老職員の魔窟調査(後)

 肩慣らしの意味も含めたウィンストンの魔窟ダンジョン入りの翌日、いよいよ本格的に調査が始まった。三の刻の鐘が鳴る頃に冒険者ギルド城外支所の裏で集合する。既に待っていたウィンストンは傍らに小荷物を置いたまま草原の先を眺めていた。


 その小荷物にちらりと目を向けてからユウはウィンストンに声をかける。


「おはようございます。その荷物はなんですか?」


「干し肉と水袋だ。4日分を2人分揃えてある。ユウ、お前が持て」


「はい。背嚢はいのうに入るかな」


「中身をバラしてもいいぞ。どうせすぐに使っちまうんだからな」


 何とかまとめて入れようとしていたユウはウィンストンの言葉を聞いて小荷物の袋を開けた。そして、1つずつ自分の背嚢に入れていく。


 用意が終わると、ユウとウィンストンは魔窟ダンジョンに入った。調査する場所は3階からで、最初は昨日上がった階段近辺からに決まる。やや遅れて3階を目指したおかげで階段までの経路では魔物と出会わずに済んだ。


 昨日と同じように3階に上がるとウィンストンが立ち止まった。背負っていたぺちゃんこの背嚢を下ろすと中をまさぐる。


「おお、あったあった。ユウ、それを持っててくれ」


「小さい箱ですね」


「昨日話した魔断の小箱だ。その中に例の水晶が入ってる。その箱から取り出してどっちも持っててくれ」


「箱から取り出すんですか? あの貴族に知られちゃいますよ?」


「知らせるんだよ。もう冒険者ギルドにはねぇってことをよ。だから箱に入れっぱなしじゃ意味がねぇんだ」


「わかりました。いいですけど、外に出るときはまたこの箱の中に入れるんですよね」


「そうだ。魔窟ダンジョンにいる間だけでいい」


 首を傾げつつもユウは差し出された植物の蔓や葉を模した細工がなされた小さな木箱を受け取った。固めの蓋を開けると以前冒険者ギルドに提出した手のひらに収まる程度の大きさの丸い透明な水晶を目にする。それは水晶自体が光っており、更には淡い光の線がはるか向こう側の床に伸びていた。


 自分の背嚢を下ろして魔断の小箱を入れたユウは続いて水晶もしまおうとしてウィンストンに止められる。


「ユウ、水晶は懐に入れておくんだ。それで、たまにどうなってんのか見てくれ」


「水晶の何を確認すればいいんですか?」


「その水晶の片割れを持ったヤツが近づいて来てるか知りてぇんだ」


「ウィルコックスっていう貴族が来るかもしれないってことですか?」


「どの貴族が来るかわかんねぇし、雇ってる冒険者パーティが来るかもしれねぇ。何にせよ、その水晶の片割れを持って近づいてくるヤツには注意しておきてぇんだよ」


 だったら小箱から出さなければいいのにとユウは口にはしなかった。一応出す理由は既に聞いたからだ。納得したわけではないが今は従うしかない。


 これで本当の意味で準備が整ったユウとウィンストンは3階を巡り始めた。昨日のようにユウが扉付近で待つ間にウィンストンが魔物に突っ込む。それでも何匹かの魔物がやって来てユウは苦労したが、最悪1つ前の部屋や通路に逃げて致命的な事態を避けた。


 通常の活動という意味でならユウとウィンストンは順調に3階を巡っている。罠を解除し、魔物を倒し、たまに宝箱を開けて魔石と出現品を手に入れていった。


 しかし、ウィンストンが圧倒的に強いのでユウは完全にお荷物だ。部屋や通路の隅で魔物を何匹か倒すだけである。その間にウィンストンが残りの大半を片付けた。見れば大抵は一撃で、多くても二撃で魔物を葬り去っている。まるで雑に草刈りをしているようだ。


 ほぼ地図を見ての誘導と魔石拾いが主な作業になっていることにユウは不満はなかった。そもそも1階を巡るように3階を回れること自体があり得ないし、ウィンストンとの実力差が開きすぎて文句を言う気にもなれない。


 ただ、気になることはあった。今回は噂の調査のために魔窟ダンジョンへと入ったのだが、ウィンストンは何かを調べている様子がないのだ。そもそも魔窟ダンジョン内に隠せるような場所などないはずなのだが、それにしても壁や床を探すようなそぶりさえ見せない。


