怪しげな光

 知り合いの頼みで行方不明者の捜索に協力したところ、ユウたちは最近魔窟ダンジョンで発生する襲撃事件に関わることかもしれないことに気付いた。ほとんどわからないことばかりなだけに不安が強くなる。


 しかし、それでも日々の生活のために魔窟ダンジョンでの活動を止めるわけにはいかない。大きな手ビッグハンズは周囲に気を配りながらも魔物を倒し続けた。


 とある2階の大部屋で戦いが終わった後、ケネスがユウに声をかける。


「ユウ、次はどこの大部屋に行くんだ?」


「この辺りかな。ここからそんなに遠くないし」


 地図を見せながらユウは現在位置から目的の大部屋まで指でなぞった。経路も単純なのでわかりやすい。


「いいんじゃねぇか。だったらすぐに行こうぜ。ジュード、そっちはいいか?」


「魔石拾いは終わったぞ。いつでも行ける」


 相棒の合意を得られたケネスは全員に出発の号令をかけた。それを合図に6人は今いる大部屋を後にする。魔窟ダンジョンに慣れた面々なので順調に前へと進んだ。


 ただ1つ、同業者である他の冒険者と出会ったときは以前よりも緊張するようになった。2階でも3階で活動する冒険者のように殺されるかもしれないという噂はあっという間に広まったので、お互いに警戒しながらすれ違う。


「オレたちはそっちの扉から奥へ向かう。だからあんたら側の方へは近づかねぇよ」


「弓矢は持ってねぇよな?」


「ねぇよ。あんなもんどうやっても隠せねぇだろ」


「そりゃそうだ。なら先に行ってくれ。オレたちはその後にここを出る」


 以前なら魔物の取り合いや行き先の競合などで揉めることの多かった冒険者たちだが、最近は身を守ることを重点にする傾向が強いので話し合いはまとまりやすかった。近くに襲撃者が潜んでいるかもしれない状況で争うなど自殺行為だからである。


 今も別の冒険者パーティとすれ違ったユウたち6人は大きな息を吐き出した。後ろからつけられていないことを確認していたハリソンが戻って来る。


「さっきの連中は本当に別の方へと向かったようだ。普通の冒険者のようだったな」


「そりゃ良かった。こんなところで一戦交えても儲からねぇからな。それじゃ行くか」


 報告に安心したケネスは出発を宣告する。次の大部屋まではもうそれほどの距離はない。


 とある部屋の魔物を一掃した大きな手ビッグハンズの面々は魔石を拾い集めていた。ユウも自分が倒した魔物の魔石を1つずつ拾っている。


「よし、これで全部っと。次は地図を見て、あれ?」


 視界の端に何かを捉えたユウはそちらへと顔を向けた。すると、南側にある扉の上部から淡い光の線が飛び出して北側の天井辺りに伸びているのを見かける。かつて鉄の大地ランドオブアイアンのエルトンと巨大な角ジャイアントホーンズのガスを結んでいたものだ。


 周囲を見渡しても気付いているのはユウ1人のみである。他の5人は魔石を順次拾い終わってケネスの元に集まりつつあった。


 淡い光の線が気になったユウは尚も見続ける。すると、その淡い光の線はかなり揺れがひどく、特定の範囲内で激しく動いていた。振り回しているのではないかと思えるくらいだ。しかし、そんな状態であっても南側は少しずつ扉の上部から下へと下がってきている。


「おーい、ユウ。早くこっちに来いよ! 次に行くぜ!」


 淡い光の線が気になるユウだったがケネスに呼ばれたので仕方なく向かった。あれが前と同じ物であるのならば関係者も前と同じはずなだけに不安が増す。


 ケネスに次の行き先を尋ねられたユウは地図を取り出して目的地を確認した。しかし、淡い光の線が気になって集中できない。


 どうしたものかとユウが考えていると、突然南側の扉が開いた。そうして、6人の男たちが小走りで入っていく。


「あれはガス?」


「なんだあいつら?」


 目を見開いたユウと怪訝そうな目つきのケネスのつぶやきが重なった。どちらも、というより6人全員が北の扉へと急ぐ巨大な角ジャイアントホーンズに目を向ける。


 一方、ガスたちは大きな手ビッグハンズの6人を見て一瞬驚いた表情を顔に浮かべたが、すぐに無視をして顔を前に向けた。機嫌が良いにしろ悪いにしろ今まで無視はしてこなかっただけに珍しい反応だ。


