迎え撃つ準備

 魔窟ダンジョンに入って4日目に入った。夜に短時間睡眠で見張りをする以外はユウに大きな負担はない。厳密には魔物との戦いは少数とでもなかなかきついのだが、ウィンストンに比べるとささやかな数なので文句は言えなかった。


 ただ、引き受けた仕事である調査が本命ではないことをに気付いたユウにとって不安は増すばかりだ。最初は気付かなかったが、今は何を待っているのかうっすらと理解しつつある。


 本当の意味での本命の様子を探るため、ユウは今朝も干し肉を食べてから水晶を麻袋から取り出した。相変わらず内から光っている。しかし、淡い光の線はいつもと違った。昨日までよりも床とより水平になって伸びているのだ。なので、今までは床にぶつかって見えなくなっていた淡い光の線が壁の下の方にぶつかっている。


 水袋を傾けて口の中の干し肉をほぐしているウィンストンにユウは顔を向けた。水晶はそのままに声をかける。


「ウィンストンさん、もう片方の水晶が動いたかもしれないです」


「どのくらいまで近づいているかわかるか?」


「そこまではわからないです」


「ふむ、そうか。まぁいい。ということは、昼飯までに何か起きそうだな」


 内の中の干し肉を飲み込んだウィンストンが大きなあくびをした。立ち上がって背伸びをする。


 水晶を麻袋にしまったユウも立ち上がった。良くないことが起きるのがわかっているので気が重い。気になることがあるので尋ねてみる。


「あの、これからどうするんですか?」


「どうもしねぇ。今まで通りにするだけだ」


「え? また中を回るんですか? 誰か近づいて来ているのに」


「そうだ。誰かまではわかんねぇが、その水晶の片割れを持って動いてるヤツは儂たちが連中に気付いていることは知ってるだろう。だから、絶好の機会を窺いながら後をつけて最後に襲ってくるはずだ」


「僕もそう思います。ですからきちんと迎え撃つべきだと思うんですけど」


「常識的にはそうだな。ただ、儂としては相手の油断を誘いたいんだ」


「油断? 僕たちが気付いていることを知っている相手を油断なんてさせられるんですか?」


「そこをちょいと頑張ってみるんだよ。うまくできりゃお慰みってな」


 獰猛な笑みを浮かべるウィンストンを見てユウは眉をひそめた。どんな相手であれ、最低パーティ単位で行動しているのは確実だ。そんな相手を迎え撃つのだから油断を誘うのは当然だが、その方法がよくわからない。


「一体どうするんですか?」


「こっちが油断してると見せかけるか、あるいは全然余裕がねぇって見せかけたらいいんだよ。そうしたら喜んで襲ってくるだろうぜ」


「なんだか嫌な予感がします」


「はっはっは! さぁ行くぞ!」


 大笑いしたウィンストンが前に向かって歩き始めた。不安そうなユウも仕方なく続く。


 4日目の朝に始めたことは前日までと変わらなかった。部屋と通路を通り、魔物を倒す。やっているのは主にウィンストンだがユウも端でこっそりと協力していた。とても横に立っては戦えない。


 前日までは食事時のみに確認していた水晶だが、今朝のユウは魔物との戦いが終わる度に見ていた。確認を怠って奇襲されては目も当てられない。すると、何度かの戦いの後は淡い光の線が床に対して水平になり、壁にぶつかって消えるようになっていた。


 相手との距離が遠くないことを知ったユウはウィンストンに声をかける。


「ウィンストンさん、相手が3階に上がってきたようです」


「へぇ、そうかい。いよいよだな。ユウ、こっからさきは儂1人でもできる。水晶を儂に渡して帰ってもいいぞ」


「その言葉、昨日に聞きたかったです。今下手に1人になったところに追いかけてきている人たちと出くわしたら、僕確実に殺されちゃうじゃないですか」


「お前さん、あのバカ貴族に顔を知られてんのか?」


「2階で活動していたときに3階に続く階段の近くで出会ったことがあるんですよ。護衛のエルトンっていう人に3階に上がるなって警告されたんですけど、そのときに見られているはずです。しかもその後に、この水晶を冒険者ギルドに提出したのは僕たちですから」


