老職員の魔窟調査(中)

 調査の内容と方法、それに襲撃犯から取り上げた水晶を持っていくことを聞かされたユウは何となく不安を覚えた。そもそも2人だけで魔窟ダンジョンの3階に上がるのが無謀としか思えない。


 今回の雇い主であり師匠でもあるウィンストンをどこまで信じれば良いのかわからなくなったユウだが、自分の役割は覚えていた。それについて質問する。


「ウィンストンさん、2階と3階を調べるということでしたけど地図はどうするんですか? 僕もある程度は描き溜めていますけど」


「どの程度持ってるんだ?」


 仲間3人に描き方を教えるためにたまたま持っていた地図一式をユウはテーブルに置いた。それを階ごとに分ける。


「1階が22枚、2階が14枚、3階が4枚です。西と東で偏りはありますけど」


「こりゃまた丁寧に描いてんな。随分と几帳面じゃねぇか」


「だっていい加減だったら不安じゃないですか。罠なんてかかりたくないですし」


「そりゃそうだな。当面はこれだけあったら充分だ」


「3階なんて少なすぎません?」


「この地図の範囲内で何も見つけられなかったら、そんときにまた描き足せばいい。いきなり全部なんて揃える必要はねぇよ」


 厳めしい顔に笑顔を浮かべたウィンストンがユウの疑問に答えた。ユウが地図を片付けている間に立ち上がる。


「それじゃ魔窟ダンジョンに入るか。一旦宿に戻って準備しろ。そしてすぐに門の前に来い」


「今から行くんですか?」


「お前さん、さっき2人だけで3階に行くのは無謀だって言ってただろう。そうじゃねぇことを示してやる」


 本気で言っていることを知ったユウは顔を引きつらせた。実力不足とはいえ自分たちが6人でも苦労していた3階へ本当に2人だけでいくつもりなのだ。


 さっさと打合せ室から去ろうとするウィンストンに続いてユウも廊下に出た。こうなったらもう行くしかない。


 冒険者ギルド城外支所から定宿に戻ったユウは誰もいない部屋で1人装備を整える。いつもとはまったく違う時間帯に準備をしていることに違和感を覚えた。


 それでも用意が終わるとユウは宿を出て魔窟ダンジョンの手前にある門に向かう。門にたどり着くと周囲には多数の冒険者がいたがウィンストンはまだ来ていなかった。


 やることもないので暑い日差しを浴びながらぼんやりと周りを眺める。南北に伸びる冒険者の道は往来する冒険者たちで賑わっていた。その表情は喜怒哀楽に彩られているので見ていて飽きない。魔窟ダンジョンを囲む背後の壁にしつらえられた門には何人かの門番が汗を流しながら立っている。正面に見える原っぱにはあぶれている冒険者たちが参加できそうなパーティを探し回っていた。


 半年前、突然この町にやって来て以来すっかり見慣れた光景だ。最初は右往左往していたユウも今ではパーティに所属して活動している。この町の物価にも慣れた。随分と変わったものだと感傷にひたる。


 そろそろ汗がにじみ出てきた頃になって城外支所から見知った姿が現れた。白髪で、しわくちゃで偏屈そうな顔をしていて、割と良い体格をした老人だ。しかも、いつもの汚れたチュニックの上から見慣れない革製の鎧を身につけ、腰には短剣ショートソードの倍近くも長い片手半剣バスタードソードを佩いている。


「待たせたな、ユウ」


「いえ、それはいいです。工房で見たことのある鎧ですね、それ」


織大鉄革鎧コートオブプレートってやつだ。革の裏に鉄板が仕込んであるんだよ」


 随分と使い込まれた鎧を見せながらウィンストンが説明した。実に当人に似合っている。


 それにしてもとユウはその姿を見て少し圧倒された。普段は厳つい老人としてしか見ていなかったが、こうして武具を身につけた姿を見ると完全に冒険者だ。風格すら漂っている。前に見た3階で活動している冒険者たちと何ら遜色がない。


