


 形勢が逆転したところでエルトンたち6人を倒したウィンストンがやって来た。多少疲れた様子だが怪我はないようだ。


 ウィンストンとウィルコックスの懐にある惹かれ合う水晶から伸びる淡い光の線を気にしつつも、ユウは片手半剣バスタードソードを持ったままの老職員に声をかける。


「あの6人に勝ったんですか」


「おうよ。まだまだ若いヤツにゃ負けんさ」


「そういう問題じゃないんだと思うんですけど」


「何だっていいだろう、勝ったんだからな。それより、また派手に血をぶちまけてるな。片腕を切り落としたのか」


 右肘の辺りを抱えるようにしてうずくまるウィルコックスを眺めながらウィンストンはユウに尋ねた。結構な出血量のせいでウィルコックスの顔は青い。


 剣を振って血糊を飛ばしたユウは鞘に収めると床に転がっている短杖ワンドを拾う。細工が施されたそれはユウの目で見ても美しい。


「ウィンストンさん、これどうしますか?」


「それは儂が持って帰る」


「触るな! それは貴様のような下賤な輩が手にしていいものではない!」


 失血で顔を青くしたウィルコックスがユウに向かって叫んだ。今にも噛みつかんばかりの形相で睨み、立ち上がろうとして床に倒れ込む。息が荒い。


「この人、どうするんですか?」


「私が魔術師ギルドに戻った暁には、必ず、必ず貴様らに私が感じた以上の屈辱を与えてやる! この恨みは絶対に忘れんからな、貧民ども!」


「威勢がいいのは結構なこったが、そいつぁ無理な話だ。お前さん、魔術師ギルドから除名処分にされたからな」


「は?」


「こいつがその証拠だ。お前さんは文字が読めるんだろ? 見てみるといい」


 剣を鞘に収めたウィンストンが背嚢はいのうを下ろして中から丸められた羊皮紙を取り出した。封を切って広げ、ウィルコックスの前に置いてやる。


 血だらけの左手でそれを取ったウィルコックスは血走った目でその羊皮紙に描かれた内容を読んだ。すると、蒼白だった顔色が更に白くなる。


「ばかな、なぜ? 今まで散々貢献してきたじゃないか。なのに、どうして!」


「積み上げたモンは確かにあったんだろうが、それ以上にさっ引くモンが多すぎたんだろうよ。お前さん、この春から随分派手にやってただろう?」


「そんな、全部、全部言われたとおりに、私は忠実に従っただけなのに」


「魔法の道具を献上して点数稼ぎってまでは別に構わねぇがよ、他の冒険者を殺して手に入れるってのはやり過ぎたよなぁ」


 血で汚れた羊皮紙を震える左手で持ったままのウィルコックスにウィンストンが喋った。しかし、反応がない。


 その様子を見ていたユウは不安そうにウィンストンへと顔を向ける。


「早く手当てして連れて帰らないと危ないんじゃないですか?」


「気にするこたぁねぇよ。こいつの処分は最初から決まってんだ」


「え?」


「次に、お前さんの実家からの伝言を預かってるから伝えるぞ。ドウェインなる者をウィルコックス男爵家から除籍する、だとさ」


「は?」


「犯罪に手を染める者は当家に不要なんだと。まぁ、言い分自体は真っ当だな」


 伝えられたウィルコックスの目に先程までたぎらせていた憎悪の光はなかった。その表情はあまりにも多くの感情を表しすぎて引きつっている。


 実家から勘当され、現在所属するギルドからも除名されたウィルコックスには行く先も帰る先もなくなった。残るは町民としての諸権利だが、これもどれだけ維持できるかは怪しい。


 更に続く断罪劇をユウは半ば呆然と見ていた。町から町へと流れるユウではあったが、それでも冒険者ギルドという組織に所属している。薄いとはいえ繋がりはあるのだ。


 それに対してウィルコックスは庇護してくれる組織から追い出されてしまった。かつて町から追い出されたことを思い出してユウは身震いする。


「でも、貴族なんだから町民としての権利くらいはまだあるんだよね。だったら服役した後にまたやり直したらいいんじゃないかな」


「そういうわけにもいかねぇんだよな。最後に、町の決定を伝えるぞ。ドウェイン・ウィルコックスなる者、魔窟ダンジョンにて有望なる冒険者を多数殺害した罪で絞首刑に処す。尚、逮捕前に魔窟ダンジョンへ逃亡したため、冒険者ギルドに刑の執行を依頼し、魔窟ダンジョン内にて実行することを許可する、だ」


