老職員の魔窟調査(前)
噂の調査のためにユウ1人がウィンストンの元へ向かうことが決まった翌日、ユウに引率された地図作成組が冒険者ギルド城外支所に向かおうする。ところが、誰も筆記用具と羊皮紙を持っていないことに気づいた。
三の刻の鐘が鳴った後にユウは何とかできないかと城外支所のトビーに相談する。
「トビーさん、おはようございます。筆記用具を3人分貸してもらえませんか?」
「朝からいきなりだな。何に使うんだ?」
「地図の模写です。今日からしばらく僕は仲間から離れるんで、みんなに描き写してもらうつもりなんですよ」
「爺さん絡みね。それじゃ断れねぇな」
承知してもらえたユウはジュード、ハリソン、キャロルの3人に筆記用具を持ってもらった。それから2階の資料室へと入る。朝一番なのでまだ誰もいない。
若干戸惑いながらジュードがユウに尋ねる。
「地図を描き写すだけなら、ユウの描いたやつを見ればいいんじゃないのか?」
「今後のことを考えて、3人にはこの資料室の資料を使って描き写してもらおうと思っているんだ。また僕が抜けたときにどうしていいのかわからなくなるのを防ぐためにね。特にキャロルは
「そうだねぇ。最初はボビーと2人から始めることになるだろうし」
3人に納得してもらったユウは筆記用具を部屋の隅にある机においてもらった。それから資料のある場所や読み方などを教える。ここからユウの地図模写指導が始まった。
すべての冒険者が活用できるようにという方針で揃えられている資料なので、町の図書館の蔵書と比べて圧倒的に文字が少ない。地図の資料は特にそうだ。その分他の誰かが教える必要があるものの、今はユウがその役目を負っていた。
羊皮紙9枚を3人に配り、それぞれ担当する地図を指定する。そして、ユウが手本として1枚描き、他の3人がそれを見ながら自分の地図を描くということを繰り返した。
仲間の様子を見ながらユウは語りかける。
「部屋と通路を描くだけなら簡単だから、まずはそれを丁寧に描いていこう。他の情報は後で描き足せばいいから」
「あ、間違えた!」
「ナイフで羊皮紙の表面を薄く削ればいいよ。ゆっくり、少しずつ。そうそう」
たまに聞こえる短い悲鳴に対応しながらユウは自分の分も描いていった。幸い、出来の悪い者はいなかったので指導面で途方に暮れずに済んだ。
そうして3人が1枚目の羊皮紙を描き終える頃に四の刻の鐘が鳴る。
「3人ともちゃんと描けているね。これなら残り2枚も大丈夫だよ」
「それは良かった。良かったが、かなり精神的に大変だな。これを後2枚か」
すっかり疲れ果てて半ば放心状態のハリソンが呻いた。他の2人も似たようなものだ。それを微笑ましそうにユウは眺める。
使い終わった筆記用具をトビーに返却するよう告げるとユウは資料室を出た。空いている打合せ室に入って昼食を済ませてから1階に降りる。トビーはいなかったので別の受付係にウィンストンを呼んでもらった。すぐに老職員がやって来る。
「来たか。例の3人は地図を描けるようになったのか?」
「なりました。後は自分たちだけで描けますよ」
「結構なことだ。それじゃ上に行くか」
促されたユウはウィンストンに続いて再び城外支所の2階に上がった。先程昼食で使った打合せ室に続いて入る。
丸椅子に座ったウィンストンの対面にユウも座った。テーブルに手を突いて老職員の言葉を待つ。
「やることに関しては昨日言ったとおりだ。
「
「そうだ、言い忘れてたが、今回
「はい?」
「実は別件で緊急の事件があってな、そっちに人を割かなきゃならなくなったんだよ」
「いやでも2人だけだなんで危なくないですか!?」
「大丈夫だ。3階までなら儂1人でも行ける」
「え?」
立て続けに非常識なことを言われたユウが固まった。1階であっても1人は安全ではないというのに、3階まで1人で行けるなどと言われても信じられない。
ユウがそんな表情を見せるとウィンストンが苦笑いする。
「まぁ口で言っても信じられんわな。後で証拠を見せてやる。今はとりあえず2人で行く前提で話を続けるぞ」
「は、はい」
「さっきお前さんも言ったが、
「どういうことです?」
「
「
「その通りだ」
「それでもまだ広いですよね」
いつも入っている
「確かに。だから更に的を絞るんだ。例えば、今は一般的に
「逆じゃないんですか?」
「理由はある。お前さんも知っての通り3階は一部のパーティが活動してるだけだ。しかも、2階より下に比べて階段からそれほど離れた場所には行けてねぇ。つまり、それだけ人の活動範囲が狭いから調べる場所も限られるってわけだ」
「ああなるほど。下の階よりも短時間で調べられるわけですね」
「そうだ。噂によると隠されてる場所は2階か3階だそうだから、まずは範囲の狭い3階から調べる」
意外に現実的に思える説明をされたユウは曖昧にうなずいた。それでもまだ荒唐無稽に思える部分はあるが、でたらめに調査するわけではないことは理解する。
「それと、以前魔法の水晶を儂に預けたのを覚えてるか? 2階の冒険者殺しの犯人をこっちに引き渡したときだ」
「覚えてますよ。あれ、結局何の道具だったんですか?」
「どうも対になるもう1つの水晶があるらしくてな、互いの水晶が別の水晶の居場所を教えてくれるものらしい」
「なんか使い道が想像できませんね」
「儂も聞くまではさっぱりだったな。惹かれ合う水晶というらしい。あれを使って、ウィルコックスの居場所を確認してたそうだ」
「そうか、だからガスたちはあんなに急いでたんだ」
「3階で連中が他の冒険者を襲って、2階に落ちた残りを始末させてたわけだ。まったく、余計なことばっかりに知恵が回るヤツらだ」
吐き捨てるようにウィンストンは言い切った。厳つい顔が更に強面になる。
「で、その水晶がどうかしたんですか?」
「今回の調査で儂が持っていくことになった」
「どうしてまた?」
「最近、ウィルコックスのヤツが返せとうるさくてな。あいつ、魔術師ギルドを動かそうとしてやがんだ。それで、このままだと面倒なことになるんで、一旦
「途中まではともかく、最後に
「なに、冒険者ギルドにはもうねぇってことを示すんだよ。あの水晶、常にもう片方の水晶の位置を示すらしいからな。冒険者ギルドにねぇってわかりゃ諦めるだろうって寸法さ」
「それを返せって言っているウィルコックスという人が取り戻そうとやってくるかもしれないですよね?」
「ふん、来たら返り討ちにしてやるさ。前からあの野郎は気に入らなかったんだ」
「いやそうは言ってもですね、エルトンのパーティもいるんですよ?」
「3階の冒険者殺しの嫌疑がかかって以来、ヤツは
「でも、常に相手の水晶の位置がわかるんなら、
「そこは抜かりねぇ。魔断の小箱っていう箱の中に入れときゃ水晶の機能もお手上げになるのさ」
「そこまでして持っていきたいんだ」
自信ありげに笑うウィンストンを見てユウは呆れた。そこまでして持っていこうとする執念が理解できない。しかし、ここまで言うのならユウが何と言っても持っていくのだろうと諦める。
何となく先行きが不安になっていくユウであった。
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