 これなら本当に2人だけで3階に行けるのではとユウは思い始めていた。往来する冒険者の中にもウィンストンをちら見する者がたまにいる。


「それじゃ行くか。地図は持ってきてるな?」


「はい。どこまで行くんですか?」


「とりあえず3階まで行く。どこでもいいから案内してくれ。今日はぐるっと一回りするだけだ。明日からは何日か入りっぱなしになるがな」


「泊まり込みですか」


「できるだけさっさと調べておきてぇからな。干し肉と薄いエールも用意してある」


 歩きながらウィンストンは背後に続くユウに話しかけた。魔窟ダンジョンの中に入ると周囲の声が反響してうるさいので黙る。


 その間にユウは地図を何枚か取り出した。西側の魔物が少ない地域を目指すのは当然として、できるだけ短距離な階段を探す。


 部屋と通路を進むにつれて周囲から冒険者の姿が消えていく。2階に上がって3階の階段を目指す頃にはほとんど見かけなくなった。


 3階の階段にたどり着いたとき、ウィンストンがぽつりと漏らす。


「魔物に1匹も出会わなかったな」


「この辺りは3階に向かう冒険者の通り道になっていますからね」


「なるほどなぁ。それじゃ、こっからが本番ってわけだ」


「3階の地図は持っていますけど、僕もまだ慣れていませんからね。地図通りにしか案内できませんよ」


「充分だよ」


 片手半剣バスタードソードを鞘から抜いたウィンストンが意気揚々と階段を登った。ユウも地図を片手に続く。


 3階に上がってもいくつかの部屋と通路には魔物がいなかった。既に先行する冒険者パーティが駆逐していたからである。しかし、いつまでもそんな場所ばかりではない。ついに魔物がいる通路へと足を踏み込む。


「ユウ、てめぇは自分の身を守ることだけを考えろ! 最悪1つ手前に逃げちまえ!」


 背後に声をかけたウィンストンは豚鬼オーク9匹の群れに突っ込んだ。無謀極まりない行動であるがそのまま剣を振るう。


「ぅるらぁ!」


「ビギャッ!?」


 先頭の豚鬼オークの胴体が文字通り真っ二つになった。腹の辺りで上下に分かれた体が地面に倒れ転がる。


 そのままの勢いでウィンストンは次の豚鬼オークを剣で突いた。ユウの感覚からすると遠いように思えたが、剣身が倍近く違うため魔物の首に切っ先が届く。そのまま刃先を右にずらして首を半ばから切断した。


 次いで体を右に捻って伸びた右腕を引き込むように折り畳みながら剣を振り回す。すると右側から襲ってきた豚鬼オークの棍棒がはじかれた。よろめいたその体を真上から剣で切り裂く。


 瞬く間に3匹の豚鬼オークが倒されたのを目の当たりにしたユウは目を剥いた。扉付近にいるユウの所にも豚鬼オークが2匹向かっているが、接敵する前に3分の1の魔物がもう倒れて消えつつある。自分たちのパーティではあり得ない光景に半ば呆然とした。


 ウィンストンの力が圧倒的であることを目の当たりにしたユウだったが、すぐに迫りつつある豚鬼オークを目の当たりにして我に返る。剣と盾を構えて迎え撃った。


 最近は体が柔らかくなってきたこともあって動きに幅の出てきたユウは1匹目の錆びた斧を躱すと武器を持ったその手を切断した。悲鳴を上げるそれを一旦無視して背後の2匹目を迎え撃つ。打ち下ろされる棍棒を左側に流して豚鬼オークの首筋に剣先を突き入れた。


 最近にしてはなかなかの動きができたユウは2匹の豚鬼オークを倒す。その姿が消えて魔石が現れた。


 やけに静かなことに気付いたユウは後ろへと振り向く。すると、既に戦いを終えてユウへと顔を向けているウィンストンの姿があった。魔物の姿は既にない。


 目を見開いたユウをウィンストンが面白そうに見やる。


「稽古の成果は出てるようだな」


「ウィンストンさん、もう倒したんですか? そっちって7匹いましたよね?」


豚鬼オークが7匹ならこんなもんだ。いちいち時間なんぞかけてなんていられねぇよ」


「僕たちだと相当苦労するのに」


「はっはっは! 小鬼ゴブリンを相手にするくらいの感覚で倒せねぇと3階じゃやっていけねぇな。うまくいきゃ年内くらいにゃそうなるよう仕上げてやるよ」


 ため息をついたユウが剣を鞘に収めた。引退した老人とはいえ、3階で活動していた元冒険者との実力差が隔絶していることを実感する。2人だけでも3階を回れるというウィンストンの言葉にユウはようやく納得した。


 すっかり緊張感をなくしたユウはまだ魔石を拾っていないことに気付く。自分の周りの2つを手にしたユウがウィンストンへと近づいた。そこで新たに湧いた疑問を口にする。


「ウィンストンさんは魔石を拾わないんですか?」


「いらねぇ。お前さんが全部持ってけ」


「いいんですか?」


「今更カネなんぞいらねぇよ。ギルドからの給金で充分だ。儂の頼みに付き合ってる間は稼ぎがねぇんだし、お前さんの腹の足しにでもしとけ」


「ありがとうございます」


「よし、もう少し回って肩慣らしをしようか」


 そうつぶやくとウィンストンは歩き始めた。拾った魔石を慌てて懐に入れるとユウも後に続く。


 こうしてユウは3階を2人で回ったにもかかわらず、無傷で魔窟ダンジョンを出ることができた。

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