やんちゃな4人組(前)

 期せずして大きな手ビッグハンズは解散した。直前までそんなことを想像もしていなかったユウたち4人だが別れるとなると行動は早い。


 スタンリーとの会った翌日、普段ならば魔窟ダンジョンに出発する時間でも4人はまだ部屋にいた。


 休養日のように寝ていたケネスがジュードに叩き起こされて寝ぼけ眼をこする中、いつものように支度を済ませたユウはハリソンに声をかけられる。


「ユウ、昨日も言ったが、五の刻の鐘が鳴る頃くらいにはここに戻っていてくれ」


「わかった。少し遅れるかもしれないけど」


「それは仕方がない。ただ、すっぽかすのだけは勘弁してくれよ」


「しないよ。もう原っぱに立つのは嫌だからね」


「この夏のクソ暑いときに立つのは特にな」


 にやりと笑うハリソンにユウは苦笑しながらうなずいた。汗を流し疲れた表情のパーティ参加希望者たちが日差しに曝されながら立っている場面を思い出す。


 2人で話をしているとジュードが顔を向けてきた。ケネスを便所に行くよう促してから口を開く。


「俺たちは三の刻の鐘が鳴ったら出発する。明日からはもっと早く出ると思うが」


「うん。この部屋の契約はもう1週間くらいで切れるけど、それまでには町の中に入れるのかな?」


「入れると思う。向こうも受け入れ準備をしてくれてるそうだが、用意ができ次第移るさ」


「町の中は何でも値段が高いから気を付けてね。こっちと違って最低金額が銅貨1枚だから、すぐにお金がなくなるよ」


「蓄えはあるからすぐ路頭に迷うことはないだろう。不安はあるけどな」


 言葉とは裏腹にジュードは平気な顔のまま肩をすくめた。鉄貨は貧民のためのものなので町の中では使えない。町の中への移住者が地味に驚くことであり、最も慣れるのが大変な事柄の1つである。


 確認事項を織り交ぜた雑談を仲間と交わしながらユウは今日の予定を脳裏で確認した。朝から昼下がりまで裁縫工房で洗濯労働をして、その後ハリソンに付き合う。忙しいが単純な予定だ。


 また、今借りている4人部屋はもう更新しない。ただ、それまでは今まで通り4人で使うことになっている。ケネスとジュードは数日中に町の中へと移り、ユウとハリソンは契約終了までここを使う予定だ。


 三の刻の鐘が町の中から聞こえてきた。ケネスとジュードが最初に部屋を出る。次いでハリソンも外に出た。最後のユウは扉の鍵を閉める。こうやって4人で出入りするのもあとわずかだ。


 何となく寂しい気持ちがユウの胸を去来した。




 三の刻の鐘が鳴り終わってしばらくしてからユウは宿屋『大鷲の宿り木亭』に戻った。久しぶりに洗濯を長時間したので体がだるいが、前のようにぼろ布を2枚もらえたので機嫌は良い。


 部屋に入るとハリソンが既に待っていた。窓は開いているが室内は尚暑い。


「ハリソン、お待たせ。中は暑いね、やっぱり」


「夏だからな。仕方ない。それより、出ようか。これから貧民街に行くぞ」


「何も持っていかなくてもいいのかな?」


「最低限の武装はしておいてくれ。ナイフとダガーくらいはな」


 扉へと向かうハリソンがユウに声をかけた。その辺りはユウも承知しているのでうなずいて後に続く。


 宿を出たユウはハリソンに従って冒険者の道を南へと向かった。城外神殿にぶつかって東へと少し進んでから貧民の市場へと踏み込む。市場の西側は荷車を利用した出店や露天商がひしめいていて雑多だ。そこに多くの貧民や駆け出しの冒険者たちが往来する。冒険者ギルド城外支所の近辺も活気はあるが、あちらは暴力的な雰囲気が漂うのに対してこちらは生活臭の強い活気だ。鼻につく臭いも汗と革からすえたものに変化する。


 貧民の市場を南へ突っ切ると貧民街に入った。身元の不確かな者たちや入場料が支払えない者たちが住み着いている地域だ。町の中もそれほどきれいなわけではないが、貧民街は更にひどい。糞尿、吐瀉物、ごみなどが狭い道に散乱し、臭いが強烈である。


 石造りの平屋が縦に伸ばせないので横に密集していた。狭い道の両脇には詰め込まれたかのような家屋が密集していて隣家との間に隙間はほぼない。似ているがどれも違うそれらの家屋が延々と連なっていて、たまに枝道や裏路地が分かれている。そして、狭いが故に喧噪がひどく、子供の声がやたらと多い。


 そんな貧民街に入ったユウは懐かしく感じていた。それぞれの貧民街で臭いの質や雰囲気が違うことはあるが、それでも共通する部分もある。雑多、猥雑、不潔、不穏、喧騒、これらはまったく変わらない。


