老職員からの依頼(後)

 六の刻の鐘が鳴り終わってしばらくしてから大きな手ビッグハンズの面々が魔窟ダンジョンから出てきた。そのまま人の流れに沿って換金所へと入って魔石と出現品を換金する。


 手続きが終わって門から外に出たケネスが背伸びをした。更に首を鳴らす。


「今日も1日が終わったぜ」


「まだだぞ、ケネス。ユウの件があるじゃないか。ほら、右に曲がるんだ」


「おっとそうだった。ユウ、ウィンストンっていう爺さんを呼び出してくれ」


「わかったよ」


 ごまかし笑いをしたケネスに頼まれたユウは列に並んだ後に受付カウンターの前に立った。それからいつものように受付係に声をかける。


「トビーさん、こんにちは。ウィンストンさんはいます?」


「聞いてるぞ。ウィンストンの爺さん、こっちに来てくれ!」


「たまにゃちゃんと仕事するじゃねぇか」


「オレはいつでもやってるって。それじゃ後はよろしくしてくれよ」


「ユウ、お前さんの仲間は?」


「あっち側で待ってもらっています。2階の打合せ室に行くんですよね。だったら階段の所まで連れて行きますよ」


「おう、上がってすぐのところで待ってるぞ」


 最低限の受け答えを済ませるとユウは一旦受付カウンターから離れた。出入口近くで待っていた仲間の元に戻ると建物内の2階に案内する。


 6人で階段を上がると、廊下に出てすぐの所にしわくちゃで偏屈そうな顔をした白髪の老人が立っていた。割と良い体格をしており、明らかに強そうに見える。


 ユウ以外の5人はその風貌に若干目を見開いた。ハリソンとキャロルに至っては少し顔を引きつらせている。


「ウィンストンさん、こっちが僕の仲間です。順にケネス、ジュード、ハリソン、キャロル、ボビーです。みんな、この人がウィンストンさんだよ」


「キャロル? お前さん確か、パーティリーダーじゃなかったか?」


頑丈な剣スターディソードのリーダーです。春にちょっとパーティがやられちゃって、今は大きな手ビッグハンズと一緒にやってるんですよ」


「ほう、珍しいな。しかしその様子だと、いずれまた独立する気か」


「はい。大きな手ビッグハンズのケネスには最初からそのつもりだと伝えてます」


「そりゃいいことだ。で、大きな手ビッグハンズのリーダーがお前さんか」


「そうだぜ。今回の件はユウからあらましを聞いてる。ユウを借りたいんだってな」


「ああ、そのための話し合いだ。来てくれて嬉しいぞ。中に入ろう」


 挨拶を済ませるとウィンストンが近くの打合せ室の扉を開いた。室内は南側以外はすべて壁でいずれも簡素な様子に見え、更には木製のテーブルの周りに木製の丸椅子が10脚ある。


 奥の方まで進んだウィンストンは丸椅子の1つに腰掛けた。ユウたち6人も次々に丸椅子へと座るのを見届けてからケネスに話しかける。


「昨日ユウに話したことを聞いてるようだが、もう1度話しておこう。先月から冒険者の間に広がってる噂で、魔窟ダンジョンに魔法の道具を隠し持っているヤツがいるというのがある。普通なら外に持ち出した時点で換金所でカネに変えるモンなんだが、どうもそいつはそうしていないらしい。これがもし事実だとすれば、確かに決まりにゃ違反しちゃいねぇが色々と悪影響がでるかもしれん。そこで、町の連中と冒険者ギルドの上が調査する決定したってわけだ。もちろん町の中や外の街でも調べちゃいるが、魔窟ダンジョンの中だけ放っておくってわけにもいかねぇから、今回儂が調べることになったってわけだ」


「それでユウが必要になったのか。本当に代わりはいなかったのかよ?」


「みんな他の仕事で忙しいんだよ。さっきも言ったが、魔窟ダンジョンの外で聞き込み調査を同時並行でしてるからな。地図を描けるくらいのヤツは最初にそっち側へ割り振られちまったんだよ」


「他のヤツを交代させりゃいいじゃねぇか」


「聞き込みってのは繊細なんだ。儂みたいなのが出張でばっても誰も口なんて割りゃしねぇ。毎回殴るわけにもいかねぇだろ」


 肩をすくめたウィンストンにケネスが半笑いを返した。実際にやったことがあると思えるほどに説得力がある。冒険者ギルドの評判を犠牲にしても良いのなら誰からでも話を聞けそうに思えた。


 一旦話が途切れたがすぐにウィンストンは言葉を続ける。


「それで条件なんだが、大きな手ビッグハンズのお前さんらには、1人頭銀貨2枚をユウが抜けている日数分だけ支払う。そして、こっちの仕事が終わったときには1人銀貨10枚を別に支払う」


