魔術使いとの戦い
用意を整えたユウとウィンストンが迎え撃つ場所として選んだのは十字路だった。あらかじめ魔物は排除しておき、惹かれ合う水晶を持ったウィンストンが交差点で待つ。水晶が示すもう片方の水晶は十字路から南側に伸びる通路の先だ。
一方、ユウが待機しているのは十字路から西側に伸びる通路の先である。すぐ隣に扉があり、交差点から10レテムの距離だ。ウィンストンがしゃべり始めたら隣の部屋から南に向かって進み、相手の背後に回る予定である。
2人が実行しようとしている作戦がうまくいくかはやってみないとわからない。見破られたり警戒されていたりすると、ユウが殺される可能性が一気に高くなる。その場合はウィンストンの元へ全力で逃げるよう指示されていた。3階で活動するパーティ1組と戦うウィンストンに他人を助ける余裕があるかユウは疑問だったが、他に選択肢はなかったので承知する。
ユウが眺める交差点には腕組みをして待つウィンストンが立っていた。その懐から淡い光の線が南側の通路へと伸びている。
どのくらい待つのかと思案していたユウは通路に誰かが入ってきたことに気付いた。同時にウィンストンが叫ぶ。
「おう、やっぱり来やがったな、この野郎!」
「1人だと? 他にはいないのか」
「はっはっは! この辺りを回るのに仲間なんぞいるかよ! てめぇらのようなヒヨっ子とは違うんだよ!」
曲がり角の向こう側の声は反響していることもあって聞き取りにくかった。しかし、確かに誰かが入ってきてウィンストンが挑発している。
いよいよ始まったことを感じ取ったユウはそっと扉を開けて隣の部屋に入った。途端に周囲が静かになる。
予定通りユウは南へと向かって相手の背後に回り込もうとした。部屋から通路へ、通路から部屋へ移るときは一旦様子を窺ってから中に入る。近づくにつれて緊張感が増した。
十字路の南側の通路に繋がる部屋にユウはたどり着く。室内には誰もいない。しかし、北側の扉は開きっぱなしなので十字路での戦闘音が伝わってきていた。壁伝いに北側の扉に近づいて十字路での戦いをそっと窺う。
「ばかな! なんだあの強さは!? どうして1人相手に押されてるんだ!」
「くそっ、あのジジイ、ハッタリじゃなかったのか!」
扉から少し北側に進んだ場所で2人の男が戦いの成り行きを見ながら呻いていた。1人は藍色の上質なローブを着て細工を施された
事前情報の通り、交差点での戦いから目測で30レテムほど離れた場所に2人はいた。扉からは約10レテム離れている。
交差点の床には既に1人が倒れていた。更にもう1人が片膝を付いて苦悶の表情を浮かべている。まともに戦っているのは3人だけだ。ウィンストン自身は無傷なので、このまま戦いが続けば5人とも倒せそうに見える。
「ウィルコックス様、魔法での支援を!」
「それができんのだ! 貴様の仲間がうろちょろして攻撃魔法は使えんし、魔法で拘束しようにも何らかの対策をしておる。私への対策も万全とはな。何と忌々しい!」
部下であるエルトンからの要求をウィルコックスは忌々しげに却下した。腹立たしそうに交差点での戦いを睨む。
苛立つ2人の様子を見ていたユウはウィンストンの話を思い出した。今回、ウィルコックスはこの場で捕らえるか殺してしまうかの二択だという。今後の面倒を避けるためにだ。しかし当然、不利を悟ればウィルコックスは逃げる可能性が高い。
そこでユウの出番だ。勝てないと悟ったウィルコックスが逃げるのを阻止するかその場で殺してしまうのである。そのために相手の背後に回ったわけだがやり方は2つあった。1つは背後から奇襲して仕留める方法、もう1つは扉付近に逃げてくるウィルコックスを仕留める方法だ。積極策か消極策かの違いである。
どちらも一長一短だ。積極策だとユウが能動的に動くので仕掛ける時期を自分で選べる。ただし、接近するまでにエルトンに気付かれる可能性があった。もう1つの消極策だと相手から近づいて来てくれるので近づく手間が省ける。ただし、相手は警戒しているのでエルトンに防がれる可能性があった。何にせよ、護衛であるエルトンが厄介極まりない。