 前を歩くハリソンが振り向いたのに気付いたユウが声をかける。


「どうしたの?」


「随分と慣れた感じだなと思ってな。前に貧民街で暮らしてたことがあると聞いたが、本当のようだと思ったんだ」


「こんなに大きくはなかったけどね。うるさいのも汚いのも同じだなぁ」


「貧民街だからな。もう少し先だ」


 何となく機嫌が良さそうなハリソンが歩く速度を少し速めた。


 そのハリソンに案内されたのは貧民街の南端である。南に広がる平原には強い日差しが降り注いでいた。


 少し驚きつつもユウがつぶやく。


「走り込みでいつも通る場所だ」


「ユウは毎日ここを通ってるんだったか。ということは、オレよりなじみ深いんだな」


「毎回通り過ぎているだけだよ」


 微妙な笑顔を浮かべたユウが言葉を返した。その間もハリソンは歩き、木の棒を振っている4人へと近づく。


 そろそろ青年になろうかという顔つきをした4人はハリソンに気付くと一斉に駆け寄ってきた。生意気そうな顔をした少年を先頭に、ぼさぼさの金髪頭の子、爽やかな顔の子、おっとりした顔の子がハリソンを囲んだ。


 最初にやって来た日焼けした体の生意気そうな少年が声を上げる。


「あれ? ハリソン、今日は魔窟ダンジョンに入る日じゃなかったのかよ?」


「そうじゃなくなったんだ。それより、オレの仲間を紹介しよう。後ろにいるのはユウってんだ。一緒に3階で活動していたんだぞ」


 ハリソンの紹介を受けたユウは4人に目を向けられて一瞬緊張した。紹介前は値踏みをするようだった視線が驚きのものへと変わる。


「ユウ、真ん中の日焼けしたヤツがアントン、隣の髪の毛がぼさぼさのヤツがバイロン、のんびりとしてそうな顔をしたヤツがドルー、最後薄い茶髪のヤツがコリーだ」


「一緒に面倒を見てほしいっていうのはこの4人のこと?」


「そうだ。みんな最低限の準備は既にできている」


「当然だぜ! なぁハリソン、早く魔窟ダンジョンに入ろうぜ!」


 目を輝かせたアントンが待ちきれないといった様子で主張した。それを慣れた様子で受け流したハリソンは4人に向き直る。


「いいかお前ら、オレが春からずっと面倒を見てきたが、だいぶ様になってきたのは確かだ。それに先日、剣と盾も全員揃えたことも聞いた。だから、そろそろ魔窟ダンジョンに連れて行ってやろうと思う」


「やったぜ!」


 話をしていたハリソンの言葉が終わると同時にアントンが飛び跳ねた。他の3人も大喜びする。


 まだ話の途中だったハリソンはため息をついた。そして、4人を落ち着かせてから言葉を続ける。


「まだ話は終わってないぞ。それで、これからは魔窟ダンジョンでも活動させることになるが、オレを手伝ってもらうためにユウに来てもらった。さっきも言ったが、ユウはオレと一緒に3階で活動していた。お前たちよりもはるかに強い。だから、言うことは絶対に聞くんだぞ」


「へへ、任せろって!」


「いっぱい稼いだらいっぱい食べられるかなぁ」


「うまくやってやるさ」


「みんながいるから大丈夫だよね」


 尚も飛び跳ねるアントンに続いて、バイロン、コリー、ドルーが期待を滲ませた。どの顔も明るい。


 半ば呆れた様子のハリソンがユウに顔を向けて肩をすくめた。小さくため息もつく。


「いつもこんな感じなんだ。大変そうだろう?」


「そうだね。元気なのは良いことだと思うけど」


「けどハリソン、このユウってヤツは本当に強いのかよ?」


「はぁ、やっぱり口で言ってもわからんか。ユウ、悪いが1つ手合わせしてやってくれないか? 全員1回ずつでいいから」


「あーうん、いいよ」


 何となく予想していたユウは苦笑いして引き受けた。自分の目で見たり実際に体験しないと信じないという者は多い。自分を先導する者の強さは今後の生死にも関わる場合は特にこの傾向が強くなる。


 ドルーから木の棒を受け取ったユウはアントンを皮切りにバイロン、コリー、ドルーと順番に相手をした。もちろん、まだ駆け出しですらないアントンたち4人ではユウの相手にはならない。あっさりと勝負は付く。


 それから4人のユウを見る目は明らかに変わった。これでハリソンと同格の存在であると認められたのだ。面倒ではあるが冒険者にとっては必要な儀式でもある。


 必要な信頼関係を結べたユウはこうして4人組に受け入れられた。

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