 老職員の話を聞いていたウィルコックスは呆然としていた。目を剥いた口元を震わせるばかりである。


 横で通告を聞いていたユウも目を見開いていた。まさかそこまでするとは思っていなかったからだ。冒険者は貧民扱いであり、町民が貧民に危害を加えても普通は罰金刑がせいぜいである。悪くても短期間の労働刑だ。それが、身分を剥奪した上での処刑である。貴族の末席に連なる者に下す刑ではない。


 そして、ウィンストンが最初からこれを狙っていたことを理解したユウは愕然とした。まさかこんなことだとは思わなかったのである。気付けば厄介事に加担していたわけだ。


 背嚢を背負い直して再び剣を握ったウィンストンが言葉を続ける。


「と、いうことだ。うまく噂に食らいついてくれて良かったよ。町の中に引きこもられたままじゃ手の出しようがなかったからな」


「ウソだ」


「あ?」


「ウソに決まってる。だって私は長年魔術師ギルドに貢献してきたんだ。貧民を殺したくらいでこんな扱われ方をされるなんておかしい!」


「殺した貧民に問題があったんだよ。お前さん、3階で活動する冒険者を殺して回っただろう」


「だからどうした! 貧民には違いないだろう!」


「その貧民はな、魔法の道具を持って帰ってきてくれる貧民なんだよ。町の利益に直結してんだ。それを何人も殺されちゃ町だって黙ってるわけにはいかねぇだろうが。お前さんなんぞより目上の貴族様の利益を脅かしたんだぞ」


「あ、う」


「あんまりにも短絡的すぎたな。マジメにやってりゃ良かったものを」


「足りなかったんだ」


「またか」


 話し始めたウィルコックスを見てウィンストンが呆れた。正にそんなことを言われてもという状態である。


 漏れてくる愚痴と悲嘆によると、魔術師ギルドの中で起きた派閥争いで自派閥が不利になり、より多くの魔法の道具が必要になったそうだ。何に使うかはわからないままひたすら3階で魔法の道具を集めていたウィルコックスだったが、それではとても足りなくなってしまう。そして、あるときたまたま死亡した冒険者の持っていた魔法の道具を手に入れたことから今回の犯行を思い付いたらしい。その後は3階で魔法の道具が出現するのを待ちつつ、めぼしい冒険者パーティを襲っていたということだ。


 2人が見守る中、ウィルコックスは息も絶え絶えに語った。涙を流し、息を荒げながら喋り続ける。


「どうして、どうして私だけなのだ。なぜこれだけ尽くした私が切り捨てられなければならないんだ。おかしいだろう。こんなの間違ってる」


「まぁ、一応裏取りできたっつう意味はあったか。もういいだろう」


「ウィンストンさん、それじゃこの人は」


「ああ、ここで処刑だ」


 端的に言われたユウは身を固くした。


 その間にウィンストンは横たわるウィルコックスに近づく。怯えた目で見返されることを気にせずその前に立った。そうして告げる。


「それじゃ、これで終わりだ」


「イヤだ、死にたくない。私は!」


「お前が殺した冒険者もみんなそう思ってただろうよ」


 相手の言葉を途中で遮ったウィンストンは無造作に剣を突き出した。その切っ先は尚も何か言おうとするウィルコックスの首に刺さる。引き抜くと、喉元と口から血を溢れさせたウィルコックスが絶命した。


 ユウも身を守るために人を殺したことはある。しかし、目の当たりにした処刑にはそれとは別の嫌な気持ちにさせられた。


 剣を鞘に収めたウィンストンがユウに向き直る。


「嫌な思いをさせちまったな。本当はここまで付き合わせるつもりはなかったんだが」


「こういうことってよくあるんですか?」


「そうそうねぇよ。お前さんも知ってるだろう、魔窟ダンジョン内の暗黙の了解を。自分たちで解決するってぇのが基本原則だ」


「こういうのはもうやりたくないですね」


「みんなそういうよ。ああそうだ。今回の件はできるだけ誰にも言うな。表向きは噂の調査ってことにして、あの噂は事実無根だってことにするからよ」


「言いづらいですよ、これ」


「だろうな。最悪バレても上が何とかするんだろうが、こっちもめんどくせぇことになりそうだからな」


 申し訳なさそうに話をするウィンストンにユウはうなずいた。下手に話をしてまた厄介なことに巻き込まれてはたまらない。


 大きくため息をついたユウは天井を見上げた。

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