「ああ、そりゃダメだな。しまった。てっきり知られてねぇと思ったんだが」


「っていうか、やっぱり追いかけてきてるのはウィルコックスっていう人なんですね。ウィンストンさんはそういう確信があるんだ」


「あーすまねぇな。地図係が欲しかったのは本当なんだが、ぎりぎりのところで返すつもりだったんだよ。面が割れてなきゃすれ違ってもいけると思ったんだ」


「1人でうろついている時点で怪しまれると思いますよ。少なくとも呼び止められるでしょうね」


「儂の立てた計画なんだからいい加減だってことはわかってたが、これはちょっとひどすぎるな」


 目論見の杜撰さを指摘されたウィンストンが指で頬を掻いた。


 呆れたユウがため息をつき、麻袋から水晶を取り出す。


「これ、返します。持っていてください」


「そりゃ構わねぇが、どうするつもりなんだ?」


「相手はこの水晶を頼りに僕たちを追いかけています。ですから、追いついた直後は必ずどこに水晶があるのかをまず確認するはずです。つまり、これを持っている人が一番目立つんですよ」


「そうだな」


「でも、相手はこっちが何人いるかまでは知りません。そうなると、もし僕が隠れたらその存在に気付かない可能性が高いです」


「ああそうか、やり過ごすにしろ奇襲するにしろ、都合がいいってわけか」


「はい。ちなみに、話し合いで解決する可能性はありますか?」


「ねぇな。あっちは儂たちを殺してこれを奪うつもりだろうよ。生かしておくつもりだったらわざわざ魔窟ダンジョンに来やしねぇ。魔術師ギルドの権力ちからを使って取り上げたらいいんだ」


「なんでそうしなかったんでしょうね?」


「あいつは貴族っつっても魔術師ギルドの中じゃ下っ端だ。上に掛け合ってもダメだったんだろう」


「それじゃ、いきなり襲いかかってもいいわけですか?」


「構わねぇよ。ここじゃ貴族だろうと関係ねぇ。最悪儂が何とかしてやるよ」


 不敵に笑うウィンストンがユウの提案を認めた。差し出された水晶を受け取る。


「で、具体的にお前さんはどうするつもりなんだ?」


「それはですね」


 地図を取り出したユウはウィンストンに見せながら説明を始めた。やることは単純なので時間は大してかからない。


 すべてを聞き終えたウィンストンが苦笑いする。


「なるほどなぁ。魔窟ダンジョンの造りを利用するってわけか。単純だが効果的だな。場所もここから近い」


「やるんなら早くしましょう」


「そうだな」


 相手が既に3階に上ってきているので接触までそれほど時間がなかった。2人はうなずくと歩き始める。そして、次の部屋へと入った。




 終わりなき魔窟エンドレスダンジョンの中は1辺10レテム四方の空間をつなぎ合わせた部屋と通路で構成されている。そして、部屋の次は通路、通路の次は部屋と必ず交互になるよう組み合わせられていた。これは階を問わず同じだ。


 そんな魔窟ダンジョンだが、意外にも行き止まりというのはほとんどない。大抵が大回り小回りを問わずぐるりと1周して戻って来ることができるようになっている。それはこの魔窟ダンジョンに入っている冒険者ならば誰でも知っていることだ。ただ、魔物が逃げる冒険者を延々と追いかけることはないので知っているに留まっている。


 では、冒険者が冒険者に追いかけられているときはどうなのか。実は活用できる可能性がある。やりようによっては追跡者の背後に回り込むことができるのだ。しかし、簡単ではない。何しろ部屋にも通路にも魔物がいる2階以上だとそのすべてを排除しなければ通れないからだ。


 ユウはこの魔窟ダンジョンの構造を利用することにした。やって来るのがウィルコックスとエルトンのパーティだけだとしたら、ウィルコックスは護衛の1人を伴って最後尾で待機し、残りが前に出るという陣形だと説明された。そうなると、ウィンストンを囮にエルトンたちを釣り上げれば、その背後からウィルコックスを奇襲できる。


 問題は魔物と罠の排除だ。罠に関してはできるだけ避けて場所を選べば何とかなる。しかし、魔物はどこの部屋にも通路にも存在した。そこでユウはこの点をウィンストンの力で押し切る。この圧倒的な力を使って望む場所一帯の魔物を排除したのだ。実際にやってのけたウィンストンの力におののきはしたが。


 相手が迫っている以上、あまり時間はなかった。実際に間に合わない可能性も考えたが、そのときはそのときということで2人の意見は一致する。ウィンストンがウィルコックスと対決する意思を捨てない以上、ユウは何とかするしかないのだ。逃げようにも3階の魔物はユウにとって強すぎる。


 そうして、ついに対決のときが来た。ある意味部外者であるユウを巻き込んで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る