こうなるとユウ自身の胆力と技量の問題だ。相手との距離が半分だったら迷わず突っ込んでいたが、今の距離だとユウは気付かれそうな気がしてならない。何となく背後にも気を配っているような感じがするのだ。しかし、ウィルコックスが逃げる場合はエルトンが先導するはずなので、それをやり過ごして魔術使いに突っ込むのは難しいとも思えた。
ユウはちらりと交差点での戦いに目を向ける。床に倒れている人の数が3人に増えていた。片膝を付いていた男も見当たらない。ウィンストンが相手をしている冒険者は残り2人である。
「バカな、オレの仲間がこうもあっさりとやられるなど」
「大枚はたいて雇っているというのになんだあの体たらくは! 貴様も行って早く仕留めてこんか!」
「しかし、オレが離れてしまえば、ウィルコックス様の護衛が」
「どうせ周りには誰もおらんし、魔物だって近づいて
主人から罵声を浴びたエルトンが悔しげな表情を浮かべた。ひどい言い方である。しかし、このままでは危ないというのは確かでもあった。
歯を食いしばってウィルコックスを見つめていたエルトンはやがて目を背けて交差点へと向かう。途中で剣を抜くと雄叫びを上げてウィンストンへと突っ込んだ。
2人のやり取りを見ていたユウは目を見開いた。最大の問題をウィルコックスが解決してくれたのだ。これなら何とでもなると確信する。
再び1対3の戦いになった交差点へとちらりと目を向けてから、ユウは
そのとき、ウィルコックスが後ずさっていることにユウは気付いた。訝しげにその様子を見ていると独り言が聞こえてくる。
「ちっ、もうダメだな。ここは一旦退いてやり直さねば。おのれ、たかだか貧民の分際で!」
心底憎々しげな声をユウは耳にした。貴族の貧民の扱いなどこんなものだということは理解している。ただ、実際にそんな扱いをされたり言われたりしたときにどう思うかはまた別問題だ。多少痛い目を見てもらっても仕方ないと心に決める。
そうして覚悟を決めたユウだったが、次にウィルコックスが振り向いたので慌てて顔を隠した。こうなると部屋に入ってきた直後に襲うのが良いと判断する。
「我が下に集いし魔力よ、秘されし姿を白日の下に曝せ」
つぶやくような言葉を耳にしたユウは最初それが何かわからなかった。つい先程までの感情的な言葉とは違い、冷静で平坦な声である。
「ふん、しょせん貧民の考えることか。小賢しい。我が下に集いし魔力よ、
再び同じ調子の言葉を聞き終わったとき、ユウは自分の体が動かないことに気付いた。そして、先程のウィルコックスのつぶやきが魔法の呪文であることに思い至る。
焦るユウの目の前にウィルコックスが姿を現した。不信感丸出しの顔に歪んだ笑みを浮かべて睨みつける。
「薄汚い貧民め。このオレ様に楯突こうなどと思い上がりおって。成敗してくれるわ!」
手にした
体が動かないユウは焦った。口を動かすこともできない状態でユウは必死になって動けと念じる。冷や汗が浮かんだ体が震えた。
死が目の前にはっきりと現れるのを見たユウは更に強く念じる。すると、体がいくらか動くようになった。
「よくもやったな!」
「貴様! なぜ動ける!?」
動揺するウィルコックスをわずかに不思議に思いつつも、ユウは大きく踏み込んで剣を振るった。条件反射で避けようとするウィルコックスの右腕を切り飛ばす。切断した肘から下の右腕と
周囲に響き渡る絶叫がユウの耳を打つ。床にうずくまって泣き叫ぶウィルコックスをそのまま眺めた。これでもう逃げられることはない。
通路の奥から大きな音が聞こえなくなったことに気付いたユウは交差点に目を向けた。すると、近づいてくるウィンストンの姿が目に入る。6人相手に勝ったらしい。
これでようやく戦いが終わったとユウは肩の力を抜いた。
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