「ユウの方はどうなってんだよ?」


「ユウには銅級への昇級と仕事が終わったら銀貨10枚だ。経費はこっち持ちでな」


 条件を聞いたユウたち6人は脳裏で暗算した。ユウ1人が抜けた分稼ぎが減るのは間違いないが、その金額が1日銀貨2枚以上になるとは考えられない。せいぜい銅貨10枚から20枚くらいだろう。また、ケネスたちは何もしなくてもユウが戻ってくるときに別途報酬として銀貨10枚が手に入る。一方、ユウの方は昇級をどう受け取るかだろう。これに価値を見いだしているのならば良い取り引きだ。ユウが冒険者になって約3年半程度なので、仮に1つの町にずっといても昇級はまだ先の話である。


 大きな手ビッグハンズの面々は思案した。小声で仲間同士話し合う姿も見られる。


 目をつむったケネスは少し眉をひそめていた。そのまま口を開く。


「成功したときと失敗したときの話が出てこなかったが、どうなってんだ?」


「ユウに頼みたいのは地図による案内だ。調査の成否は関係ねぇ。だから成功や失敗というのはない」


「ああ、だから経費持ちなのか」


「そういうこった」


「うーん、そうだなぁ。基本的には悪くねぇんだが、もう一声欲しいんだよなぁ」


「言ってみろ」


「1人1日銀貨2枚ってのを3枚にして欲しい。あと、ユウにはもう銀貨10枚上乗せだ」


「ほう、結構でかく出たな。理由は?」


「オレたちは今2階が活動の中心なんだけどよ、実は最近3階にも行ってるんだわ。さすがにユウが抜けると3階には行けねぇんだが、その補填もして欲しいんだよな」


「3階に行ってるだと?」


 わずかに目を見開いたウィンストンにユウは顔を向けられた。そういえば話していないことを思い出す。秘密にしていたというよりも、単に話すきっかけがなかっただけだ。


 ばつが悪そうにうなずいたユウを見てからウィンストンがケネスに向き直る。


「こっちは1週間くらいを目処に考えちゃいるが、場合によったらそれ以上かかるかもしれねぇ。そいつを受け入れてくれるんならその条件でいいぞ」


「どのくらい長引きそうなんだ」


「正直儂もはっきりとはわからん。まぁいくら何でも今月中には終わるだろうがな」


「ジュード、どうだ?」


「いいんじゃないか、俺たちは。ユウ、お前はどうなんだ?」


「うん、僕はその条件でいいよ」


「なら決まりだ! ユウはオレたちの仲間だ。大切に使ってくれよな」


「わかってるさ」


 互いに立ち上がったウィンストンとケネスはテーブル越しに握手を交わした。契約成立の瞬間である。室内の雰囲気が一気に弛緩した。


 再び丸椅子に座り直したケネスが明るい調子でウィンストンに話しかける。


「そういや、いつからユウはそっちに行かせたらいいんだ?」


「明日から寄越してくれ」


「随分と急じゃねぇか」


「そんだけ上からせっつかれてんだよ。イヤなモンだぞ、ネチネチ嫌味を言われるのは」


「うへぇ」


 顔をしかめたケネスが天井を見上げた。他の面々も嫌そうな顔をしている。小言を好きな者はいない。


 次いでユウが声を上げる。


「ウィンストンさん、僕は明日のいつどこへ行けばいいんですか?」


「明日は三の刻の鐘にここに来い。トビーに言えば儂を呼ぶだろう。それから打合せだ」


「用意する物はありますか?」


「別にねぇな。必要なモンはこっちで用意する。ああそうだ、魔窟ダンジョンに入るときの道具はしっかり準備しとけよ。明後日から調査開始だからな」


「わかりました」


 ユウが承知するとウィンストンはゆっくりとうなずいた。


 それで話は終わりかと思われたが、全員が立ち上がったところでジュードが叫ぶ。


「そうだ! ユウが抜けたら地図は誰が持ってるんだ!?」


「やべぇ、忘れてたぜ! ハリソン、キャロル、どっちか持ってねぇか!?」


 目を剥いたケネスが仲間2人に顔を向けた。しかし、どちらも首を横に振る。2人ともかつては持っていたが前のパーティが壊滅したときに失ってしまっていた。


 今ユウが持っている地図はこれからウィンストンとの調査に使うので借りられない。6人で散々話し合った結果、明日丸1日かけてジュード、ハリソン、キャロルの3人が資料室で地図を模写することになった。そして、地図の描き方をユウから教わるため、打合せは昼からにするようウィンストンと交渉する。もちろん銀貨の日当を支給するようにもだ。


 こうして、ユウは明日の昼からウィンストンと共に調査に乗り出すことになった。

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