 結局、何も起きないまま2つのパーティはすれ違った。ガスたちが北の扉の奥へと姿を消すと室内はまた静かになる。


 しばし呆然としていたユウたち6人は互いに顔を見合わせた。


 そんな中、ユウは胸の内に不安が広がっていくのを自覚する。あれを放っておくのはまずい気がした。胸騒ぎがする気持ちそのままにケネスへと提案する。


「ケネス、さっきのガスたちの様子はどう見ても変だよ。後をこっそり追いかけて何をするつもりなのか確認しよう」


「ユウがそんなこと言うなんて珍しいな。何か気になることでもあったのか?」


「僕たちを完全に無視して通り過ぎたのも気になるけど、そもそもこの魔窟ダンジョンであんな風に走ってどこかに行く必要のあることなんて思い付かないからだよ」


「確かに魔物を倒して魔石を拾うだけなんだから、急ぐことなんてねぇわな」


「俺も気になる。とりあえず確認した方がいいと思うぞ」


「ふむ。ジュードがそう言うんなら調べてみるか。それじゃユウ、先行してどこに行ったのか探してくれ。6人全員で行くとさすがにバレちまうだろうからな」


「ハリソンも一緒に来てもらっていい?」


「いいぞ。ハリソン、一緒に行ってやってくれ」


 指示を受けたハリソンがうなずいた。


 方針が決まるとユウは行動を開始する。ガスたちが姿を消した室内北側にある扉に近づいてわずかに開けて廊下側を覗く。既に誰もいない。


 背後に控えたハリソンに振り向いてうなずいたユウは廊下に足を踏み入れて奥へと進む。直線の通路の途中に分岐路があった。そちらに顔だけ出して様子を窺うが誰もいない。


「ハリソンはまっすぐ行った先の扉の向こうを確認して。僕はあっちの方を見てくる」


「わかった」


 お互いうなずき合うと二手に分かれて進んだ。ユウは分岐路の先にある扉にたどり着くとこっそりと開ける。すると、部屋の中央に犬鬼コボルトの群れが固まっていた。それを見るとすぐに扉を閉じてハリソンの元へと向かう。


 扉をわずかに開けて中の様子を窺っていたハリソンの背後に近づいたユウは立ち止まった。それに気付いたハリソンに声をかけられる。


「この奥で今連中が戦ってる。もう終わるが」


「ケネスたちを呼んでくる」


 再びガスたちの姿を捉えた2人は一旦別れた。ユウは元の部屋に戻ってケネスたちを誘導する。再びハリソンの元に着いたときは扉を閉じてその前で待っている姿を見た。


 案内されたケネスがハリソンに尋ねる。


「この先に連中がいるのか?」


「ついさっき次の場所に移動したからこの部屋にはもういない。どの扉の向こうかは見たから大丈夫だ」


「よし、それなら行こうぜ。あいつら何をする気なんだろうな」


 眉をひそめたケネスの問いには誰も答えられなかった。


 その後もユウとハリソンが先行してガスたちの後を追いかけ続ける。部屋はともかく通路は分岐していることが多いので確認するのに多少手間がかかった。それでも行く先の大半には魔物がいたおかげでガスたちは絶えず足止めされ、見失う恐れがないので追いやすい。


 追跡されているとは考えていないのか、ガスたちが背後を気にする様子はなかった。普通はそういうものであるが、今のように何かをしている最中にそのような無警戒で良いのかとユウたちは首を傾げる。おかげで見つかる恐れがないのは助かるが。


 ともかく、ユウとハリソンの2人が先行してケネスたち4人が後から続く形で追跡は続いた。ユウがガスたちの姿を見たときはあの淡い光の線が常に見えている。そして、ガスがたまに懐から丸い何かを取り出して確認しているのも認めた。淡い光はその丸い玉から発していることも知る。


 ユウたち6人は結構な時間をかけてガスたちを追いかけていた。相変わらずガスたちは急ぐようにして先に進んでいる。


「あいつら、実は普通に魔窟ダンジョンで活動してんじゃねぇ?」


「小走りという以外は確かにそう見えるな」


 変化のない追跡にケネスとジュードが疑問を抱き始めていた。倒した魔物から出た魔石や出現品もしっかり拾っていることから、あれがガスたち流のやり方と言われたら返す言葉がない。


 それに、1度他の冒険者パーティとすれ違ったときに奇妙なものを見るような視線を向けられたことも地味に効いていた。現状、何もしていないガスたちを隠れて追跡している自分たちの方が問い詰められると反論できない立場だ。


 特に誰かに頼まれたわけでもないことなのでいつまでも続けるわけにはいかなかった。日銭を稼ぐ必要もある。しかし、ここまでやったとなると逆に止めづらくなっているのも確かだ。続けるのか止めるのか全員が大いに迷っている。


 提案したユウもどうするべきか判断しかねていた。

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