 拾った魔石や出現品はすべてユウの物になるのでひたすら懐は潤うが、今回の仕事の内容とは違うので内心は複雑だ。


 小休止を繰り返しながら魔窟ダンジョンの中を巡っていたユウとウィンストンは夕食を取ることになった。行き止まりの部屋を探して腰を下ろす。


 背嚢を下ろしたユウは干し肉と水袋をウィンストンに手渡した。それから自分の分を取り出す。


「はー、若い頃に比べると疲れるようになったなぁ」


「1人であれだけの魔物を相手にしていたんですから当然ですよ。むしろ傷1つ負ってないのが不思議です」


「全盛期じゃねぇがまだこの辺りで後れを取ることなんざねぇよ」


「昔は今より強かったんですか」


「そりゃ若い分、ずっと力はあったぜ。徹夜で魔物狩りをしてから浴びるように酒を飲んで騒いだもんよ」


「僕、若いですけどそんなことできる気がしないです」


「はっはっは! もっと鍛えねぇとな。ああそうだ、あの水晶はどうなってんだ?」


 干し肉を噛みながら尋ねてきたウィンストンに答えるべくユウは腰の麻袋から水晶を取り出した。相変わらず淡い光の線が床に伸びて消えている。


「前と変わりないようですね。片方がなくなったんで、倉庫にでもしまったっちゃったんじゃないですか?」


「そうかもしんねぇな。そんまま諦めてくれたらいいんだが」


「魔法の道具なんで貴重なのはわかりますけど、よくそんなのを人に貸しましたよね。しかも町の外のパーティに」


「何か焦ってたのかもしれねぇな。こんなことをしなくても、身分も生活も保障されてただろうに」


「普通に稼いでるのじゃ駄目なのかなぁ」


 貴族や魔術師ギルドにほぼ縁のないユウはそう言った人々の考えることがまったくわからなかった。生活さえできれば良いというのでは満足できない人種としか知らない。


 2人はしばらくだまって干し肉を噛んだ。味も堅さも一般的なものと変わりない。しかし、ウィンストンは眉をひそめる。


「あーくそ、最近噛みにくくなってきやがったんだよな」


「そもそも干し肉って硬いですからね」


「そうなんだが、昔はもっと簡単に噛みちぎれたし噛めたんだよ。お前さんは平気だろ」


「はい、ちゃんと噛めますよ」


「今のうちにしっかり噛んどけ。歳を取ったら噛めなくなってくるからな」


 珍しく妙に年寄り臭いことを言われたユウは苦笑いした。食事の大半は干し肉なので今の生活を続ける限りはよく噛み続けるしかない。


 若干面白くなさそうな顔で干し肉を囓るウィンストンがユウに顔を向ける。


「今晩の見張りだが、お前さんやったことはあるのか?」


「ありますよ。冒険者を何年もやっていたら何度もありますし」


「そいつぁ外から流れてきたヤツの言い分だな。貧民街出身の連中だと日帰りで活動するヤツが大半だから意外にみんな経験がねぇんだ」


「あーなるほど。でもウィンストンさんはあるんですよね?」


「儂は若い頃に1度外へ出てたからな。この周辺のことならいくらか知ってるぞ」


「そうなんですか。で、話を戻しますけど、今晩の見張りをどうするかですか?」


「おおそうだった。鐘1回分の3分の2ずつで交代というのでいいか?」


「いいですよ。僕砂時計持ってます。鐘1回分の3分の1のやつですけどね」


「儂もだよ。なら自分のを使えばいいな。ユウ、先に寝るぞ」


「どうぞ」


 雑談の延長で夜の見張り番について決めるとウィンストンが横になった。ユウは背嚢から砂時計を取り出して逆さまにする。


 いつもに比べてほとんど疲労がないユウはぼんやりと室内唯一の扉を眺めた。やることもないので漠然といろんなことを考える。


 今回の仕事は色々と奇妙なところがあるとユウは感じていた。何か隠されているように思えるのだ。しかし、自分に対して何か悪意があるわけでもなさそうである。


 再び麻袋から水晶を取り出したユウはそれを眺めた。相変わらず内から光っており、更に淡い光の線が先程見たときと同じように伸びている。


「ウィンストンさん、何がしたいんだろうな」


 これということが思い付かなかったユウは首を傾げながらも水晶を麻袋にしまった。いくら考えても堂々巡りになる。そのうち、別のことを考えて暇を潰すようになった。


 その後、ユウとウィンストンは、2日目、3日目と同じように3階を巡り続ける。その間もウィンストンは相変わらず魔物を倒しはするが何かを探そうとはしなかった。いくら何でもここまでされれば調査が本命でないことはユウにもわかる。何かを待っているのはわかるが、それが何かはわからない。何とももどかしい日々を送る。


 それでも表面上は雇われたときのままだったので、ユウは黙って地図を見て誘導し、魔石と出現品を拾い続けた。

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